no.14
三人は夜になるのを待って、ぺカールの砦に忍び込んだ。ギナが捕らわれている地下牢には明かりが灯されていなかった。その上の部屋も、今夜は真っ暗である。人のいる気配はない。
「ちょうどいい。誰もいないようですね」
セレクに続いてリリアとルナが、部屋に忍び込んだ。床には片開きの木製の扉があり、それを持ちあげると地下への階段があった。それを下りる。地下牢の明かりとりの窓から差し込む月明かりがギナに当たっていた。
「ギナ!」
セレクが駆け寄るとギナの顔をそっと覗きこむ。ぼさぼさの髪をかきわけて見えた顔は、額に傷があるのか血の跡があり、顔色は土気色で、唇は紫に変色し、まるで精気が感じられない。セレクはそんなギナの頬に手をやったまま、呆然と立ち尽くして動かない。
「セレク、セレク、早くギナの鎖を外して!」
声を低くしてセレクに呼びかけるが、セレクは反応しない。ルナは、ギナの両手に、自分の両手をそれぞれ翳した。
「お願い、外れて!!」
ルナの体から銀色の光が放たれ、それは両手からギナの両手へと移動した。ギナの両手に嵌められた輪が音を立てて、はじけ飛んだ。ギナの体が前に倒れ、それを瞬時にセレクが受け止める。そしてやっとセレクは我に返った。
「ルナ、すまない」
「いいえ。とにかく早くここから出ましょう」
セレクがギナの体を背負い、階段を上ろうとしたところに、明かりがちらちらと見え、上から覗く男の顔が浮かんだ。
「なにをしている、お前達!!」
セレクはギナを背負い、後ずさった。
「セレク、後ろに!!」
ルナが前に出る。両手を翳し、体の底から力を溜めこんで、一気にその力を両手から放出した。明かりを持っていた男は、吹き飛ばされ、見えなくなった。
「今のうちよ、早く!!」
ルナが先に立ち、セレク、リリアと階段を上がる。幸いにも見回りは、その男だけだった。先にドアからセレクとリリアを出し、ルナが男を振りかえると、男は息を吹き返していた。
「くそっ、なにしやがる、このぉ」
男は頭を振って立ちあがり、素早く剣を手にした。
「ルナ、危ない!」
リリアが気付いて振り返ったが
「リリア、セレクと逃げて。早く!」
「でもあなただけじゃ……」
「いいから、早く!!」
ルナは、両手を男に翳して、また力を溜めている。とにかく三人を逃がさなくてはと必死だった。体から立ち上る銀の炎はぎらぎらと輝き、両手からまた光が放たれた。男は、それに吹き飛ばされながらも剣を両手に迫ってくる。ルナの力が徐々に弱まっているのだった。ルナの力はもともと守りの力でしかない。
「どうした、その程度のもので俺をどうにかしようったって、無理ってもんさ」
不敵な笑みを浮かべた男に対して、ルナは額から流れ落ちる汗も拭えず、両手を翳したままで後ずさった。それから三度、ルナは両手から光の玉を男に向かって放出した。けれど男は、すぐに体勢を整えて、ルナに迫ってきた。ルナはちらりと砦の出口の方へと視線をやり、すぐに男に向かって、力を放出する。
『これが最後よ!』
男の髪が乱れたが、体勢を崩すほどの力はなかった。男がルナに飛びかかる。あっという間に後ろ手に捕まってしまった。逃げるだけの力がもうルナには残っていなかった。それでもリリアとセレクの姿が出入り口を出るところだったので、もうこれでいいと思えた。
後ろ手に掴まれたまま、ルナは指令室と呼ばれた部屋に連れて行かれた。そこには、グラニサール達が捕えられていた。ロープで両手両足を括られて、床に倒れこんでいる。既にかなりの拷問を繰り返し受けていたのだろう。三人はぐったりして動かない。そこにルナは投げ出されるように突き飛ばされた。
「仲間がいました。他にも二人。そいつらが王子を……」
「お前たちは、何をしているんだ! たかが兵士三人と女にしてやられるとは!!」
昨日、ギナを拷問していた男が怒鳴り散らした。その声でアギラが気がついた。
「ルナ……」
「アギラ、大丈夫ですか?」
「はい。あいつが砂漠の王モリールです。王子は?」
「セレク達が連れて逃げました」
砂漠の王モリール……。
「なにをごちゃごちゃ言っている。うるさいぞ。お前、何者だ!」
ルナに剣を突き付けてくる。
「答える必要などないわ」
ルナがそう言うと、思いきり左頬を殴られた。頭がくらくらする。それでもセレク達がなんとか無事だと思えることが救いだった。
