no.6
翌日は、大道芸人が集まり、王宮の広場でそれぞれの技を見せてくれていた。リリアは、初めて見るそれらに
「すごいわ、こんなこともできるのね」
「なんてすばらしいの、わたくし、言葉がありませんわ」
言葉がないと言う割には、なんだかんだと騒いでいる。その相手をしているのは、王妃であった。その後ろにルナとセレクは着いて歩く。
「なにかおかしくはありませんか?」
セレクがぼそっとルナに言った。
「はい。ちょっと……」
「今はこんなことをしている場合ではないでしょうに。王とアルコンもいない。ベルダ殿も先ほどから姿が見えません。ちょっと探ってみませんか?」
ルナは頷いた。セレクとルナは、そっとリリア達から離れ、王宮に入った。
「王様たちはどこにいるのかしらね」
「とにかくどこかで密談しているに違いありません。ファルサリオを助ける策を練っているのかも」
「そうね」
あちこちを歩き回って、なにか声が聞こえる部屋を見つけた時だった。
「ルナ、セレク、なにをしているの?」
飛び上がらんばかりに驚いた二人の後ろにリリアが立っていた。
「姫様?」
「二人ともいつの間にかいなくなってしまうんですもの、探したじゃない」
「静かに」
セレクに言われて、リリアは首を傾げた。そして二人の後に着いて行った。
声が聞こえた部屋のドアを音がしないように細心の注意を払って、セレクがほんの少し開けてみた。思った通り、そこには王とアルコン、ベルダがいた。
「とにかく早く近衛兵から精鋭を集めて、ぺカールに向かわせてください、父上!」
「しかしな、砂漠地帯だぞ。貴族の子息たちをそんなところに行かせるわけには……」
「ベルダ王子、近衛兵と言っても、みな貴族の子息達です。王宮のお飾りのようなものですよ。本当に戦える者などおりません」
「では、アルコン。ファルサリオを助けに行かないというのか!」
「いえ、そういうわけでは……」
「ベルダよ。本当に困っているのだよ。ここには戦える兵などおらぬ。砂漠の民が何を考えているのかもわからぬ」
「だからと言って、このままでいいわけがないじゃありませんか。ファルサリオの身になにかあったらどうするんですか!」
「う、うむ、わかってはおるが……今はなんとも手の出しようがなくてじゃの……」
「ああ、もう! なに、うだうだ言ってるの!!」
突然の闖入者に三人は真っ青である。セレクとルナもドアを前にして、棒立ちだった。
「お飾りの近衛兵だって、少しくらい戦えるのではないの?」
王の前に進み出たリリアが叫んだ。
「リリア姫、いや、ここの近衛兵たちは、貴族の御子息を預かって教育をしているだけのもので、剣の練習もそれほどやってはおらんのだよ」
「なんなのよ、それっ!」
「リリア姫、どうか落ち着いてください」
今まで叫んでいたベルダの方が度肝を抜かれて、逆に落ち着いている。
「これが落ち着いていられて? ファルサリオ様を誰も助けに行けないなんて、そんなことってあって?」
「私が行ければいいのですが……私がここを離れると行政が滞ってしまいます」
ベルダはちらっとアルコンの方に視線を向けながら言った。アルコンは涼しい顔である。
「ベルダ様は王子様でいらっしゃるもの、戦いになど……」
リリアは、両の手を拳にして、どこに怒りをぶつけていいのか、震えている。
「リリア、ねえ、ここは王様達にお任せして私達は、下がりましょう?」
ルナがリリアの腕を取った。
「いいえ、いいえ、そんなことできないわ。わたくし、ファルサリオ様を助けに行く!」
周りが一瞬凍りついた。そして皆の視線がなぜか王に集まった。なんとかしてくれという視線だ。
「リリア姫、いくらなんでもそれはなるまい。そなたは、隣国の姫様ですぞ」
「わたくし、妖精の国で王子を助けましたわ、ね、ルナ、セレク?」
「あ、いや、それはしかし……」
セレクもしどろもどろである。
「わたくし達、三人いればファルサリオ王子を助け出せますわ。お飾りの近衛兵なんて何の役にも立たない者などの手を借りる必要もないわ」
