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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第二章
32/68

no.14

 ルース、ルナ、リリア、セレクの四人が宮殿を後にした頃、北の塔では、玉座のようにしつらえられた立派な椅子に、メルクリオがフードを目深にかぶって座っていた。

「トマムにしてやられたな。しかしあいつだけでここまでできるとは思えぬ。妖精王は、病の床……一体誰が」

「お父様、私のルースを取り返して!」

「うるさい。何が私のルースだ。二年もあって何もできんとは」

「そんなこと言うお父様だって、王妃を眠らせることしかできなかったじゃありませんの」

「もういい。役に立たぬお前などいらぬ。人間の国に帰れ!」

「ひどいわ。今になって捨てるおつもり?」

「さっさと出て行け。聞こえなかったのか」

「覚えておくといいわ。そう簡単に心が変わるものじゃないってことを。さよなら」

 マルテは艶やかな金の髪を翻し、メルクリオの元を去って行った。

 元々マルテは、メルクリオが人間の国から連れてきた人間の娘だった。

「メルクリオ様、ルースはどう出てくるでしょう?」

 傍にいたウェーブのかかった金の髪が美しい青年が言った。

「ヘスティオン、楽しみだな。王妃は解毒剤がなければ仮死状態のまま死ぬ。ルースは今頃、頭を抱えていることだろう。今まで王妃のために黙って、二年も大人しくしていたのだからな」

「そうですね。薬に関しては、この島に知る者がいるとは思えませんし……」

 王妃が飲まされている薬は、ヘスティオンが人間の国から持ってきたものであったのだった。

「ああ、お前の働きには感心するな。美しいものの次に頭のいい奴が、俺は好きだ。そこでだ。お前は、今回のこと、誰が首謀者とみる」

「わかりかねます」

「その顔は、そう言ってはおらぬぞ。思っていることを言ってみるがいい」

 一瞬躊躇った後、

「……ルナ様かと……」

 と、ヘスティオンは表情を変えずに言った。

 ルナの名前が出たところで、メルクリオの顔色が変わった。

「あいつが戻っているのか?」

「いえ、はっきりとは。ですが、妖精達が宮殿に集まりつつあると先ほど報告を受けました。宮殿には、王と召使がごくわずかしかいなかったはずです」

「しかしあれは、記憶を完全に消した後、人間の国に放り出して来たはずだ」

「なぜあの時、殺してしまわなかったんです。メルクリオ様らしくなかったように思います」

「余計なことを言うな」

「失礼いたしました」

「とにかく首謀者が誰なのか、早くつきとめろ!」

「はっ!」

 片膝を折って、メルクリオの傍にいたヘスティオンは、流れるような動作で部屋を出て行った。

 その頃、四人は、泉の森の西に広がるエリセオ草原をゆっくりと進んでいた。

「ルース、なぜひと月もとったの?」

「ルナ、ただ行って帰ってくるだけじゃない。何が待っているかわからないんだぞ。それに法王猊下が何に心を痛めておられるのか、それを僕達でなんとかできるのであれば、そうしたい」

 ルースとルナが並んで馬を進める後ろからリリアとセレクが並んでついていく。

「ルース殿、メルクリオは大人しくしているでしょうか」

 後ろからセレクが言った。

「わからないが、ここは賭けるしかない」

「メルクリオが動き出す前にこちらを片付けてしまえばいいんですわよ」

「姫様、そんな簡単に言わないでください」

「リリア、今回のことはそんな簡単にはいかないわ」

 ルナが空を仰ぎ見て言った。空には灰色の雲が垂れこめていた。

 四人は、四日かけてエリセオ草原を駆け抜け、泉の森の北を回り、デスグラシア山の麓に辿り着いた。

「ここで一休みしよう。ここからは馬ではいけない。歩きになる」

 ルースが言って、四人はそこで一晩を過ごした。ここまで夜は火も焚かず、過ごしてきた。火を焚けば、その煙で北の塔に居場所がばれてしまう。今はまだ四人が行動していることに気づかれないほうがいい。幸い、暑くもなく寒くもないこの島の気候に助けられていた。

