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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第三章
50/68

no.11

 安宿にしては、料理は上手かった。空腹を満たせば、疲れがどっと出る。三人ともそれぞれベッドに横たわった。

「体が埃っぽくて嫌ですわね」

 などと文句を言っているうちにリリアは眠ってしまった。どんな状況でも眠れるリリアだからこそ、姫様の割に体力があるのだろう。ルナは、神経を集中してルースと話がしたいと思ったが、小刻みに震える体が、言うことを聞かなかった。小さく溜め息を着く。

「ルナ、まだ起きていますか?」

「起きているわ」

「ルナの不安はまだ消えませんか?」

「はい。消えるどころか大きくなるばかりでどうにもならないわ」

「実は私もです」

 セレクは、過酷な砂嵐さえ乗り越えてここまでやってきたのに、不安が増すばかりだった。目を閉じれば、暗雲が立ち込める。これがルナが見ていたものなのか……。

「セレクもなのね」

「どうしたものか、不安が増大しています。こんなことは初めてですね」

「私も同じです」

「とても疲れました。寝ます。ルナも早く寝てくださいね」

「はい」

 しばらくするとセレクのほうからも寝息が聞こえてきた。階下からは、まだ男達の喧騒が聞こえてくる。

 ルナは、窓の外に輝く月を見ていた。なにが待ち受けているのかはわからない。でもただではすまないことは分かっていた。それでも進まなければならないのだと。ルースとの交信ができなくなって、何日になるだろう。ルースと一言でも話ができれば少しは落ち着くのにと思うのだが、精神集中ができない自分が情けなくなるばかりだった。そんなことを悶々と考えながらも体は疲れていたのだろう。いつの間にか深い眠りへと落ちていった。

 翌日、一番先に目覚めたのはリリアだった。朝陽が射しこむ窓辺に立って伸びをした。セレクがそれに気づいて目を覚ました。

「おはよう、セレク」

「おはようございます、姫様」

「ルナはまだすやすや寝ているわよ」

「少し休ませてやりましょう。ルナは体力を回復するのに時間がかかります」

「そうね。また砂漠を歩くのでしょう? ルナになにかあったら困りますものね」

 ルナの力がなければ砂漠を一歩も動けないことは、砂嵐にあう前に痛感している。リリアとセレクはマントを羽織り、誰かが来ても大丈夫なように支度を整えた。ルナは、わからないように布団を頭のあたりまで引き上げておいた。

 二人は窓から外の町並みを見ていた。それは昨夜のそれとは打って変わって閑散としている。この時間は皆仕事に出ているのだろう。風が路上を吹き抜けては砂埃をあげていく。宿もまるで誰もいないかのように静かだった。リリアとセレクも言葉少なに、時を過ごした。昼ごろになって、やっとルナが目を覚ました。

「ルナ、ぐっすり眠れまして?」

「あ、はい。すみません。こんな遅くまで」

「いいえ。あなたが参ってしまったら、大変ですもの」

 そこに宿屋の主人がやってきた。慌てて、ルナはマントを羽織り、フードを被る。

「兄さん方、準備はできましたぜ。他にご用はありやせんか?」

 両手を揉みながら宿屋の主人は嫌らしい目を向けてくる。まだ絞り足りないとでも言ったような表情だ。

「いや、特にはない」

「そうですかい? あんたさんらがここいらの人じゃないと見知って言わせてもらいますが、いい情報がひとつあるんですけど?」

「なんだ、それは?」

「いや、ですからいい情報なんですよ」

 両手を揉んで主人が言う。金を出せということか? セレクは、少し躊躇ったが、主人に金を渡した。ここでそう多くの者と接触するわけにはいかない。どんな情報でもこの主人から引き出せるのなら仕方ないと思った。

「この宿屋の隣なんすけどね。未来が見える魔女アディビナールが店を出してましてね。これがすごく当たるんですわ。ぺカールに行かれるって聞きやしたから、どうかと思いましてね。試しに占ってもらってから出かけてはどうですか?」

「そんなことか、もういい。下がれ」

「いや、すみませんねえ」

 宿屋の主人は大事そうに金貨を握って出ていった。

「ねえねえ、セレク。その魔女の占い師に占ってもらいましょうよ」

「姫様、先のことが見えてしまったら、面白くないですよ」

「それもそうね。それじゃ、三人で占ってもらって、答えは、本人じゃなく他の誰かが聞くっていうのはどう? それだったら、自分では未来はわからないままだし、後で当たっていたかどうかわかるじゃない?」

