no.4
三人は、夕方になって、リリア到着の祝宴の席についていた。穏やかな王と王妃、そして豊かに輝く金の髪に鮮やかなブルーの瞳の第一王子ベルダ、出迎えに出てくれた宰相アルコンなど他に主だった貴族が席に着いていた。しかし肝心の第二王子ファルサリオの姿がない。
「申し訳ないが、事情があってファルサリオは同席できない。後ほど説明させていただきます。まずは祝宴を楽しんでください」
主役の一人であるはずのファルサリオ不在のまま、祝宴は開かれた。始まってしまえば、リリアはもうファルサリオのことなどすっかり忘れている。着飾った貴婦人達がリリアを美しいと褒めたたえ、有頂天である。そんな横でルナは、やはりなにかあるのではないかと一度消えた不安がまた顔を出していた。
「ルナ、どうしました?」
「なんでもないわ、セレク。とにかく祝宴を楽しみましょう」
ルナは無理やり笑顔を作ってセレクに答えた。セレクは不振に思ったけれど、宴卓の料理から視線を外せない。さすが豊かな町で宴卓には世界中から集められた食材を使って作られた料理が並ぶ。セレクは、その美味な料理に気を取られてしまった。
リリアは、ベルダ王子を相手に今までの冒険話までしている。セレクは食べるのに夢中である。ルナは、不安な心を気付かれまいと、笑顔を振りまいた。夜更けまで祝宴は続いた。
やっと客間に戻れたのは、もう日付が変わったころである。
「ベルダ様は、とても楽しい方ですわよ」
まだ盛り上がった気持ちも冷めやらぬといった調子でリリアがドレスの裾を翻しながら言った。
「料理もなかなかでしたね。さすがはフステイシアです」
セレクは、ソファに腰を降ろすと、お腹一杯だと言ったようにふぅと短く息を吐いた。
ひとりルナだけが黙り込んでいる。
「ルナ、疲れましたか?」
「ちょっと……先に休ませてもらいますね」
そう言ってルナは客間を出て、与えられた寝室に入った。疲れてはいたけれど、寝台に入ってから、ルースに問いかけた。
「ルース、まだ起きている?」
『起きているよ、ルナ。そちらはどうだい?』
無事にファリアに到着して、祝宴も開かれたことを伝えた。
「でもファルサリオ様は同席されなかったのよ」
『なぜだろう?』
「わからない。あとで王様から説明があるってことだったけど」
『なにかその辺に事情がありそうだね』
「うん」
『でも今は心配しないでお休み。もう随分遅い時間だから、疲れたろう?』
「うん」
『お休み、ルナ』
「おやすみなさい、ルース」
心でのやり取りだけれど、それでもルースと話ができるのは、ルナにとって心強くもあった。ルースと話をしてほっとしたのか、そのまま眠りに着いてしまったルナだった。
「ルナ、ルナ!」
誰かの呼ぶ声で目を覚ましたのは、もう日が随分上がったころだった。
「ルナったら、一番先に寝ておきながら、いつまでも寝ているんだから、もういい加減起きなさい」
両手を腰に当てて、リリアが見下ろしていた。
「ルナ、そろそろお昼ですよ」
笑いながらセレクも顔を覗きこんでくる。
ルナは慌てて、飛び起きた。
「王様からね、馬車で町を回るように言われたの。町の人たちにご挨拶よ。さぁ、早く支度をして」
リリアがそう言うと控えていた召使たちが手伝って、ルナは着替えをすませた。軽い昼食を取った後、宮殿の前に用意された花が一杯に飾られた馬車に乗る。昨日の出迎えの馬車と違って、屋根のない馬車である。御者の後ろにセレクとルナが乗り、向かいにリリアが乗る。精いっぱい着飾ったリリアは、満面の笑みである。
馬車は、町を一通り、ゆっくりとまわる。沿道の人々は
「隣国の姫様」
「リリア姫様」
「お綺麗ですわね」
リリアは人々の声に手を振って応えた。国をあげて、リリアを歓迎していることは、わかる。けれど、ルナの不安は増していった。これだけの歓迎ぶりなのに、肝心のファルサリオが不在とはどういうことなのだろう。既にリリアが来ることが分かっていての歓迎である。なのにそれにファルサリオが顔を出さないとは……。