 翌朝、霧が出ていた。それが晴れるのを待って、四人はデスグラシア山へと入った。デスグラシア山は南から見れば緑に覆われた山であったが、北側に回るとそれは一変して岩山になっていた。満足に木も生えていない。獣道を進むこと三日。北の海が見えてきた。その先には、人が一人通れるくらいの道なのか、その筋を辿るしかない。

「リリア姫、ここは危険です。セレク殿と麓に戻ってはいかがですか?」

 先を行くルースが振り返って言った。

「いいえ、ご心配は御無用ですわ。こういうことには慣れていますのよ」

 たった一度旅をしただけで、リリアは一生旅をしてきたようないい方をする。

「姫様、ここで私達は待つことにしませんか?」

 セレクもリリアを説得にかかった。

「ほとんど道もないし、この岩山を行くのは難しいですよ」

「このくらいのことで根をあげていたら、情けなくってよ、セレク」

「しかし、万が一、足を滑らせでもしたら、海に落ちます」

「わたくしがそんな失敗をすると思っているの?」

「リリア、ここからは本当に危険よ。セレクと待っていて、お願いよ」

 ルナもリリアの説得に加わった。この岩山を回れば神殿がある。どこまで彼女達が一緒に同行できるのか、ルナはルースに視線を移した。

「リリア姫、ここからはルナと二人で行かなければなりません。どうかご理解ください」

 ルースはきっぱりと言った。

「またわたくしはダメなんですの?」

「姫様、私達は同行できるところまでと決めて、ここまで来たのです。ルース殿の言うことを聞いて、私達は麓で待ちましょう」

「申し訳ないが、リリア姫、セレク殿」

「わかっております。お二人が御無事で戻られるのを待っております」

「ルナ、気をつけてね」

 リリアは諦めたのか、ルナの手を取って言った。

「リリア、あなた達も気をつけて。必ず戻ってくるから。セレク、リリアをお願いね」

「ルナ、ルース殿、気をつけて」

 そこでルースとルナ、リリアとセレク達は、別れた。

 切り立った崖に一本の筋のように小道があるように見える。けれどそれは小道と言うにはあまりにも粗末なものだった。なんとか崖に体を寄せつけながら一人が歩ける幅のものだった。

「ルナ、大丈夫か?」

「はい!」

 振り返るのもままならない状態である。そこに海風が吹き付ける。足元を確認しながら、ルースは先へと進んだ。

「ルナ、ここは滑りやすいから、気をつけろ」

「ここは崩れやすそうだ」

 などと、後ろに着いてくるルナに注意を促す。

 ルナも言われたことに注意を払い、ルースに着いていく。なんとこんな状態が三日も続いて、やっと北の海辺に出た。岩がごつごつとした海辺ではあるが、まだ足元が安定しているだけでも安心できた。ところが……。

「ルナ、どうした?」

 見た目にもわかるくらい震えているルナだった。

「ここに着いたら、なんだか……頭も痛い」

 ルースは大きな岩の平らな所にルナを座らせ、荷物の中から薬を出した。

「ルナ、これを飲むんだ」

 ルナは言われるままにそれを飲んだ。

「にがー」

「我慢して。これで少しは治まるはずだから」

 口の苦みが消えてくる頃には、ルナの意識はうっすらと霧に包まれていた。そんなルナの傍らに座ってルースはルナを抱きしめた。

「ルナ、ゆっくりお休み」

 ルースの声が耳元で聞こえたが、ルナにはもう返事をする力も残っていなかった。そして意識は深い無意識の中に取り込まれていった。

 ルースは、眠りに着いたルナを抱いたまま、ごつごつした岩に打ち寄せる波を見つめた。

 ルナの様子が普通でないことにルースは気付いていた。ただ疲れているのではない。気をつけて体を休めてきたし、こんな状態になるはずがない。それにどうもルナは記憶を取り戻したものの、ルナが本来持っている力を取り戻していないように思えた。

 ルナに何があったんだ。

 ルースは、自分の知らないところで、ルナが傷ついているのが堪らなかった。

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