両手を腰に当てて、リリアが宣言する。
「わたくし達が、ファルサリオ王子を助けに行きます!!」
「リリア……」
「姫様……」
リリアの後ろで脱力するルナとセレクであった。
「リリア姫、砂漠地帯はとても危険です。延々とそんな砂漠が続いているんですよ」
「どんなところだって、平気でしてよ。これでも冒険には慣れていますもの」
リリアにとっては、たった一回、二回が一生分のような感覚である。誇張しているのでもなく、本当に本人がそう思い込んでいるところが凄いところでもある。
「しかしですね、リリア姫様。隣国からお預かりしている大切な姫様ですから、そのようなことは、こちらとしましても……」
「うるさいわね、いいから仕立屋をすぐに呼んで頂戴」
アルコンに最後まで言わせず、リリアは捲し立てる。
「旅に必要なドレスを仕立てるから、早く!」
ルナもセレクも言葉を挟む余地がなかった。
それから王宮は大騒ぎとなった。第二王子が砂漠の民に捕らわれていることが明るみになり、しかも隣国から来た姫様達がファルサリオを救いに砂漠に出ると言う。前代未聞の大騒ぎである。
「困ったことになったのお」
「リリア姫になにかあったら、隣国に示しがつきませんわね」
「砂漠の民も困ったことをしてくれた。なにも彼を捕えなくてもいいものを」
「本当に、困りましたわね。こんなことになるなんて」
「大丈夫です、王様、王妃様。砂漠を見たこともない姫様だからあのようなことが言えるのです。いざ、砂漠を前にしたら、そこに踏み出す勇気などありますまい」
アルコンは不敵な笑いを浮かべた。
一方、ベルダは行くと言い出したリリアの説得にかかっていた。
「リリア姫、無理を言わないでください。砂漠がどんなところか御存じないからそのようなことが言えるのです。本当に恐ろしいところなんですよ。リリア姫様になにかあったら、私は……」
「ベルダ様、心配はいらなくってよ。わたくし達、冒険には慣れていますの」
「ですが、砂漠となると」
「いいえ、どんなところでも大丈夫ですわ。ベルダ様はご心配されずに行政のほうをなさっていてくださいませ」
「しかし……」
「ベルダ殿、姫様が行くと言い出したら、何を言っても無駄ですよ」
これまでに幾度となく振り回されてきたセレクだ。もうリリアが行くと言い出してからは、止める気もなくなっていた。
「ルナ、旅のドレスのデザインをして。すぐよ! ベルダ様、仕立屋は頼んでいただけまして? セレクはまたその格好のままで行きますの?」
旅に出るとなったら、話は早いもので、すぐにルナがデザインしたミニのドレスが仕立屋によって作られ、三日後には、出立の準備が整った。
「リリア姫、くれぐれも無理はしませんように」
見送りに出たベルダが馬上のリリアを見つめた。
「ベルダ様、大丈夫ですわ。必ずファルサリオ王子を助けて帰ってきます」
リリアは、薄茶のドレスに身を包み笑顔を返す。こんな色は嫌だと言ったけれど、砂漠に紛れての行軍なのだからとルナに言われて、それでもフリフリのスカートがなんともかわいらしい。その後ろに着いたルナはリリアよりずっとシンプルなものを着ている。セレクはいつも通りの格好だった。その三人の後ろに三人の従者がつけられた。ベルダがなんとか近衛兵の中から精鋭を募って選んだ三人である。その三人をつけるのがやっとであったベルダは、不甲斐ない自分を責めていた。
「近衛兵の隊長グラニサールと副隊長アギラ、兵卒のクレセールです。この三人はそれなりに役に立つと思います。こんなことだけしかできない私は、なんと情けないのでしょう」
「充分ですよ、ベルダ殿」
「わたくし、ベルダ様を救いたいのです。困っていらっしゃるベルダ様のお顔など見たくありませんわ」
「リリア姫……」
「ですから、そんなお顔をなさらないで、お願いですから」
リリアは、涙を浮かべてそう言った。ルナとセレクは、リリアがもしかしたら、まだ会えぬファルサリオよりベルダに思いを寄せてしまっているのではないかとリリアの姿に危惧せざるを得なかった。




