no.20
翌日は、早駆けをして、お昼過ぎには宮殿に到着した。
オルベとガイが慌てて出迎える。
「御無事でなによりです」
ガイが言うと
「おかえりなさいませ」
オルベは涙を浮かべて言った。
「ああ。留守の間、ご苦労だった。何事もなかったか?」
ルースは馬を下りて、宮殿に視線をやり訊ねた。
「はい。メルクリオの襲撃もありませんでしたし、みな静かにルース様方のお帰りをお待ちしておりました」
ガイが笑顔で答える。
「とりあえず父上に会いに行こう」
ルースはそう言ってルナを馬から下ろした。
「王様はきっととても心配して待っているわね」
「早く安心させてやろう」
「はい」
「じゃ、わたくしたちも」
とリリアが言うと、オルベがそれを止めた。
「リリア姫様達が御一緒したことは、王様は御存じありません。申し訳ありませんが。御寝所には入られませんように」
「またわたくしはダメですの?」
「御寝所の入口の外でお待ちいただけますか?」
「わかりました」
セレクが言って、リリアと共にルース達の後に続いた。
ルースとルナが王の寝所に入ると、王は寝台に横になっていたが、二人の顔を見た途端、王は上体を起こした。
「二人ともよく無事で帰った。ルナ、近くに来て顔を見せておくれ」
「王様……」
ルナは、王の寝台に走り寄った。父親のいなかったルナにとって、ここにいる妖精王は父親同然だったのだ。大きく優しい父親。
「すべて上手くいきました。色々ありましたが、これでもう島に平和が戻ります。父上、これを一滴口に含んでください」
ルースはヘスティオンから貰った薬を王に差し出した。王は言われた通り、一滴、たらりと口に入れる。
「これは何とも言えない……体の奥から力が湧いてくるような感じだな」
ルースとルナの後ろに控えていたガイやオルベにもわかるくらい、王の顔色が変わる。くすんでいた肌色に赤みが差してくる。ぼんやりしていた瞳がはっきりとルースとルナをとらえているのがわかった。
「母上もこの薬で目覚めるとのことです。早速、母上にも……」
「わしも行こう」
王は、寝台から足を下ろすと立とうとしてふらついた。
「王様!」
ガイが寝台に駆け寄り、王の体を支え、寝台に座らせた。
「いくらなんでも無理です。今までずっと臥せっていらしたのに」
オルベも近づいて言った。
「いや、僕も手を貸そう。ガイ、そちらを頼む」
「はい」
ルースは持っていた薬瓶をルナに渡すと、ガイが王の右側にいるので、自分は左側に回って王を立たせる。
その様子をこっそりカーテンの隙間から覗いていたリリアが
「わたくしたちも頑張りましたのにね」
とぼそりと言った。
「姫様、これは内密ですから」
セレクに言われて、ふくれっ面のリリアである。
「さあ、行きましょう、父上」
「悪いな」
二人の肩を借りて王は、王妃の眠る部屋へとやってきた。天蓋付きのベッドの置かれた、本来は来客用の寝室である。侍女が二人、ベッドの傍についていた。
「ご苦労だったね。もう大丈夫だ」
ルースがそう言ったのが聞こえたのか聞こえないのか、二人の侍女は、妖精王が歩いているのに目を丸くして驚いている。オルベが慌てて椅子を用意して、それに妖精王は腰掛けた。
「王妃よ、辛い思いをさせてすまぬ。ルナ、君の手でその薬を王妃に」
ルナにとって、妖精王が父同然であったように、王妃は母のような存在だった。深い慈愛に満ちた母親。
「王妃様……」
ルナは手にした薬瓶を王妃の口に近付け、そっと三滴、口に入れた。
精気の抜けた真っ白な頬にうっすらと赤みが差してくる。皆が見守る前で、寝台に横になった王妃の様子が徐々に変わっていく。しばらくすると、瞼がぴくぴくと動いた。
「おおー、王妃よ、目覚めてくれ」
寝台の横に座った王が言った。
「……う、うーん……」
王妃の口から声が漏れた。
「ルース、王妃様が」
「ああ、気付いたようだな」
そっと瞼が開かれる。ブルーの瞳が潤んでいた。