一方、砂丘の窪地まで戻ったセレク達は
「ギナ、ギナ! 気付けよ、ギナ!!」
セレクがいくらギナを揺すってもギナはピクリともしない。でも微かに息をしているのはわかる。
「セレク、ギナは大丈夫?」
「生きてはいます。姫様、ギナをお願いします。ルナ達を助けに行ってきます」
「セレク、一人では無理よ!」
「無理でも行かねばなりません。頼みますよ、姫様」
セレクはギナの顔をちらりと見ると、リリアの返事も聞かずに走り出していた。砂に足を取られながらも、なんとか砦に戻ったセレクは、窓という窓を覗きこんでいく。
『ルナ!』
窓の中にルナの姿を見つけたその時だった。目の前にあるドアが開き、男が出てきた。
「お前も仲間か!」
男は剣を振りおろす。寸でのところでセレクはそれを避けたが、あっという間にドアから数人の男が出てきて、セレクは取り囲まれてしまった。呪文を唱える間もない。
「お前を捕えるつもりはない。いいか、お前には指名を与えてやろう。待っていろ」
そう言って、ギナをいたぶっていた男が部屋に姿を消す。
「あいつは……」
「砂漠の王モリール様だ。お前こそ、名を名乗れ」
「ふん、お前らに名乗るような名前などない!」
「こんな状況でよく強がっていられるもんだ」
周りを囲む男達の歪んだ笑みがセレクの背筋をぞくっとさせた。
砂漠の王モリールは、すぐに部屋から出てきた。
「お前は、これを持って王宮へ行け。ここに書いてある内容を王が承諾しない限り、ここに捕えられている者たちは返さない」
「なんだとっ!」
「期限を設けよう。四十日経って返事を持って来なければ、一人殺す。その後は一週間に一人ずつ……さあ、早く行かないと間に合わなくなるぞ」
モリールは麻紐で結ばれた書状を投げつけた。セレクの顔に書状が当たる。けれどセレクはモリールを睨みつけたまま動かない。
「ぐずぐずせずに行け。何の役にも立たない王子より、こいつらのほうが人質になる。笑えるな、あははははっ」
「くそっ!」
セレクは、力任せに書状を握りしめた。
「さっさと行け!」
「ルナ、待っていてください。必ず助けに戻ります!!」
セレクはそう叫んで走り出した。涙が止まらない。悔しさと情けなさで心は乱れるばかりだった。たった四十日でどうやって戻れというのだ。ここに来るのに20日以上を要している。四十日で行って戻るなど無理ではないか! だがしかし、行くしかなかった。ルナ達を助けるには、王の承諾を得て、それを持って戻らなければ。それにギナも助けなくてはならなかった。もう虫の息のギナだ。一刻を争う。
セレクは、振りかえることすらできず、砂漠を走り、砂丘の窪地へと戻ってきた。
「セレク!!」
セレクは答えられない。
「セレク、どうしたの? ルナは? ねえ、セレク!!」
「こうしてはいられません」
そう言ったかと思うと、セレクはぐったりしたギナをラクダの背中に乗せた。
「なにをしているの、セレク。ルナは!!」
リリアは泣きわめいていた。ギナをこんな目に合わせた極悪人どもの中に、ルナがいるかと思うと黙ってはいられない。
「セレク、わたくしも行くから、ルナを助けましょう、ねえ、セレク!! 嫌よ、このままルナを置いていくなんて、絶対に嫌ぁーーーっ!!」
渾身の力を振り絞って叫ぶリリアだったが、セレクは動じない。
「王宮に戻りますよ、姫様」
「なんで? なんでよ! セレクは平気なの? ルナをこのまま置いていくと言うの?!」
「モリールから王宛てに書状を受け取りました。その内容を呑まなければルナ達を殺すと言っています。期限も四十日……」
「四十日って、そんな。無理よ、セレク!!」
「それでも行かなければなりません。今はルナを助けるにはそれしか方法がないんですよ」
「嫌、いやーーーっ!!」
泣き叫ぶリリアの頬をセレクは叩いた。リリアは、泣きわめいてぐちゃぐちゃになった顔をセレクに向けた。
「姫様、休まずに王宮へ戻りますよ。覚悟してください。ルナの命がかかっているのです」
「うっ、ううっく。ルナ、無事でいて、くれ、るわよね。助け、られる、わよね?」
「もちろんです。助け出します。その為には行くしかありません」
そう言いながらも、セレクは、荷物を確認した。水と食料がどう考えても足りない。それでも行くしかないのだと、リリアを促して歩き出した。
空には雲ひとつなく月がぽっかりと浮かんでいた。




