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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第三章
49/68

no.10

 それから三日、灼熱の太陽と夜の寒さに耐えて、一行はただひたすら砂漠を歩いていた。

「まだエチセリアには着きませんの?」

「まだですよ、姫様」

「もう頭がくらくらするわ」

「セレク、少し休みませんか?」

 ルナが小さな声で弱々しく言った。

「どうしました、ルナ?」

「わからないの。先が見えない。なにかが邪魔をして、行く道を消しています」

「なんですって。道がわからないの?」

「はい。このまま動いては、どこへ進むかわかりません。今は、休んだ方がいいです」

「ルナにも見えないとは……とにかく迷ってはいられませんから、ルナの力が回復するまで休みましょう」

 一行は、何処までも続く砂漠の真ん中で固まるようにして、休んだ。

「魔法を使って体力を回復させますか、ルナ?」

「いいえ、そういうことではないの。なにかが邪魔をしているの。なにかしら」

 ルナは空を見上げた。青空は何処までも続いている。おかしい。

「何かが来る」

「バガールではないわよね?」

「姫様、そんなはずはないでしょう」

 一行が、一休みしている間に、東の空が灰色に染まり始めた。

「来ます、なにかが」

「あれですね、なんでしょう」

 それはあっという間に近づいてきた。風が吹き始め、それは砂を舞いあげ、一気に近づいてくる。

「あれが砂嵐……」

 ルナが呟くと

「皆、かたまって。離れないように。顔をマントで覆ってください」

 セレクが叫ぶ。そうしている間にも砂の嵐のカーテンは一行を呑み込んでいく。フードの前を閉じても目も口も開けてはいられない。隙間から入り込む砂に咳き込む。咳き込むその隙に口の中には砂が入り込む。轟々と音を立てて、吹き荒れる砂嵐に動けない。なんとその砂嵐は二日も続いた。気を失いかけたリリアが気付いた時には、嵐は通り過ぎ、みんな砂の中に埋もれていた。慌てて、砂を掘り返す。その後ろでもアギラが必死で砂を掘っていた。

「ルナ、セレク、しっかりして!」

「グラニサール、クレセール、大丈夫ですか?」

 なんとか掘り起こした二人は、それぞれの頬をぴたびたと叩いて目を覚まさせた。

「リリア、無事でしたか?」

「姫様……」

「あなた達が死にそうになってどうするのよ」

「姫様が一番の強運の持ち主ですね、まったく、信じられない嵐でしたね」

「口がじゃりじゃりして気持ち悪いわ。喉もひりひりする」

「二日もなにも口にしていません。お腹も空きました」

 それに気付いた従者達がラクダから荷物を降ろして、水や食料を出した。皆、水で口をすすぐと、言葉なく、食べることに夢中になっていた。この時ばかりは後のことも考えず、水を飲み、食料も口にした。

「やっと落ち着きましたね」

 セレクが満腹だと言ったように両手を後ろについて、腹を出して見せた。

「あの砂嵐のせいだったのね。今は、もうエチセリアへの道も見えます」

「それはよかったわ。ルナが道を見失ったと言った時にはどうしようかと思いましたのよ」

「ルナに見失わせるくらいの威力はありましたね」

「はい。砂嵐で命を落とすと言われるのもわかるような気がします。これが一人だったら、本当に死んでいますね」

「本当に……」

 従者達からも大きな溜め息が漏れた。

「さあ、ゆっくりはしていられませんことよ。砂嵐で二日も足止めを食らったんですもの、先を急がなくてはね」

 すっかり元気を取り戻しているリリアは、腰をあげて、ポンポンとマントに着いた砂を払った。

「そうですね。急がなくては」

 一行はなんとか砂嵐を耐え、先に進むことができた。けれど、日中の日差しも夜の寒さもまた変わらない。二日、歩きどおしで、体力も限界に近づいていた。

「まだ、ですの? エチセリア、は……」

 リリアが息絶え絶えにルナに訊ねる。

「随分近くに来ているはずですけど」

 ルナがそう言って顔をあげると、黒煙が微かに見えた。

「また?」

 ルナの言葉にリリアとセレクも顔をあげて、黒煙を認めた。

「また砂嵐が来るのでしょうか」

「もう嫌ですわ、あんな恐ろしいもの!」

「なにか違います。進みましょう」

 黒煙はそちらからは近づいては来ない。徐々にこちらがそれに近づいているだけである。どうも黒煙は動いていない。近づくにつれて、その黒煙が何本も見えてくる。

「あれは油田の炎なのでは?」

 セレクがやっと気付いた。砂漠に立てられた櫓の上から、炎を吹き出し、その上に黒煙が広がっていた。それは転々と砂漠の中にいくつも立っている。

「あの中にエチセリアがあります」

 ルナが指差した方向を見ると、砂に霞んだその向こうに、町らしき姿がうっすらと見えてきた。櫓の周りにも幾棟かの建物らしきものは見えるが、それとは比べ物にならないような大きな町である。砂漠の中に突如として現れたエチセリアは、その油田のお陰で潤っているらしかった。

