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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第三章
52/68

no.13

 延々と灼熱の太陽と夜の寒さに耐え、砂漠を進んだ。やっとぺカールの町が見えてきたときには、それが敵地だとわかっていても、皆一様に安堵した。

「あれがぺカールなのね」

 砂丘の窪地に身を顰めて、一行は、それを見つめた。それは砦というだけあって、石造りの頑丈なものだった。窓には鉄格子が嵌め込まれていた。だが見える入口にはドアさえない。大きな円形の平屋建てのようだった。

「私が様子を窺ってきます。皆さんは、ここで待っていてください」

 グラニサールが砂に這いつくばるようにして、砦に向かった。

「こんな砂だらけの真ん中にあんな石造りの建物なんてどうやって作ったのかしら?」

「昔は罪人の流刑地だったと言われています。多分、最初の罪人たちがあれを作らされたのでしょう」

 アギラが答えた。その横でクレセールも青ざめた顔をしている。

「ただの石造りの建物が一つだけ。あれがぺカールなの? 町ではないの?」

「ぺカールの町とは言われましたけど、確かにあれがぺカールですよ、リリア」

「町と言うよりやはり砦ですね」

 しばらく経って戻ったグラニサールの話によると、石造りの建物は、広場を囲み円形に繋がって、輪のようになっているらしい。出入り口は見えるあの一か所のみ。

「このまま踏み込むのは危険です。逃げ場はあの入口しかありません」

 グラニサールは入口を指差した。それはドア一枚分くらいしかない。

「夜になるのを待ちましょう。なんとか見つからずにファルサリオ王子を助けだせるといいんですが、まずは中にどのくらいの人間がいるのか、確認しなくては」

「そうですね、セレク殿。ここはなんとか隠れて作戦を遂行したほうがいいでしょう」

 グラニサールが頷くと、皆も頷いた。

 砂漠の真ん中に威圧感さえあるその砦は、長年の風化もあるのだろうが、それでも強固なものだった。辺りが暗闇に飲まれると、砦のあちこちにうっすら明かりが灯った。一行は暗闇に紛れて、砦の入り口に近づいた。

「では、行きましょう。くれぐれも気をつけて」

 リリア、ルナ、セレクの三人と、従者の三人の二手に分かれて、それぞれ左右の壁伝いに進む。リリア達は右の壁伝いに進んだ。所々にある窓から明かりが漏れている。そっと覗いて、中に何人いるのかをさっと確かめる。そうやって先に進んだ。ちょうど入り口とは反対側の部分で従者達と出会う。

「王子は見つかりましたか?」

 声を顰めてセレクが訊ねたが、グラニサールは首を振って

「そこそこ15人くらいの人間がいただけです」

 そう答える。

 リリア達もファルサリオ王子の姿を見てはいない。王子の所在を確認できなくては、救いだすこともできない。リリア達が従者が見てきた側を、従者達がリリア達が見てきた側を確認して入口を出て、また砂丘の窪地で落ち合うことにした。

 セレクが一番前を歩き、リリアがそのあとに続き、ルナが最後に着いていく。セレクとルナは、壁伝いに月明かりと淡く灯る部屋の明かり、そして手の感触で建物を確認していく。リリアは呑気にその二人の間を歩いていた。

「あっ」

 リリアが小さな声をあげた。

「姫様、なんですか?」

 声を殺してセレクが振り向いた。

「ほら、ここ」

 建物の足元にぽっかりと空いた小窓のようなものがあった。鉄格子は嵌め込まれていたが、他の部屋よりももっと暗く、しかし奥の方に明かりが揺れているのがわかる。セレクとルナは石畳に体を伏せると、その中を覗いた。

「私は誰も来ないかどうか、見張っているわ」

 地に伏すなど考えられないリリアは澄ました顔である。

『ファルサリオ王子?』

 二人は心の中で叫んでいた。壁に繋がれた鎖に両手を縛られて、体をだらりと垂らし、黒髪がぐしゃぐしゃになった頭を前に倒している人間が一人見えた。あれがファルサリオ王子か……顔が確認できないが、髪の色といい、ボロボロにはなっているがその服装といい、あれがファルサリオに違いない。そのファルサリオの前に色黒で筋肉質の巨漢が一人、ファルサリオを見下ろしていたかと思うと、いきなりその腹に蹴りを入れた。

「うっ」

 ファルサリオから声が漏れた。生きている!

