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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第二章
34/68

no.16

 一夜明けてもルナは目を覚まさなかった。ルースはその間、神殿から持ち出した五冊の本に目を通していた。

「信じられない、こんなことが」

 そうつぶやいた時、ルナが気付いた。

「目が覚めたか、ルナ。体はどうだい?」

「とてもだるいわ、ルース」

「ここの空気は君にはよくなかったのかもしれないな。君もリリア姫達と待たせておくべきだった」

「いいえ、私はここに来たかった。何かに引き寄せられるような気がして」

 重石でも乗せられているのかというようなだるさを感じながらもルナは上体を起こした。

「それは、なに?」

 ルースの横に積み上げられた五冊の本と仮面を見て、ルナは言った。

「法王の仮面だよ」

「法王の?」

「この法王の書を読んだが信じられないことが書かれていたよ」

「どんなことが書かれていたの、教えて」

「この法王の仮面は人格を逆転させるらしい」

「どういうこと?」

「つまり善人を悪人に、悪人を善人にといった具合だよ。悪人になった場合は、あの鉄格子の中で過ごしたんだろう。逆に善人になった場合は、そこに入る必要がなかった」

 ルナはぼんやりする頭を振って、ルースの言葉を聞いた。けれどよくわからない。

 そんなルナの表情を見てとったルースは、読んだ法王の書に書かれたことを話し始めた。

 法王は、元々島の東にある昇陽殿で表舞台に立ち、妖精王と共にこの国を治めていた。血族婚で長子が継ぐことになっていたため、中には法王の器でない者もあった。そういう場合のために秘宝の仮面が作られた。それをつけることによって、人格を変え、法王を務める。体に異常がある者は、短い在位で姿を消す。が、体は丈夫でも精神が邪悪な者も生まれた。そういった場合にその仮面は効力を発揮したと言う。

 そうして代々法王は、存在していたが、ある時、この島の地盤が黒緑石であると気付いた人間が、法王を誑かした。元々皆に慕われているような温厚で誠実な法王は、秘宝の仮面をその顔につけてしまったのだ。悪人と化した法王に困り果てた当時の妖精王が、北のデスグラシア山の北、海に面したその山肌に神殿を作り、そこに人間が欲しがる黒緑石があると法王を引き寄せ、あの鉄格子の中に閉じ込めたのだった。それ以来、妖精の国に人間を寄りつかせないようにしてきたのである。そして法王の存在もそれからは秘密とされ、王のみがそれを知らされることとなった。

 法王は在位千年。その間は、結婚も許されず、ただ一人この北の神殿で孤独と戦うのである。継承は、法王自身のみが決定できるという。法王の仮面には、強欲な悪人の心を惹きつける神秘の力が備わっていた。法王は在位千年を果たすと、法王の前に5人の悪人が引き出される。その中から法王自らが決めた者の手によって仮面は剥がされる。そしてその悪人は仮面を自分につけて、次期法王として千年の時を北の神殿で過ごすことになるのだった。悪人の選定は妖精王自身である。妖精の国で悪事を働く者を捕え、北の塔の牢獄に入れて、法王の任期が終わるのを待たせるのである。法王に選ばれなかった悪人は、次の法王に選ばれるのを待つか、死ぬのを待つかするしかないのであった。こうして妖精の国の悪人は、捕えられていったのである。これが妖精の国を平和に保つ秘密だったのだ。要するに、法王の存在がこの妖精の国の平和を保つ重要な秘密となっていたのである。

 北の塔にはそうした悪人を捕えている牢獄のほかに、守番が置かれ、北の神殿に何者をも寄りつかせないようにするとともに、法王の食事などの世話をする侍女が常時五名ほど置かれていると言う。

 ここまで話してルースは、一息ついた。

「ルナ、疲れたか、少し休みなさい」

 秘密にされてきた法王の存在意味を知らされて、ルナは衝撃を受けていた。また小刻みに震えだし、玉の汗が額にびっしりと浮かんでいた。ルースはまた布を海水に浸して、ルナを横にすると額にそれを乗せた。

