no.5
インファンタの山を下りて、樹海に入る手前に川が流れていた。その河原で今夜は野宿することになった。三人にとって、初めての野宿である。
「では、私は薪になるような小枝を探してきます。リリア、ここを動かないでくださいね。迷ったら、大変ですから」
ルナはリリアにそう言って、樹海に入って行った。
「言われなくても、もう動けないわよ。こんなところで夜を過ごすの?」
リリアは辺りを見て言った。
「そうですよ。旅をしていて、いつも町の近くにいるとは限りません。野宿もしなくてはなりませんよ」
たいした時間もかからずに、ルナは両手一杯に小枝を持って戻ってきた。セレクの魔法でそれに火をつけてもらう。姿が消えていても、そのくらいの魔法は使えるのだそうだ。助かった。
非常食をとる。果物や野菜を乾燥させたもので、旅人が必ずといっていいほど、持って歩くものである。リリアは毎度のこと、文句を言ったが、もうルナとセレクも疲れいるので聞いていられない。
「こんなところでどうやって寝るの?」
セレクに窘められたものの、それでも不満は消えない。
確かに、寝ないわけにはいかない。馬をガムサの町において、洞窟を半日歩いてきたのだから、身体はくたくただし、この様子じゃ、明日も樹海を歩かなければならない。
河原は石ころだらけで、そこからすぐに樹海に入ってしまうため、この河原に寝る以外にない。
「リリア、ベッドを作ってあげるから、待っていて。絶対、ここを動かないでね」
ルナはそう言って、また樹海に入って行った。
「だからぁー、言われなくてももう動けないってばぁー」
座り込んだリリアは、ため息を着いた。
しばらくして、また両手一杯の小枝を持ってルナが現れた。それを河原に敷き詰める。何度か樹海と河原を行ったり来たりして、三人が眠れるくらいの場所を確保した。
「あとは柔らかめのものをとって来て敷けば大丈夫よ、もう少しだから」
そう言ってまた樹海に消えた。
「ねぇ、セレク。ルナはなんでこんなことできるのかしらね」
「さぁ、私にもそれはわかりませんが」
葉っぱのついた蔦を前が見えないのではないかと思えるほど抱えて、ルナが戻り、それを小枝のベッドに敷き詰める。
「できたわよ。これで眠れるでしょ、リリア」
できあがったそれは、リリアにとって王宮の絨毯より粗末なものだった。けれど、ルナの姿を見ていて、文句も出なかった。頑張っているというよりは、こんなことがルナにできるのねという疑問のほうが大きかった。
「ルナが作ってくれたんだから、我慢できてよ、わたくし、このくらい平気……」
顔が引きつってはいたけれど、リリアはやせ我慢をして、ルナ手作りのベッドに横になった。蔦から香る柔らかい香りにリリアは、癒されて、あっという間に眠りに着いていた。疲れもあったのだろう。
ルナは、火に小枝を入れて、火が消えないようにしてから、セレクの寝る場所も考えて、ベッドに横になった。けれどなかなか寝付けない。
「ルナ、どうした?」
セレクが訊ねた。
「眠れないの。何かが心の中でざわめいていて。こんな風にしたことが昔あったような懐かしさを感じて」
「そうか。そんなこともあったかもしれないね。ベッドを作るのも手際がよかったし。姫様のような育ち方をしていたら、こんなこと思いもつかなかったでしょう」
セレクのなにか知っているようなそんな言葉にルナは、洞窟での不思議な出来事を思い出した。
「セレクは何か知っているのじゃない? 私のことを私よりも知っているように思えるのだけど」
「そんなことあるわけないですよ。さぁ、明日もまた大変ですから、休みなさい。姫様を見て、あれだけ文句を言っていたのにもう夢の中ですよ」
クスッ。
「こんな風に眠れるから、姫様なのに体力は意外にあるんですね」
「だろうね。王宮じゃ、エネルギーを使うところがなくて、今まで大変でしたけど。ルナが来て以来、君のうまい誘導に姫様も随分大人しくなりました。ルナが来たことで本当に変わりましたよ、姫様は」
「私もリリアに出会えて、私の中の何かが変わってきているように思えます」
