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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第三章
46/68

no.7

 一行は砂漠のぺカールへと出立した。

 まずは、砂漠地帯の手前に聳え立つエスフェラ山脈を越えなくてはならない。その麓町グランハに向かった。途中、小さな町に宿泊しながら、グランハに着いたのは、王都ファリアを出立して三日後だった。グランハの町に入るや否や、この地方を治めるアドニス侯爵家から使いの者がやってきて、侯爵家に宿泊するようにと勧められた。それを断る理由などない。

 年の頃は、リリアよりほんの少し上かと思えるが、豊かな金色の髪に緑の瞳が美しい、国中に知れ渡るほどの美少年アドニスが応対に出た。

「よくお越しくださいました。王より使いの者が参りまして、姫様方に休んでいただけるようにとのことでした。このような辺境の地ではありますが、ゆっくり休んでいってください」

「ありがとうございます、アドニス様。わたくしも思わずこんな旅に出てしまいましたけれど、危惧しておりましたの」

「そうでしょうとも。女性の旅ともなりますと、察するに余りあります。どうぞこちらでごゆるりと」

 神々しいまでのその笑顔にリリアは、見とれている。年齢にしては、仰々しい挨拶に、セレクとルナは不審に思った。しかしそれは顔に出さずに押しとどめた。

 その夜、歓迎の宴が催された。リリア達が来ることが分かっていただけに、贅を尽くした宴であった。リリア達が砂漠の話を持ち出したのをいいことに、アドニスは、その恐ろしさを語った。

「とにかく砂だけの世界ですよ。他にはなにもありません。いや、危険な生物もいると聞きます」

「そうですの?」

 呑気に構えるリリア姫。

 食卓に並んだ料理に舌包みを打つセレク。

 ルナだけが不安を募らせていた。黒い雲が段々近づいてきているのである。それをセレクに伝えるかどうか、迷っていた。砂漠を旅するのだから、暗雲が立ち込めるのも当然かと思いつつも、ただそればかりではないような気もしていた。