 太陽が西に傾きつつある中で、一行は足早に町に近づいた。近づくにつれ、人影が見えてくる。グラバとは違って、人々が行き交っている。しかしその姿は、粗末なマントに身を包んだ男達ばかりであった。

「ここからは姫様方は注意してください。絶対フードを取らないでくださいね」

 グラニサールが前に出て言った。そのあとにリリア、アギラ、ルナ、セレク、クレセールと並んで町に入った。十番宿屋にまっすぐ向かう。そんな一行を周りの男達は興味津津といった様子で見ている。リリア、ルナ、セレクはフードを目深にかぶり、手でそれを抑えていた。こんな男達の中で女とばれたら、本当にタダでは済まない。

 十番宿屋はすぐに見つかったが、一階部分が酒場になっているのか、早々、飲み始めている男達の歓声が聞こえた。

「大丈夫でしょうか?」

 ちらっと中を覗いたグラニサールは、後ろを振り返ってセレクに意見を求めた。

「三番宿屋の女将を信じるしかないでしょう」

 そこからはセレクが先頭に立って、中に入っていった。粗末なテーブルを囲んで粗暴な男達が酒を片手に騒いでいる。厨房を覗いてセレクは主人を探した。

「御主人はどちらです」

「なんだい?」

 薄汚れた前掛けをした男が出てきた。

「三番宿屋の女将のツテできました。ここなら安全と聞いています。泊めていただけませんか?」

 後ろにリリアとルナ、従者たちがいるのをちらりと見た主人は、部屋は二つだけだと言って、くいっと顎をやって奥の階段を示した。

「上がって一番奥の二部屋を使いな。こっちが落ち着いたら、行くから、それまで出るな」

「わかりました。ありがとうございます」

 一行は、宿の主人が示した階段をこっそり登り、一番奥の部屋、向かい合わせのその部屋に入った。南向きの部屋からは、通りが見下ろせた。暗くなり始めた通りには、街灯まである。こんな砂漠の真ん中の町に街灯があるのが不思議でならなかったが、考えてみれば、油田があるのだ。街灯があってもおかしくはない。

「やっとマントが脱げるのね」

「姫様、まだですよ。宿屋の主人が来ます。まだ着ていてください」

「埃っぽくてたまらないわ」

「仕方ありませんよ、リリア。ここまで来て、女だとばれては困りますもの」

 しばらくして、宿の主人がやってきて、料理は必要かと聞いてきた。ルナとリリアは部屋の隅でじっとしていた。セレクが対応に出る。

「今夜の夕食と明日の朝の食事を頼みます」

「わかった。金は先払いだよ、兄さん」

 セレクを男だと勘違いしている。こういうときは役に立つものだとリリアはほっとした。

 セレクは先に金を支払うと、

「ここからぺカールに向かう。その為の水と食料も用意してほしい」

 と告げて、金をまた出した。

「ぺカールへ、ですかい?」

「はい」

「あなた方は何者です?」

 部屋の隅で固まっていたリリアとルナに主人の視線が注がれた。

「迷惑はかけません。準備できますか、金はいくらでも出します」

「あ、ああ。そりゃもう、明日の昼までに準備すりゃいいですかい?」

 両手に一杯の金貨を見て、宿の主人は嫌らしい顔で言った。

「ああ、それでいい。頼む」

「わかりやした。まずは夕食ですな。作らせてすぐに運ばせますんでお待ちを」

 そう言って、宿の主人は出ていった。

 三人が同時に溜め息を漏らした。

「金には汚い男らしいな、ここの主人は」

 セレクはどさりとベッドに座った。万が一のためにセレクもフードはしたままだったが、それをさらりと降ろす。

 一階の酒場で騒いでいる男達の声がここまで聞こえてくる。粗末な作りの建物だから、声も筒抜けのようだった。

「セレク、あんなに渡さなくてもよかったんじゃなくって?」

 部屋の隅から出てきたリリアがベッドに腰掛けた。

「いや、安全を買うと思えば安い方でしょう」

「セレクの言う通りよ。意味は違うけど、砂漠と同じでここも危険だわ」

 窓からすっかり暗くなった通りを見下ろしてルナが言った。既に安酒で出来上がった剛健な男達がウロウロしている。

 間もなく料理が運ばれてきた。グラバよりは豪勢な料理であるが、何枚かの大皿に大雑把に乗せられた料理にリリアはがっかりしている。それでも暖かい料理を屋根のある宿屋で食べられるのは幸せなことだと感じられた。

「肌が荒れてどうしようもないわ。ここからまだぺカールは遠いのかしら」

「まだ砂漠を半分くらいしか進んでいないんですよ、姫様」

「まだ半分なの?」

 口に料理を運ぼうとして、それを取り落とした。

「そうですよ、リリア。まだ半分、砂漠を歩かなくてはなりません」

「そんな……」

 リリアは、視線をテーブルの上に落として、黙り込んでしまった。

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