「おい、ひと月になるぞ。王は何も言ってこないが、どういうことだ」

 また蹴りを入れる。

 ルナは悲鳴をあげそうになって両手で口を押さえた。なんてひどいことを。もうボロボロなのに……。セレクもまた口を押さえていた。吐き気がする。体の奥からなにかが突きあげてくるようで抑えるのに冷や汗すら出る。

「王はお前など、どうでもいいということか。人質にもなれん王子など情けない」

 筋肉質の男は、そう言いながら、ファルサリオの髪を鷲掴みにすると、顔をあげさせた。

「ギッ!」

 セレクの口から声が漏れた。

 露わになったファルサリオの顔が、肖像画の者には似ていたが、そうではない。そこにいたのはギナだった。ルナはセレクを見た。どういうことなのかルナにもわからなかった。セレクにも当然理解できない。ルナがセレクの肩を揺すると、セレクはハッと我に返った。ルナの腕を引っ張って立たせると、リリアとルナを連れて出口へと急いだ。

「セレク、どうするの?」

「とにかく、今は手出しができません。一度戻りましょう」

 ルナが頷く。リリアは、なんなのかまったくわかっていない。三人は砂丘の窪地に戻ったが、まだ従者達は戻っていなかった。

「ねえ、ルナ、どうしたの?」

 リリアがセレクの怯えように驚いて訊ねた。

「私にもよくわかりませんが、あの中にギナがいたんです」

「ギナ?」

「私の記憶を取り戻してくれたセレクのお友達のギナです」

「ああ、あの時の……でも、なぜ?」

 リリアは、砦を振りかえった。

「セレク、しっかりして! 策を練って、ギナを助け出さないと、ねえ、セレク!」

 ルナは震えているセレクの体を揺すった。

「わかっています。わかっていますが……なぜ、ギナが……」

「どうもあの男、ギナをファルサリオと勘違いしていたようね」

「そのようですね」

「えっ、じゃ、ファルサリオ様は?」

 当然の疑問だった。捕らわれているのは確かにギナだった。セレクは、王宮で見た肖像画を思い出していた。

「似ているかもしれない。勘違いしたんだ」

 輝く黒い長い髪、どこか中性的な雰囲気を醸し出す面影、ギナに王子の衣装を着せたら、あの肖像画に似ている。

「一体どこでどうしてファルサリオと入れ違ったのでしょう」

「ファルサリオ王子はどこに行っちゃったの?」

「わかりません、姫様。でもここに捕らわれているのはギナなのは確かです。そしてそのギナをファルサリオと勘違いしている。ファルサリオ王子がどこにいるのかはまだわかりません」

 セレクは、すっかり頭の切り替えをしたらしく、しっかりとした視線を砦に向けていた。

「まずはギナを救わなくては、セレク」

「そうですね。ファルサリオ王子はここにはいない。いればギナを王子だとは思わないでしょうから」

「どうなっているのか、訳がわからないわ、わたくし」

 訳がわからないのはルナもセレクも同じだった。とにかくギナがファルサリオ王子と間違われて捕らわれているという事実しかない。

「グラニサールたちが戻ってくるのを待ちましょう。そして策を練って、ギナを救い出しましょう」

「ああ、それにしてもグラニサール達は遅いですね。なにか見つけたのでしょうか?」

「捕まってたりして、間抜けだから」

「姫様、縁起でもないことを言わないでくださいよ」

 セレクはそう言ったものの、不安に感じていた。一夜、眠れぬ夜を過ごす。リリアだけはしっかり寝ていたが。

「リリアの言っていたこと当たっていたかもしれないわね」

 夜が明けて、ルナが言った。辺りが明るくなってしばらく経つ。けれど三人は戻って来ない。

「そのようですね。とにかくまた夜になるのを待つしかありません」

 その間に策を練る。まずは傷ついたギナを救い出す。なんとしても今夜には救い出さなくてはならない。従者達も近衛兵としての誇りはあるだろう。よほど痛めつけられなければ、リリア達がいることを話したりはしないだろう。相手も王が探りを入れたくらいには思うかもしれないがリリア達の存在を知られていなければ、行動しやすい。それには一刻を争う。

「上の部屋から下に続く階段がありましたわよ」

 リリアは、セレクとルナが石畳に這いつくばっている間に部屋の中を覗いていたらしい。

「リリア、素晴らしいです」

「わたくしだって、役に立ちますわよ」

 それぞれのドアには外からかんぬきのようなものが嵌め込まれるようにはなっていたが、どれもそんなものはされていなかった。罪人がいたころは、外から閂がされていたのだろうが、今は使われていないようだった。

「上の部屋に誰もいないのを確認して忍び込みましょう。姫様はここで待っていてください」

「まぁ、どうして、セレク。わたくしだって役に立ちますでしょ」

 お荷物になるだけですよとセレクは心の中で思った。けれどリリアが行くと言えばそれを止めることなどできない。早々に諦めて

「では、姫様は、ルナの後ろに隠れていてくださいね」

「ええ、わかっているわ。わたくしは最後の切り札ですもの」

 どこからそんな考えが出てくるんだとセレクとルナは溜め息を漏らした。

「ルナ、大丈夫ですか?」

「はい」

 ルナはしっかり頷いた。今はギナを助けることに集中しなくてはならない。リリアを背に戦うのは辛いが、それでもセレクがいれば大丈夫だと思えたのだった。

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