no.1
王宮では、静かな時が流れていた。ニンファ島から帰ったリリア姫は、退屈な毎日に嫌気がさしていた。
「つまらないわ。なにかないかしら、ねぇ、セレク」
いつものごとくセレクの研究室に入り浸って、毎日のようにそんなことを言う。
「何事もないことにこしたことはありませんよ、姫様」
不思議な紫色の液体が入ったフラスコを振りながら、セレクが答えた。
「だって、新しいしつけ兼教育係は、怖いおばさんで話も聞いてくれないし」
「虹色のインコはどうしました?」
「大方、歌を覚えさせたから、あとは教えるものもないし」
「ルナとのやり取りがあるでしょう」
「それだって、あの鳥を飛ばして、数日は待たなくちゃならないじゃない」
「鳥が帰ってきたら、またすぐに飛ばしているんでしょう?」
「ええ、ルナと話すくらいしかないんですもの」
「それでは、ルナの方の鳥を飛ばす暇がありませんね」
セレクは苦笑した。
まだニンファ島から帰ってひと月である。研究に没頭したいセレクは、毎日のようにリリアに邪魔されて、遅々として進まない研究に困り果てていた。
それから数日後のこと、王から謁見の間に二人は呼ばれた。普段、謁見の間などには入ったりしない。王が貴族達に会うための部屋であり、リリアやセレクはわざわざその部屋に入ることなく王に会うことができるのだから。
リリアとセレクが謁見の間に入ると、主だった貴族が既に集まっていて、王と王妃も待っていた。二人は用意された席に着いた。
「みなに集まってもらったのは、大事な報告があってのことだ」
「お父様、わたくしまでなんですの?」
「まぁ、聞きなさい。リリアもそろそろ年頃でもあるしな……」
歯切れの悪い王の言葉を引き継いで王妃が言った。
「あなたにそろそろ婚約者を決めようかと思って。実は何人か候補はあったのだけれど、隣国フステイシアの第二王子ファルサリオがいいのじゃないかしらということになったの」
「まぁ、そんな勝手にお父様、お母様、決めたりしないでほしいわ」
「もちろん、まだ決まったことじゃない。お前が会って、よければの話だ」
王が渋い顔をしながら答えた。
「話によると、素敵な方らしいわ。リリア、会いに行っていらっしゃい」
「隣国にお出掛けするのね?」
「そうだ、行ってお前が会ってきなさい」
「やったわ、セレク。お出掛けよ」
「いや、姫様、そちらを喜ぶのではなく、第二王子と会うということをよく考えてください」
退屈で仕方なかったリリアは出掛けられるというだけで、大喜びである。セレクは、溜め息をついた。
「リリアだけでは、心配だから、セレクも一緒に行って、第二王子を見てきてほしい。リリアに相応しいかどうか、そなたの目で確かめてもらいたい」
「わかりました。王様」
「とにかく、リリアには隣国に行ってもらう。リリアが気に入れば、婚約が成立することになる。これまで以上に隣国との関わりが深いものとなるだろう。みなもリリアと第二王子との話がうまくいくよう願ってもらいたい」
と王は、言葉では言うものの、正直なところ、まだまだリリアを手放したくないと思っているのだった。
それから間もなく、隣国フステイシアへ向けての出立の準備がなされた。リリアは、どのドレスを持って行くだの、アクセサリーはこれだ、あれだと荷物は増える。それに付き合わされたセレクは、できるだけ荷物を減らすべく、努力するのだった。
出立の準備が整った頃、ルナに放っていた鳥が戻ってきた。リリアはその首にかかる宝玉を手にルナの声を聞く。
「素敵なお話ですね。リリアがその王子様を気に入れば、婚約成立でしょう。リリアが気にいるような王子様であることを心から祈っているわ。私は、ルースと共に静かな時を過ごしています」
それを聞いたリリアは、我儘を言い出した。
「ルナも一緒に行ってくれなくちゃ、わたくし、行きたくない!」
王は頭を抱える。王妃は
「そんな我儘ばかり、リリアももう子供ではないのだから」
でもそんな王妃の言葉もリリアの耳には入らない。
「ぜったいに嫌! セレクも一緒なんだから、ルナも一緒じゃなきゃ、嫌!」
言い出したら、誰がなんと言おうと聞きはしない。
出立を明日に控えて、こんな我儘を言いだされては、出立自体が危うくなる。セレクは、なんとかリリアを予定までにフステイシアに連れて行かなくてはならない。
「姫様、では、フステイシアに行く途中でニンファ島に寄りましょう。そこでルナに会えますから」
隣国フステイシアとの国境は砂漠地帯で、フステイシアの王都ファリアへは、イスラの港から航路をとる。ニンファ島に行った時もやはりイスラを通った。ニンファ島に寄るくらいの余裕はある。
「ルナに会えるのね」
はっと顔を輝かせてリリアが言った。
「そうですよ。ですから我儘は言わずに、フステイシアに行ってください」
「嬉しいわ、ルナに会えるなんて。わたくし、ルナを誘って行きたいわ」
「ルナはやっと島に平和が戻って幸せにしているんですよ」
「平和が戻ったんですもの、いいんじゃなくって?」
「いや、だから……」
「ルナに会うの。誘うのよ」
セレクがなんと言おうと聞く耳持たずである。
「セレク、とにかくリリアを無事にフステイシアに連れて行ってくれ。頼む」
王は、お手上げで、セレクに押し付けてしまった。
これ以上、我儘を言われても、こればかりはルナに会ってみなければどうすることもできない。
「姫様、ルナにも事情がありますから、無理強いはだめですよ。姫様もそのくらいのことはわかっていらっしゃいますよね?」
「わかっているわよ。でもルナなら絶対に一緒に行ってくれるわ」
セレクは溜め息を漏らすのみだった。
「とにかく明日には出立ですから、もう我儘言わないでくださいね。姫様」
「ルナに会えるんですもの、ほかにもうないわ、心配しないで、セレク」
心配だらけで、セレクは出立前から胃が痛い思いだった。
それでもなんとか翌日には王宮を出立した。リリアとセレク、馬車3台の荷物を持って。
退屈な日々から解放されたリリアは、満面の笑みで馬車に揺られていた。
「ねえ、セレク。ルナは驚くでしょうね」
「そりゃ、突然行くんですから」
出立の前に鳥を飛ばして知らせるように言ったのに、リリアはルナを驚かせたいと言って、鳥を飛ばさなかった。当然、ルナはリリア達が来ることなど知らない。セレクは、やっと平和を取り戻して落ち着いた生活を送っているルナに、とんでもない災難を持ちこむことになるのではと危惧していた。リリアは自分が中心で世界が回っていると思っている。なにもないところから問題を起こす天才でもある。が、怖いものなしの行動が強みでもあるのは確かだった。
イスラまでゆっくりと五日かけて進み、イスラで一泊して、ニンファ島へと出港した。時化もなく穏やかな海を渡る。
「セレク、ニンファ島が見えてきたわよ、ほらっ」
そう言って、リリアは島影が見え隠れする波間を指差して言った。
「もうすぐですね」
「ええ。楽しみだわ。うふふっ」
セレクはその横で深い溜め息をついていた。




