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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第二章
35/68

no.17

 デスグラシア山の南を回り、走り抜ける。北の塔が見えてくる。ルースの小さな影がみるみるうちに近づいた。

 後ろから駆けてくる三人にルースも気付いた。もう塔の門前近くである。

「なにをしている!」

 ルースは馬を下りることなく叫んだ。

 息が切れて言葉にならないルナに変わってセレクが

「止める間もなく……」

 そう答えた。

「ルナ、帰るんだ。君はここに来てはダメだ」

「いやっ!」

 ルナも馬上で叫ぶ。

「セレク殿、ルナを連れて帰ってくれ」

「しかし……」

「私も、行く……ハァ、ハァ……行かなくちゃ、ならない、私が、行かなくちゃ、ならないの」

 ルナは、苦しい息を吐きながら、やっとそれだけ絞り出すように言った。

 ルースが北の塔へ行くと言った時から、なぜかはわからないがルナ自身も行かなければならないと思えたのだった。

「私は行く。ルースがなんと言おうと行く」

 ルナは他の者がなんと言おうとその決意を変えることはないという視線でルースを見た。

 ルナの迫力に毛押されていたリリアが

「では、わたくし達も行きます。ルナが行くのなら、わたくし達もついていきます」

「姫様」

 セレクは深いため息を漏らした。

「北の塔には一度入っています。ここはダメとは言わせなくってよ」

 リリアの理屈は、誰にも変えられない。

 そんなことを言っている後ろのリリアを振りかえることもなく、ルナはじっとルースを見つめ続けた。

「ここにはメルクリオがいる。本当に危険なんだ」

 ルースはルナの視線を避けるように北の塔を見上げた。

「ルース殿、なにかあったら私も力になりますから」

 セレクが言った。

「仕方ない……」

 ルースはやっと承諾した。

「ルナ、何があるかわからない。覚悟してくれ」

「はい」

 門前で馬を下りると、ルースとルナ、そしてリリアとセレクが続く。

 門番は、何も言わず四人を通してくれた。

「メルクリオは気付いているな」

 ルースがその門番の対応に言った。

「そうですね。こんな風に何も言わずに通してくれるとは」

 後ろでセレクが言った。

 建物の入り口には、金の髪をなびかせてヘスティオンが立っていた。

「お久しぶりですね、プリンシペ・ルース」

 仰々しく頭を下げるヘスティオン。

「ご案内いたしましょう」

 そう言って四人をメルクリオが待つ玉座の間へと案内した。

「待っていたぞ、ルース、ルナ」

 玉座にフードをすっぽり被ったメルクリオが座っていた。その横にヘスティオンが控えている。

「ルナが帰ってきたことも、お前達が何をしていたかも知っている」

 全てお見通しだと言うようにメルクリオは言った。

「おまえと二人で話がしたい」

 ルースはそう言いながら一歩、前に出た。

「いいだろう、お前がそう言うのなら」

 メルクリオはフードの下の冷たく光る目をルナに向けながら、怪しげな微笑を浮かべて言った。

「ルース、私も一緒に……」

「ダメだ!」

「わしはどちらでも構わぬぞ」

「います。私もここにいます!」

 ルナは、断固としてそこを動こうとはしなかった。

「今更、隠してもいずれ知れることだ。ルース、お前が知りたかったのは、ルナの出生についてであろう」

 メルクリオの言葉にルナは、彼に向けた視線を動かせずにいた。

 人と同じくして出生する種族にも関わらず、ルナには父も母もいない。あの日、ルナが泉の森に一人で出かけたのは、それが原因だった。

 ルナの出生については誰も口にすることが許されていなかった。もっとも事実を知る者がいなかったとも言えるが。幼い頃は、何度も訊ねたりした。けれどいつも答えは「わからない」だった。そのうち誰に訊ねても同じなのだと諦めもつき、誰にも訊ねることはなくなった。けれど、自分の両親について考えないわけではなかった。ルースには王と王妃という両親がいる。傍にいつもいるオルベにも両親がいる。自分も人と同じくして出生する種族なのに、なぜ両親がいないのか。それはずっとルナの中でくすぶり続けていたのである。