「……ここは……」
「宮殿ですよ、母上!」
「……宮殿……」
「そうだ、ルナが助け出してくれたのだよ」
「……ルナ……ルース……あなた……」
「みな、元気です。島に平和が戻ったんですよ、母上。すべてルナのお陰です」
「ルナ……」
王妃はルナの方に手を差し出した。
「王妃様っ!」
ルナは王妃の腕の中に飛び込んで泣いた。
そして王とルースとも抱擁した後
「絶望の淵を彷徨っていたのに、奇跡のようだわ」
王妃はゆっくりと言葉をかみしめるかのように言った。
「すべてルナのお陰だ。私達は素晴らしいプリンセサを持って、幸せだな」
「ええ、ほんとうに」
そのあと、人払いをして、ルースとルナは今までのことを王と王妃に要約して話した。
「父上、疲れたのではありませんか。寝所に戻って休まれたほうがいいですよ」
「いや、もう少しここにいよう。それよりルースとルナのほうが疲れているだろう。夕食にみなを呼ぼう。安心させてやらねばな。それまで少し休みなさい」
「わかりました、父上。では、僕達は下がります。無理をされないでくださいね」
「わかっている。大丈夫だ」
ルースとルナが部屋を出るとそこにはふくれっ面のリリアと困った顔をしたセレクが立っていた。
「わたくしもがんばったわよね?」
「リリア達が一緒に行ったのは王様には内緒だから、ごめんなさい。でも助かったわ、リリア、セレク、ありがとう」
「よくってよ、あなたがそう言ってくれるだけで。わたくしはルナを助けに来たんですもの」
リリアはころっと態度を変えて、セレクに
「ねっ、セレク」
と笑って見せた。
「そうですね、姫様。島に平和も戻りましたし、なによりです」
セレクは苦笑いして言った。
「王様がね、疲れただろうから休みなさいって。リリア達も旅の疲れを癒して頂戴。また夕食で会いましょう」
「そうね、ちょっとさっぱりしたいわ」
「ルナ様、では、幼命宮の方へ」
オルベがリリアの後ろから出てきて言った。ガイも出てきて
「ルース殿も部屋へ」
と言う。
「あなたたちは、リリア姫様たちをお部屋に。湯あみをしていただいて」
オルベが他の侍女たちに支持を出す。
「では、またお夕食でね、ルナ。楽しみにしているわ」
「ええ、リリアたちも少し休んでね」
ルナはオルベに連れられて幼命宮へと向かった。何人もの妖精と出会う。
「プリンセサ・ルナ、お帰りなさい」
「お帰りなさい」
「ただいま」
ルナは心から微笑んだ。
「皆、待っていたんですよ。きっとルナ様とルース様がなんとかしてくれると信じて」
「戦いにならなくて、本当によかったわ」
「本当に。さあ、湯あみのご用意をいたしますから、寝室でお待ちください」
そう言ってオルベは幼命宮に入るとすぐにパタパタと食堂の方に入って行って
「さあ、聖華の花を沢山積んで来て頂戴」
そんな声が聞こえた。
ルナは、ゆっくりと階段を登る。寝室に入り、バルコニーに出て、外を眺めた。もう心配することはない。心にわだかまりもない。父上にも母上にも会えた。私は私。ルースと共にこの島の平和を守っていく。久しぶりに晴れた空には、雲ひとつなかった。
その頃、ルースは
「ガイ、何も言わず留守を頼んで悪かったな」
「いいえ、ルース様のこと、戦いをなんとかして避けたいと思っておられたのはわかっていましたから」
「戦いにならならくて本当に良かった」
「はい」
二人は笑顔を交わした。
そしてリリア達は、一悶着やっていた。
「ねえ。セレク、お夕食にはどのドレスがいいかしら?」
「どれでもいいんじゃないですか」
「そんなこと言わずに見て、ねえ、セレク」
「それより先に湯あみをさせていただきましょう」
「それはもちろんよ。でも、ドレスも決めておきたいの。あっ、この赤のドレスがいいかしら。ねぇ、セレク」
「姫様、もう離してくださいよ。私は湯あみでゆっくりしたい」
セレクは深くため息を漏らすのだった。




