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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第三章
42/68

no.3

 翌朝には、旅支度も整い、ルナは、王と王妃に挨拶も済ませた。

「入江まで見送りに行こう」

 ルースがそう言って、リリア、セレク、ルナと共に入江まで来てくれた。

「ルナ、くれぐれも無理はするな」

「わかっているわ。毎日あなたに話かけるから……」

「ああ。何かあったら、隠さずに言うんだよ」

「うん」

 二人がそんな会話をしていると、リリアは

「ルナばっかり……」

「姫様も今回のお話がうまくいけば、素敵な婚約者ができますよ。さぁ、先に船に乗っていましょう」

 セレクに促されて、リリアは船に乗った。

「気をつけて行っておいで、ルナ」

「うん。セレクもいるし、大丈夫だと思うわ」

「ああ。何事もないことを祈るよ。帰ってきたら、のんびりまた二人で静かに暮らせる。待っているよ、ルナ」

「うん。行ってきます」

 二人はひとしきり抱き合ってから、ルナは名残惜しそうに船へと向かった。

「ルナ、大丈夫ですか?」 

 ただ別れるのが寂しいというだけではなさそうだとセレクも不審に思った。

「大丈夫よ、セレク。あなたも一緒なんですもの」

「そうですが、なにかあるのでは?」

「いいえ、なにもないわよ」

 ルナは作り笑顔でセレクに答える。セレクもルナがなにかしら不安を抱えているのに気付きつつも、それ以上は聞くことができなかった。

 船は、ゆっくりと入江を離れていった。

「ほら、ルナ。ルースに手を振らなくちゃ」

 船から島を見下ろしていたリリアが振り返って言った。ルナは、それに応えて、リリアに近づき、桟橋に残るルースを見つめた。右手をわずかにあげて、振る。ルース、無事に帰ってくるから……心配そうな瞳で見つめるルースに心からルナが言うと……待っているから……とルースの言葉が心に伝わってきた。

 時化もなく、フステイシアまでは、のんびりした船旅だった。

「ねぇ、ルナ、気になっていたのだけど」

「なあに?」

「あなたたちって、人間と同じに赤ちゃんを産むのよね?」

「そうよ」

「生態学から言うと、人間と同じってことですね」

 セレクも話に加わった。

「同じなのよ。遠い昔、妖精と人間が交わって、私達種族が生まれたの。私達種族はだから生態学的には人間と同じで、妖精の力も持っているのよ」

「じゃあ、じゃあ、人間と同じことして、赤ちゃんができるの?」

「姫様、それが聞きたかったんですか?」

「だって、気になるんだもの。セレクは気にならないの?」

「いや、その、少しは……」

 セレクは人差し指で頬をポリポリとやりながら、視線を泳がせた。

「そうね、同じよ、リリア」

「きゃあ、そうなの。同じなのね」

 何が嬉しいのかわからないが、リリアははしゃぎまくっていた。

「人間の血が濃くなってしまう懸念から、ある時期に人間との交流を避けるようになったのよ。人間の知恵や感情、いろんなものを受け継いで、尚且つ、妖精の力も受け継いだ。私達種族が王族や貴族のほとんどを占めているわ」

「そうでしたか」

 セレクも感心したように頷く。

「改めて考えたことはなかったんですが、魔法使いも人間と同じですね」

「えっ、そうなの?」

 リリアが驚いて言った。

「同じですよ、姫様」

「じゃ、なに? セレクが誰かと結婚したら、セレクはお母様になるの?」

「そ、そういうことになりますね」

「や、やだぁ、なんか変、きゃはははっ」

「なんで私だけが変なんですか」

 セレクは、プイッとそっぽを向いてしまった。

「だってね、セレクがお母様なんて、なんか想像できない、ねえ、ルナ?」

「え、まあ、でもセレクも女性ですから」

 ルナは苦笑いしつつ、答えた。

 そんななにげない話題で盛り上がりつつ、船旅は七日間続いた。

 船員が、フステイシアの王都ファリアが見えてきたことを告げると、三人は甲板に出た。

 静かで穏やかな海の向こうに、白亜でできた町が見える。青い海に青い空の間に美しく整然と統一された白亜。沢山の船が折り重なるようにして停泊している港から高台に立つ王宮へとそれは続いていた。

 港に船が入ると、既に馬車が五台、用意されていた。絢爛豪華な一台に三人が乗ると荷物は後から来るということで、先に王宮へと走り出した。白亜に統一された町に行きかう人々、その豊かさが見て窺えた。着飾った貴婦人や貴公子を目で追っては、服がどうのとか、髪型がどうのとか、リリアは大はしゃぎである。

「豊かな国なのでしょうね」

「豊かな町と言った方がいいでしょうね。フステイシアは国土が広いですからね」

 ルナは返されたセレクの言葉に少々、戸惑った。国全体が豊かなのではないということか……。

 リリアは、そんな二人の会話など耳には入らない。今通り過ぎたお店に素敵なドレスが置いてあったとか、そんなことばかりである。

 王宮の門をくぐると、三人は言葉なくため息を漏らした。白亜を基調に金の細工が施された豪奢な建物は、燦々と降り注ぐ太陽の光にキラキラと輝き、言葉にならないほどの美しさだった。大騒ぎをしていたリリアでさえ、言葉を失っている。

「ようこそ、フステイシアへ」

 そう言って出迎えてくれたのは、なにかを含んだ眼差しで、三人が馬車から下りるのを見ている金色の髪を肩で切りそろえた宰相アルコンであった。

「お三方には、客間をご用意させていただきました。王に謁見される前に旅の疲れを癒してください」

 アルコンの後ろに控えていた召使たちが三人を宮殿の客間へと案内した。そして一息、お茶をふるまわれている間に荷物が届き、それぞれ湯あみをした。着替えをしてまた客間に戻った三人は

「なんだかのんびりした国なんですのね」

「でも旅の汚れも落とせたし、いいんじゃないですか。リリアもお召し変えできてよかったんじゃない?」

「こういうお国柄なのでしょう。姫様のように落ち着きないとこのくらいがちょうどいいですよ」

「まぁ、ひどい、セレクったら」

 などと、また出されたお茶を呑気にバルコニーで飲んでいた。

「眺めも素敵ね。海まで真っ白よ」

「青い海と空に挟まれて、本当に白が際立ちますね」

「美しい町……」

 リリアは、その美しさに感嘆のため息を漏らした。ルナは、この町や王宮での対応を考えて、もしかしたら、来る前に感じた暗雲は気のせいではなかったのかと思えるほど、気持ちが穏やかになっていた。なにやら張りつめていたルナが穏やかな頬笑みを見せたことでセレクもまたほっとしたのだった。

 そよりと海から上がってくる潮風が気持ちのいい午後だった。

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