 そしてあの日、ふっと思い立って、置き手紙を残し、泉の森へ入ったのだった。

 その出生の秘密が思わぬところから出てきたのである。

「ルナ、下がっていろ!!」

 ルースの突き放すような声に衝撃を受けつつも、ルナは、今、メルクリオが語ろうとしていることの重大性を感じていた。

「ルース、これは私が聞かなくてはならない話です。引きません」

 ルナも断固として動かない。

「よかろう、本人がそう言っているのだからな」

 ふっと笑いの息を短く吐き、メルクリオは言った。

 ルースは震える拳を膝に叩きつけた。ルースの頭の中に法王の書のいくつかの文面と額縁に入っていたあの顔が蘇る。北の塔に幽閉されていた間、メルクリオはルースの前でそのフードを目深に被り、決して顔を見せようとはしなかったが、一度だけ、その顔を見ることがあった。その顔は、あの額縁の中にあったその顔と同じであったのだ。法王の書の文面、額縁の中の顔、メルクリオの顔、それらがルースの中で一つの線となって繋がり、信じがたい思いで、しかしそれを確かめなければとここに来たのだった。

 ルースの横にルナは立っていた。部屋の隅でリリアとセレクは二人とメルクリオのやり取りを聞いていた。

 メルクリオが玉座から立ちあがる。そして数歩前に出て、目深にかぶったフードをするりと降ろした。流れるようにさらりと現れた肩より少し長い髪は透き通るようなシルバーだった。まさしくルナと同じシルバーの髪。

 ルースは、それから視線を逸らす。ルナは直視したまま、後ずさった。なぜ、私と同じ髪なの?

「ルナ、お前の中に流れる血の半分は、私のものを受け継いでいる。私がお前の父だ。どうだ、父親と対面した気分は」

 メルクリオの玉座の横にまるで存在しないかのように立っていたヘスティオンでさえ、驚きの色を隠せない。

「なんてことなの」

 部屋の隅でリリアの悲鳴めいた声がする。

 ルースは拳を震わせて、視線を下げたままでいる。

 ルナは震える体を抱きしめるように両の腕を自分の体に巻き付けた。それでもなおメルクリオのその輝く髪から視線を外せない。

「愉快だ。ルナ、お前がこの島に帰ってきたことを聞いた時から、こんな時が来るのを待っていた。お前がどんな顔をして私を見るのか。ルースはそんなお前をどう見るのか。私の血を引いたルナがプリンセサだったとは、お笑いだな。ルース、これからどうするつもりだ」

 ルースは視線を下にしたまま、答えない。

「私を殺すか? お前の剣を血で汚すのが嫌なら、私の剣を貸してやるぞ」

 カキーン。

 メルクリオが差し出した剣をルースは自分の剣でなぎ払った。

「お前を、お前を殺したら、ルナが……」

 苦悶の声がルースから漏れた。

「法王の書を全て読んだようだな……はははっ、ははははっ」

 メルクリオは顔を歪めて笑いだした。

「ルース、殺してよ。こんな奴、父親なんかじゃない」

 ルナが絞り出すように言った。

「ルース、ルナが殺せと言っている。さあ、どうする?」

 メルクリオは落とした剣も拾わず、また数歩前に出た。まるで殺せと言っているようである。

 ルースは剣先をメルクリオに向けたまま、後ずさった。横にいるルナに視線を送る。いつの間にか、ルナの全身が銀色の光に包まれていた。ルナ、力が戻ったのか……。

「殺すがいい。私を殺せ、ルース」

 メルクリオが怪しい笑いを含んで言った。

「殺せ、ない」

 ルースが言う。

 あはははっ、ははははっ。

 メルクリオの笑いが室内に響き渡った。

「どうして、ルース。こんな奴……父親なんかじゃない。ルースができないのなら、私がやる!」

 ルナの中の怒りが爆発していた。ルナはルースから貰った短剣を引き抜くと、メルクリオめがけて突き出した。

 しかしそれはルースによって、止められてしまう。

 ルースはその細身の剣を左手でしっかりと握りしめている。ルナが渾身の力を込めて突き出した刃を素手で握りしめているのだ。すぐにルースのその手からは、真っ赤な血が滴り、床にぽたぽたと落ちていく。

 ルナは、ルースのその手を見つめる。体は硬直して動けない。剣が手から離れない。

「な、なぜ? こんな奴を、かばう、の?」

 ルナの震える声にもルースは微動だにしない。

 リリアもセレクも動けずにいた。

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