「この薬を飲んで少し眠りなさい」

 ルースは、ここに来た時に飲ませたものと同じ薬を出して、ルナに飲ませた。ルナは、すぐに深い眠りへと落ちていった。

 ルースは、法王の書の全てをルナに話してはいない。実は一番新しい法王の書の内容は語るまいと心に決めていた。

 それには、最後に法王になった者の手によって、何より信じがたい大きな秘密が記されていた。

 彼は、法王になった後、それまでの罪に苛まれ、悔い改めるため、ここで孤独と戦わなければならないと初めのころは書かれていた。しかしそのうち、文面には切ない恋心が書かれるようになっていた。法王の世話をする五人の侍女のうちの一人に恋をしてしまったのである。口を聞くことも許されないため、ただ彼女の姿を見ることだけが、彼の支えとなっていった。月日が流れ、いつの間にか彼女の中に彼に対する愛情を見つけると、法王は心を抑えられなくなる。禁を破って法王は彼女に声を掛けた。最初のうちは、彼女はそれに応えようとはしなかった。だが法王は諦めきれなかった。一人ここで孤独と戦いながら、やっと見つけた光が彼女である。彼女が姿を現すと、法王は彼女が応えないとわかっていても、言葉を掛け続けた。彼女の中に生まれていた愛情も膨らんでいったようだった。そしてとうとう二人は結ばれてしまった。法王を務める間は結婚は許されない。法王はここでまた罪を重ねてしまったのである。しかもそれは単なる罪ではおさまらなかった。彼女は姿を消した。再び、姿を現した時には、その両の手の中に赤ん坊を抱いていた。その子は、法王によく似ていた。かわいらしい女の子だった。彼女は、赤ん坊は育てられない。罪を償うために、死を選ばなければならないと言って、また姿を消してしまったのだった。それからしばらく苦悩の日々を法王は過ごしていたらしい。

 法王の手記は、約二年前で止まっていた。

 ルナは三日三晩眠り続けて、やっと目を覚ました。

「ルナ、すまない。やはり君は王宮で待っているべきだったんだ」

 ルースは、最後に書かれた手記といい、神殿の中で見た額縁の中の顔といい、それらを思い出すにつけ、ルナを連れてきたことを後悔していた。

「ルース、でも私はここに来てよかったと思っているの。何かが私を呼んでいるような気がして、それをつきとめたい」

「いや、もうここには用はない。法王もいないし……」

「でもルース、何かが私を……」

「ルナ、それをつきとめてどうする。ここには法王はいなかったじゃないか」

「そうだけど、でも……」

 言葉の出ないルナは、俯いてしまった。

 ルナが答えの出ない問題に今、答えてやることはできないとルースは頑なに思った。

「戻ろう。ルナはリリア姫達と王宮に帰ってくれ。僕は北の塔へ行く」

「どうして? 私も一緒に行く」

「ダメだ!」

 今までに聞いたこともないような激しい語気だった。

「立てるか、ルナ」

「はい」

「では、戻ろう」

 ルナは何も言えず、ルースに従うしかなかった。後ろに見える神殿の入り口に視線を送り、そしてルースに手を引かれて、そこを後にするのだった。

 来た道を戻る。リリアとセレクが待つ山の麓に戻ってきた。

「やっと戻ってきたのね。どれだけ待たせるのよ!」

 リリアは捲し立てる。

「ルナ、どうかしましたか?」

 ルナの異変に気付いたセレクが訊ねた。

「いいえ、なんでもないわ」

 神殿のことや法王のことを話せないルナはもどかしく思った。

「わたくし、何日もここであなた達を待っていましたのよ?」

「姫様、事情があるんですから、落ち着いてください」

「だって、何日も待たされた挙句、なんでもないってなによ!」

「リリア姫、申し訳ないが、ここで一晩休んだら、ルナを連れて宮殿へ戻ってくれないか。ルナは疲れている。休ませたい」

 ルースが静かに言った。

「ルース殿、あなたは?」

「用があって北の塔へ行く」

 セレクに問われてルースが答えた。

 これには、リリアもセレクも驚いた。捕らわれていた北の塔に行くというのか……と。

「しかし危険なのでは……」

「それも承知の上だ。ルナは連れては行けない。頼む」

「わかりました」

 セレクが答えた。

 その夜は、リリアさえ、静かにしていてくれた。四人とも眠れぬ夜を過ごした。

 翌朝早くルースは、リリアとセレクにルナを頼むと言って、北の塔へ向かった。

「ルナ、体調が悪いのですか?」

 セレクが心配顔で言った。青白い顔をして、それでも視線は強くルースの消えたほうを見つめている。

「いいえ、大丈夫よ。セレク、リリアを連れて宮殿へ戻って」

「えっ?」

「私はルースの後を追う」

「しかしルース殿は……」

「私はルースと一緒にいたいの。ここで引き返したら、いけないような気がする」

 セレクに最後まで言わせずルナが立ちあがりながら言った。

「ではわたくしも一緒に行きますわ」

「姫様!」

「ルナが行くのなら、当然わたくしも行きます。セレクがなんと言おうともう引きませんわよ」

 ルナが馬に跨り、なにも言わず走り出す。

 そのあとに続き、リリアとセレクも馬を走らせたのだった。

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