「リリア、でも……」

 ルナは暗雲が立ち込める未来など知りたくないと思った。

「いいじゃない。なんの楽しみもないのよ。このくらい、ね。お願い」

 セレクはため息をつき

「わかりました。では、その占ってもらった未来はこの旅が終わるまで絶対話さないということにしましょう。いいですね」

「わーい、ありがとう、セレク」

「お静かに。こんなポロ屋ですから、姫様の声、宿中に響いてしまいますよ。女とばれないようにしなくては」

「ごめんなさい。さあ、早く、行きましょう」

 三人は従者達に断ってから、階下に降りた。昨日の喧騒が嘘のように酒場は静まり返って人っ子一人いなかった。三人はこっそり宿を抜け出した。外に出ると風が吹き、砂埃が舞った。

「こんなところによく住めるわね」

「他の町よりはましでしょう。仕事があるだけでも」

「そんなものなの?」

 木造の建物が、ずらりと並んでいる。けれど、この十番宿屋が二階になっているだけで、他はほとんど平屋のボロ屋だった。隣の魔女の店も平屋で、今にも崩れそうな屋根が恐ろしい。

「ここですの?」

「隣ですから、そうでしょうね」

 中に入ると、カーテンで仕切られた部屋が奥にあった。

「なんじゃね、お前さん方?」

 腰の曲がった老婆が、三人に気付いて振り向いた。真っ白な頭に、皺だらけの顔。リリアは、絵本に出てきた悪い魔女を思い出して身震いした。

「占ってもらいに来ました」

「こりゃ、珍しいお客さんだね。いいだろう」

 セレクが占ってもらう未来はこの旅についてであって、その答えは、別の者が聞くと魔女に話した。魔女は了解して、まずリリアがカーテンの中に入った。次にセレクが入り、ルナが最後。リリアの答えを聞きにセレクがまたカーテンの中に入っていった。

「どこぞの姫様じゃのう。わしには隠し事はできんよ。あんたらが女だと、入って来た時からわかっておった」

 そう言ってから、魔女はリリアの答えを伝えた。

「愛しておられるお方の心の半分は救うことが叶わん。じゃが、あとの半分は恋の成就に寄って救われるだろう。この国にとってそれが脅威なのか、救いなのかは時が経ってみなければわからんの」

 次にルナがセレクの結果を聞いた。

「愛が芽生えておる。じゃが、辛い試練を乗り越えんとならん。その試練を乗り越えられれば、愛は成就するじゃろう」

 次にリリアがルナの結果を聞いた。

「愛の成就に満たされておる。じゃが、これから心に深い傷を負われるじゃろう。それでも愛を信じていれば、救われるじゃろう」

 三人は無言で宿屋の部屋に戻ってきた。それぞれが重いものを引きずったような思いだった。

「な、なんてことないわよ。こんな辺境の地で占いなんかやってる魔女ですもの。当たるかどうかなんてわからないわよ」

 強がって見せたものの、ルナが気づ付くと思うと怖くて仕方なかった。

 セレクも

「そうですね」

 と、頷いたものの、リリアが愛している相手を半分は救えないという結果に心が沈んでいた。それはベルダだろうか、ファルサリオだろうかと。

 ルナは、窓の外を見つめて、セレクの未来に辛い試練が待っていると思うと心が重かった。

「さあ、のんびりはしていられなくってよ。宿の主人も準備はできたって言っていたし、出かけましょう」

 立ち直りの早さは世界一かもしれない。

「そうですね、こうしてはいられない。行きましょう、ルナ」

「はい」

 従者達を従えて、宿屋の主人に声を掛けると、

「外に準備は整ってますぜ。ぺカールまでは七日くらいですけんど、万が一のために十日分くらいの食料と水を用意しときましたぜ」

「それはありがたい。助かった」

 セレクはそう言って、宿屋を出た。

 ラクダにはまた充分な大きな荷物が着けられていた。これだけあれば、なんとかなるだろう。セレクは、宿屋の主人が誤魔化しをするのではないかと心配したが、それ杞憂に終わった。

 セレクは、通りをまっすぐ前に見詰めた。リリアは、砂埃が着いたとマントをパタパタさせている。ルナは、魔女の崩れそうな家を視界に入れないようにと下を向いていた。

「それでは行きましょう」

 セレクが言うと皆、重い足取りではあったが、歩き出した。静まり返った、今にも崩れそうな家々、砂嵐などが来たら、ひとたまりもないだろう、それらを見ながら、また砂漠に出るのだと思うと、そんな町でも名残惜しく思えたのだった。

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