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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第三章
54/68

no.15

 灼熱の太陽が照りつける中、リリア達はエチセリアに向けて歩いていた。すでに足元はふらつき、覚束ない。ぺカールを立った時、水と食料はわずか二人分しか残っていなかった。食料はリリアと分けあったが、水は気を失っているギナの口にも流し込んだ。大切な水が底を尽きていた。

「セレク、エチセリアはまだ?」

「もうすぐだと思います。姫様、頑張ってください」

 ルナほど正確ではないが、セレクにも道は見えていた。方角にさほど誤差はないと思えた。幸いなことに砂嵐には出くわさずに、ここまで来れた。

「あれがエチセリアじゃなくって?」

 セレクがギナの様子をうかがっていると、リリアが右方向を指して言った。危うく、見逃すところだった。ルナほど、道がはっきり見えるわけではない。セレクは、少し遠回りをしたようだった。二人はふらつく足取りで、微かに見えたエチセリアに向かう。この十日間、仮眠を少し取っただけで、ほとんど歩きづめである。眩暈を起こしてリリアが座り込んだ。

「姫様、あと少しです。あそこに行けば水がありますから」

「そ、そうね、あと少し……」

 リリアはセレクに支えられながら、最後の力を振り絞るようにして立ちあがった。セレクももう視点が定まらなくなっていた。全身の力を使って、少しずつ近づくエチセリアの町を凝視していないと、方角がわからなくなる。ラクダの上のギナも相変わらず、時々呻き声をあげるだけで、意識はない。

 やっとエチセリアに到着したリリア達は、まっすぐ十番宿屋に向かった。昼間と言うこともあり、通りには誰もいない。砂が微かな風に巻き上げられているだけだった。十番宿屋も静まり返っていた。

「主人、主人はおられますか?」

 ドアを開けて、セレクが精いっぱいの声を出した。すぐに宿屋の主人が姿を見せた。

「なんと、これは! あんたら生きとったんかい?」

「水を、頼むも水をくれ」

 リリアを椅子にかけさせると、セレクは主人に言った。主人は慌てて、水差しとコップを持って戻ってくる。二人は息をするのも忘れるくらいの勢いで水を飲んだ。

「もうダメ、目が回る……」

 リリアはテーブルに突っ伏してしまった。

「主人、ここには医者はいるか?」

「おりますけど、怪我でもしたんかい?」

「ああ、仲間が一人、怪我をしている。すぐに医者を呼んでくれ」

 慌てて、主人は飛び出していったが、なかなか戻って来ない。イライラしたセレクは、外のラクダに乗せたままのギナを背負って、勝手に二階の部屋にギナを寝かせた。

「一体いつになったら戻ってくるんだ、くそ、おやじ!」

 リリアもぐったりした体で、二人に着いてきて、ベッドに倒れ込んだ。

「わたくしも休ませて……」

 わずかな休息だけで歩きづめだったリリアも限界をとうに超えていた。そのまま深い眠りに落ちていった。

 しばらくして、宿の主人が医者を連れて戻ってきた。しかし医者というにはあまりにもそぐわない格好だった。元は白だったのであろうが、今や灰色に薄汚れた白衣を着てはいるが、巨体を揺すって入ってきた彼は、顔を真っ赤にしている。部屋に入ってくるなり、酒の匂いがした。

「怪我人はどこだ。まったく旅の者まで見んとならんとは……」

 足取りもふらついて、全く当てになりそうになかった。それでもセレクはギナを助けたい一心である。

「こりゃ酷い!」

 医者は、ギナを見てすぐに一言発した。診察鞄からいろんなものが出てきた。まずは心臓の音を聞いているのだろう。そのあと、額の傷を見て、ボロボロになった服を剥がし、体中の傷跡を確認した。

「傷のほとんどはもう既に塞がっとる。じゃが体が衰弱しきっとるな。これじゃ、わしにもどうにもならん」

 油田で働く者たちが怪我をした時のためにいるだけの医者である。大した怪我ではなければ治療もできるが、大きな怪我や重病になれば、もうさっさと見放すくらいの医者であった。なんの役にも立たない。