「ルナ、大丈夫ですか?」
心の中の不安が顔に出てしまったのだろう。隣に座ったセレクが訊ねた。
「えっ、大丈夫よ。昨日の疲れがまだ抜けていないだけよ」
セレクには、この不安を伝えるべきなのか、でもまだ何もわかっていないのだからとも思う。
歓喜の渦の中をめぐってきたリリアは、頬を紅潮させて、王宮に戻ってきた。
「皆、優しい人たちばかりね。この国がとっても気に入ったわ」
「それはなによりですね、姫様」
客間で一休みした後、三人は謁見の間に通された。
大きなテーブルを挟んで、向かいには王と王妃、第一皇子のベルダに宰相アルコンが座っていた。
「まずは国のことを話さねばなるまいな」
王がそう言って、フステイシアの現状を話した。
フステイシアは、国の半分以上を砂漠が占めている。海に面した王都ファリアは、砂漠と東に聳える山岳地帯から採れる鉱石と油を産業の主として、外国との交流が盛んで、民も豊かに暮らしている。それがオアシスの民。それに対し、砂漠で暮らす人々はその日に食べる物の心配をしなければならないほど、貧しい暮らしをしていると言う。それが砂漠の民。
「ここは豊かに見えるが、一つ山を越えれば、貧しい者たちがいくらでもいる」
王は、その顔に陰りを見せた。王妃と宰相の視線が動く。ベルダはまっすぐにリリアを見つめていた。しばらく沈黙が下りる。しびれを切らしたベルダが口を開いた。
「父上、ファルサリオの話を……」
「ああ、わかっている」
そう答えながらも、王はなかなか言葉を続けない。また沈黙があって、ベルダは、
「もういいです。私から話します。リリア姫、セレク、ルナ、いらしてください」
そう言って席を立ち、王宮の東の一室に通された。
「ファルサリオの部屋です」
ベッドが置かれ、調度品も揃えられ、けれど、人の気配はしない。壁に大きな肖像画がかけられていた。
「これがファルサリオです」
黒い長い髪に茶色の瞳、どこか中性的な美しさを醸し出している。
「まぁ、なんて美しいの」
リリアはその肖像画を見て言った。セレクとルナもリリアと違った意味で肖像画に引きつけられた。なんだろう、この違和感は?とセレクは思う。ルナはぞくっと背中に来るものを感じていた。しかし、ベルダが話を続けたので、気がそちらに向いてしまった。
「私は母に似ましたが、ファルサリオは父に似ているので、兄弟でも随分違います」
ベルダは豊かな金色の髪でブルーの瞳をしている。肖像画とは対照的であった。
「ファルサリオは、体が弱く、生まれた時から南の療養地エリセオの城で暮らしているので、国民はおろか、私でさえ会ったことがないのです」
「まぁ、そんなぁ」
「随分前から体も丈夫になっているのですが、エリセオを気に入って、こちらには戻りたくないと我儘を言っていましてね。ですが、今回、リリア姫との話があって、初めてこちらで第二王子のお披露目もあるはずだったんですが……」
ベルダは、沈痛な面持ちで、壁にかかる肖像画を見つめた。
「何かあったのですか?」
セレクが話の先を促した。
「エリセオからこちらに向かう途中で、砂漠の民に捕えられてしまったんです。従者がそれを知らせてきたのが、姫様が到着する二日前のことです」
「なんてこと!」
「それでファルサリオ殿は今どこに?」
「多分、砂漠の民の町ペカールの砦だと思います。ぺカールはその昔、罪を犯した者が送られる牢獄だったんですよ。しかしいつの間にか、砂漠の民が住み着いて……恐ろしいところなのに」
「そこは遠いの?」
「はい?」
リリアの問いにベルダは戸惑った。
「そこはここから遠いのですか、ベルダ様」
「は、はい。砂漠地帯のほぼ中央に位置していますから」
「そう……」
リリアは、また壁にかかる肖像画に視線を移した。