「二人は、出会うべくして出会ったのでしょう。さぁ、もう休んで」
「はい」
ルナはそっと瞼を閉じ、静かに眠りに着いた。
翌日、三人は樹海に入った。
太陽の光が木々の間から幾筋ともなって差し込んでいる。幻想の世界。足元には、コケやシダ、見たことのない小さな植物が、そのささやかな光を命の源の一つとして懸命に生き続けている。時折、鳥の鳴き声がするほかは、しんと静まり返った樹海の中を三人はインファンテがあるであろう方角目指して進んでいく。
「ねぇ、ルナ。この辺で一休みしましょう。わたくし、もう歩けない」
今朝、出発してから、これで三度目である。
「リリア、そんなことをしていたら日が暮れてしまうわ。こんなところで夜を過ごすのは嫌でしょう?」
「だって足が痛くて痛くて……」
「こんなところで野宿したら、寝ているうちに虫たちがっ」
「もう平気よ。行きましょっ」
ルナに全部を言わせずに、リリアは歩き出した。「虫」の一言がきいたらしい。先ほど休んでいた時もドレスの裾にヤツデが這い上がって来て、大絶叫したのだった。
「姫様が虫嫌いで助かりましたね、ルナ」
今にも笑い出しそうな声音でセレクが言った。
「ほんと、助かったわね」
ルナも笑いをこらえて言った。
「なにをしているの、早く先を急ぎましょう!」
振り返ったリリアが言った。
三人は、また黙々と歩き始めた。
樹海の木々は、三人が手をつないで回っても回りきらないほどの太さで、少しでもよそ見をしようものなら、すぐに方角がわからなくなるように林立している。
かなり歩いた頃、グゥーと盛大にリリアのお腹がなった。
「ぷっはは。姫様、そろそろお昼にしましょうか」
セレクが言った。
「またあの非常食なんでしょ。もう嫌だわ、そんなもの」
「まだしばらく樹海は続くわよ、リリア。今のうちに食べておきましょうよ」
ルナも言った。
リリアは仕方なしに言うことを聞いた。乾燥された果物の妙な甘さが頬をキーンとさせる。
「もういらない。行きましょう。わたくし、早くここから出たいいわ」
少し食べただけでリリアが言った。
セレクはまだ食べ足りないと思ったけれど、非常食である。先のことを考えて食べるのをやめた。
そしてまたしばらく樹海の中を歩く。
木々の間から差し込む日差しが強くなってきたころである。目の前に王宮にあるプールほどの小さな泉が現れた。さらさらと流れる小さなせせらぎがそこにキラキラと泉を作っているのだ。その美しさにルナが足を留めた。
湿気の多かった洞窟を通り、小枝を何度も運んだりしてベッドを作ったルナは、体が汗で汚れているのが気になっていた。
「ほんの少しここで休みませんか? 体を洗いたいの」
「えーっ、こんなところでわたくし、嫌よ」
「でもリリア、こんな綺麗な水で体の汚れを落としたら、すっきりするわよ。虫も寄って来なくなるかも」
「じゃ、わたくしも、水浴びするわ」
ころりとリリアは、気持ち変えをする。虫がよほど嫌いらしい。
三人は服を脱ぎ、泉に入った。意外にひんやりした水温に、最初はびくびくしていたリリアも入ってしまえば、何のことはない、大はしゃぎである。
「ルナ、そんなところにいないでこちらへいらっしゃいよ」
泉の真ん中で、リリアが言う。その周りをスイスイと泳いでいるセレクの小さな水しぶきが見える。
「私はここでいいです」
ルナは小川に近いところで、肩が出るくらいの場所に立って、髪を洗い始めた。
「折角だから泳ぎましょうよ、楽しくってよ」
はしゃいで泳ぐリリアが言った。
実はルナは、泳ぎが苦手である。そんなこととは知らずにセレクまでが
「ルナ、泳いで体の緊張をほぐしましょう」
などと、言ってくる。
「ごめんなさい。私、泳ぎは苦手なの」
小さな声でぼそっと言った。
「えっ、ルナにも苦手なものがあるのね」
「そりゃ、ありますよ。私には構わず、楽しんでください」
ルナは、髪を洗いながら言った。
ひと時、楽しい時間を過ごした後、さっぱりした三人は、また樹海を歩き始めた。