「お前の手には負えないのか?」

「無理ですな。ここで重病になれば、死を待つだけですからな」

 そう言って医者は部屋を出ていってしまった。またすぐに飲むのだろう。

「くそっ。もういい。主人、水と食料をすぐに用意してくれ。金はいくらでも出す。それとラクダを四頭」

 最初来た時と同じように、セレクは主人に金をたんまり渡した。

「わかりやした、兄さん」

 両手の金に目を輝かせながら、主人は部屋を出ていった。夕方までには、全ての準備が整った。

「これから立つ。世話になったな」

「今からですかい? もう夜になりますぜ」

「一刻を争う。のんびりしている暇はない」

 眠っていたリリアを起こした。まだ休み足りないといったリリアではあったが、足取りはしっかり戻っていた。

「もう行きますの?」

「ここの医者は使えない。とにかく先を急ごう」

 宿屋の主人から毛布を一枚貰うと、それをギナに掛けてから、ラクダに乗せた。セレクのラクダにギナを乗せたラクダ、その後ろにリリアの乗せたラクダと荷物を乗せたラクダとロープでつないだ。

「兄さん、本当に休んでいかんでいいのかい?」

 宿屋の主人は、その表情から明らかに金目当てだと分かった。セレクは首を振っただけで、宿屋を出立した。エチセリアの町はあっという間に後方に消えた。また砂ばかりの砂漠である。それでもラクダの背に揺られているだけましだった。すぐに夜の帳が下りて気温は急激に下がった。

「寒いわ、セレク!」

 後ろでリリアが喚いている。エチセリアまでは歩いていたので、寒さも幾分和らいでいたのかもしれないが、ラクダに乗っているだけなので、寒さが身にしみる。

「我慢してください、姫様。このまま休まず、グラバまで行きます」

「そんなぁ」

「文句を言っている場合ではありませんよ。ルナを早く助けに戻らなくてはならないのですから」

「そうでしたわね、ルナ、大丈夫かしら」

「信じるしかないでしょう」

 それからはリリアも文句を言わなくなった。わずかな休息、と言っても、水を飲むだけにラクダを下りるだけだったが、セレクはギナの口に水を注ぎ入れて、飲ませる。リリアは水筒を手にラクダに乗ったまま、それを飲んで、粗末な食事を取るのだった。それ以外は、ただ前に進む。昼も夜も。ただ三日目くらいにはリリアがラクダの上で船を漕ぎ始めた。なんどもハッとしては起きるものの、またすぐに船を漕ぐ。セレクはこの辺りが限界かと思った。

「姫様、ひと眠りしましょう」

 セレクの言葉にリリアは微かな笑顔を見せてラクダから降りると、倒れるようにして眠った。ギナの乗ったラクダを座らせると、セレクはラクダに背を持たせかけて、休んだ。一晩、ゆっくり休んだあとは、もう休みなしで進むしかなかった。セレク達も疲れで日にちの感覚がわからなくなっていた。とにかく早くと思うばかりである。

 その頃、ファリアの王宮にはルースがやって来ていた。いくら呼んでも返事のないルナを心配して、ルースは、フステイシアに来ていたのだった。

「本当に申し訳ない。私が不甲斐ないばかりに」

 ベルダ王子は、何度も何度もルースに頭を下げていた。

「そんなことはどうでもいいです。彼女たちが旅立ってから連絡はないのですか?」

「はい。まだ……。砂漠地帯に入ったら、連絡のしようがありまん」

「あなた方は、彼女達だけを行かせて、なにもしていないんですか!」

「砂漠に入ったら、どうすることもできないんですよ、ルース殿。山脈手前のアドニス侯爵家で足止めさせるつもりでしたが、それをも振り切って行かれては、どうにもなりません」

「なんてことだ!」

「今頃は、既にぺカールに着いているはずです」

「ルナ達と近衛兵たった三人で乗り込むなんて」

 独り言のように呟くとルースは、ベルダを睨みつけた。けれど言葉が出てこなかった。不甲斐ないのは自分も同じだと思えた。ルナが旅立つ前に既に不安を感じていた。それを止めるどころか、旅立つことを勧めたのだから。下唇をかみしめて、ルースは視線を落とした。その時だった。ルースの体に強い衝撃が走った。

「ルナ……」

 心を割かれるようなその衝撃がルナになにかあったと知らせている。

「ルース殿、どうされました?」

 ベルダは、体を折って、呻くルースに慌てた。

「ルナに……ルナになにかあった……」

「ルナ様に?」

「グズグズしてはいられない。ぺカールに向かいます」

 ルースは、痺れる体を起こした。

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