「ルナ、食べられるときに食べておかないとまた疲れがとれませんよ」

 セレクが心配顔のルナに料理を取り分けて差し出した。

「これから砂漠に行くんです。不安はあるでしょうけれど、姫様を止めることはできませんよ」

「わかっているわ……」

 ルナは、それ以外に言葉をなくしていた。

「砂嵐などに巻き込まれたら、砂漠の民ですら命が危ういと言われています」

 延々と砂漠の恐ろしさをアドニスは続けていた。けれどリリアはそれに臆することなく、逆に楽しげにその話を聞いている。

「なんと申したら伝わるのでしょう。荒涼たる砂漠の恐ろしさを……」

 困り果てた顔でアドニスは、セレクに視線を送った。

「どんなに危険と言われましても、行くと言い出した姫様を止めることはできませんよ。アドニス殿」

 セレクは、肉を口に頬り込みながら言った。

「しかしですね、隣国からお預かりした大切な姫様をこのまま砂漠に行かせるわけにもいかないでしょう」

 今度はルナに視線を送ってアドニスは助けを求めた。

「申し訳ありませんけれど、リリアを止めることは無理ですわ」

 ルナは、なんとかしてアドニスの押しでリリアがこの旅を踏みとどまってくれたらとは思うものの、それが無理なのは、とうにわかっていたことだった。

「どうしても行かれると申されますか? ここを出たら、山を越えて、あとは砂漠しかありませんよ」

 語気を強めるアドニス。しかしリリアは澄まし顔で

「そんなことはわかっていますわ。ご心配はいらなくってよ」

「すみません。実は、王に頼まれたのです。姫様方をここから先には行かせるなと……」

「そういうことですの。ご自分では何もなさらない方ですのね、こちらの王様は」

「姫様、失礼ですよ、そんな言い方は」

「でも本当のことでしょう。兵をあげるでもなく、困った困ったと言うばかりで何もしない。ベルダ様がどんなに困っていらっしゃったことか」

「リリアが行くと言い出したことでベルダ様はもっと困っていらっしゃったようにも思いますが……」

 ルナがぼそりと言った。

「でも誰かがファルサリオ様を助け出さなければならないでしょう。誰も動かないのなら、わたくし達が動くしかありませんわ」

 もう言葉もないとアドニスも観念したらしい。

「とにかくこちらにいる間だけでも、ゆっくりしていってください」

 そう返すしかなかった。

 その夜、宴がお開きになって、リリアは妙に興奮状態である。

「ねえ、ベルダ様といい、ファルサリオ様といい、ここのアドニス様まで、この国にはなんて美しい人が多いのかしら」

「そちらですか、姫様の気がいっていたのは」

 セレクが深い溜め息を漏らした。

「だって、こんなに美しい殿方ばかりだと、わたくし、嬉しくなってしまいますわ」

「姫様、ファルサリオ様とお会いになるためにこの国に来たのですよ、憶えていますか」

「そのファルサリオ様がいないのでは……」

 ルナは心の陰りを顔に出していた。隠し通すのにも疲れが出ていたのである。

「ルナ、まだなにか不安ですか?」

「不安だらけです。これからどうなるのか……暗雲が立ち込めるその中に入っていくのですから」

「いやぁね、ルナったら。心配しすぎよ。みんなが砂漠は怖いところって言うから、ルナは不安になってしまったのよ。今まで沢山旅をしたし、戦いもあったわ。それでもここまで来たのじゃなくって?」

「そうだけど……」

 リリアにルナの不安は伝わらない。

「大丈夫よ。セレクには魔法があるし、今はルナにだって妖精の力が戻っているでしょ。それにわたくしがいれば、問題などありませんわよ」

 一番の問題は姫様だとセレクは心の中で思うのだった。

「とにかくセレクやルナのように心配ばかりしていたら、早く老けてしまってよ」

「大きなお世話ですよ、姫様」

 三人はその夜、侯爵家でゆっくりと豪華な寝台で休むことができた。

 翌日、出立を前にアドニスが言い出した。

「ここからは、馬では無理ですよ。山岳地帯を越えたらすぐに砂漠地帯です。ラクダでなければ行けません」

「では、そのラクダを調達してくださいませんこと、アドニス様」

「いえ、それがこの町には今、そのような余裕はありません。誰も砂漠に入ろうなどという者もおりませんのでラクダがいないのですよ」

「そんなあ。それでは困りますわ」

 セレクは、アドニスがなんとしても砂漠には行かせたくないと思っていることが伝わってきた。王の命令なのだろう。これ以上は先に進ませまいと躍起になっているのがわかった。

「馬がダメで、ラクダもいないと……?」

「そういうことです」

「だったら歩いていきますわ」

「はい?」

「どちらもダメなら、歩くしかないんじゃくって?」

「リリア姫様?」

「アドニス様、わたくし達、これでも冒険には慣れていますの。洞窟や樹海を歩いたこともありますし、断崖絶壁を登ったこともありますのよ。あまく見ないでいただきたいわ」

 リリアは、美しいと言うだけで丸ごと受け入れてしまいがちだったが、さすがに昨日からのアドニスの対応に苛立っていた。

「アドニス殿、姫様は言い出したら、聞きません。アドニス殿も王の命令がおありでしょうから、辛いお立場だとは思いますが、こればかりはどうにもなりませんよ」

「そのようですね。もうお引き留めすることも諦めましょう。私も行ったことはありませんが、旅の者に聞いた話ですと……」

 アドニスはここからの道のりを説明してくれた。町を東へ進むとすぐにエスフェラ山脈に入ると言う。ここより南東に進むと、山脈地帯の向こう側の麓町グラバに着く。そこまでは歩いて三日ほど。グラバに行けばラクダが手に入るはずだと言う。

「どの道、山を越えるのには馬やラクダは邪魔になりそうですね。馬をここで預かってください」

 セレクは、真剣な面持ちで言った。

「ええ、それは構いません。治安がいいのは、この町までです。山岳地帯に入ったら無法地帯だと思ってください。オアシスの民は決して入ることのない場所です。貧しい砂漠の民たちの地帯ですから、くれぐれもお気をつけて、それからこれを」

 アドニスは、リリア、セレク、ルナと従者三人にそれぞれ薄茶色のものを手渡した。

「なんですの、これ?」

 リリアが早速それを広げてみると、それはフードの着いたマントだった。

「砂漠地帯は昼は熱く焼ける日差しが差し、夜は凍えるほど寒いと聞きました。父がちょっと変わり者でしてね。砂漠の民からわざわざ金を出して買ったものです。そんなものでも役に立つかもしれません。私にしてさしあげられることは、このくらいしかありませんから」

 アドニスはがっくり肩を落としている。

「ありがとうございます。アドニス様。必ずファルサリオ様を救い出して戻って参りますわ」

「辛いお立場でしょうが、こちらの心配はなさいませんように」

「アドニス侯爵様、休ませていただいてありがとうございます」

 リリア達は、力を落としたアドニスに背を向けて、侯爵家を後にしたのだった。

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