no.11
翌日は、リリアの大声で目を覚ました。
「どうしてわたくしはダメですの?」
「ですから、決まりでございます。こちらの幼命宮に入れるのは、ルース様と私のようなルナ様付きの召使だけでございます」
ルナが目をこすりながら、階段を下りていくと、入口にオルベの姿が見えた。
「どうしたの、オルベ?」
「ルナ様、なんとかしてくださいませ。リリア姫様が」
「あっ、ルナ、起きていたの?」
「あなたの声で目が覚めました、リリア」
「ほら、姫様、ルナは疲れているのですから、もう少ししてからにしましょうと言ったじゃありませんか。起こしてしまってすみません、ルナ」
リリアの陰からセレクの声が聞こえた。
「だって、昨日からずっと会っていないんですもの」
「ですから、昨日は帰ってきて疲れたので休ませてもらったんじゃないですか」
セレクにもどうにもお手上げらしい。
ルナは入口に出ると
「王宮の客間へ行きましょう」
なんでもないことのように言う。幼命宮が自分専用であることは生まれてからずっと暮らしているルナには当り前のことだった。
「あっ、ルナ様、その夜着のままではいけません。着替えてください」
「リリア達だけですもの構わないでしょう」
「ダメです。ここから出られるのでしたら着替えてください。セレク様、リリア姫様をお連れになって王宮の客間でお待ちください。ルナ様はすぐに着替えて参りますから」
「わかりました。さあ、姫様、行きますよ」
まだぶつぶつ文句を言っているリリアだったが、ルナの姿を見て安心したのか、セレクに従って戻って行った。
ルナはオルベに手伝ってもらって、着替える為、寝室に戻っていた。
「こちらに着替えてくださいませ」
オルベが出してきたドレスは、淡いピンクでリボンが胸のところに大きくついていた。
「ねえ、オルベ。そちらの棚のドレスじゃなくて、こちらの棚のほうのものがいいわ、私」
「ですから、そちらはお部屋着でございます。幼命宮からお出になるときは、こちらのドレスを着てください」
「オルベったらアーマより怖いわ」
「昨日、正式に王様からルナ様付きの侍女として頑張るようにと仰せつかりました。アーマは西の森に逃げる際に足を痛めて、生活には支障はありませんが、もう年も年ですし」
「あら、そんなこと言ったらアーマが怒るわよ」
「ルナ様、内緒にしてくださいませね」
「言わないわよ。オルベ、だから、ドレスこちらのにしていい?」
ルナはどうしても譲らないオルベに仕方なく外出用のドレスの中から淡い青のドレスを引っ張り出した。リボンなどの飾りはついていないけれど、腰から下にはフリルが施されていた。
「わかりました。じゃ、そちらに着替えて」
オルベはいつ覚えたのか手慣れた様子でルナの着替えを手伝い、
「では、こちらに座ってください」
そう言って鏡台の椅子を引いた。ルナは言われるままにそこに座る。柔らかい毛のブラシでルナの長い髪をとかすオルベは、うっとりして鏡に映っていた。
「ルナ様の髪、大好きです。綺麗に透き通っている銀色の髪、滑らかな肌触り、小さな頃から憧れでした」
「オルベ……」
「いつもお傍に居させていただいて、ルナ様は私の特別なお方です。そのルナ様がこうしてここにおられると思うと……」
涙ぐんだオルベは、ブラシを鏡台に戻すと、ルナの首に首飾りをつけて。
「はい、出来上がりました。リリア姫様がお待ちでしたね。早く行かれないとまた大騒ぎされてしまいます」
「ふふっ、そうね。リリアには参ってしまうわ」
「同じ姫様なのに全然違いますね、ルナ様とリリア姫様」
「そうね、全然似てないわね」
「私からすると、お二人とも姫様らしからぬように思いますけど」
「あら、失礼ね、オルベったら」
「さあさあ、行ってらっしゃいませ」
オルベに追い立てられるように寝室を出た。そのまままっすぐリリアのところに行こうかと思ったけれど、ルースの部屋を覗いてみた。
「どうしたんだい、ルナ、入っておいで。そんなところから覗いてないで」
昨日のリリアと同じことをしていると、ルースは笑った。
「それにしてもリリア姫は元気だね。朝から大騒ぎなのがここに居てもわかったよ」
「そうなのよ。リリアってすごいでしょ。一晩寝るとそれまでの疲れをすっかり忘れてしまうのよ」
「そのようだね。君とはまた違った意味でおもしろい姫様だ」
「それってどういう意味よ」
「そのままだよ。君もお姫様って感じじゃないだろ。いつもアーマを困らせていた。僕も振り回されていたけどね」
「そんなー」
ぷっくりと頬を膨らませるルナ。
「でもそれがルナだからね、許せるのさ」
ルナは昨日から気になっていたことをルースに聞いてみた。
「ねえ、ルース。王妃様の薬のことは?」
「ああ、見てもらったんだが、すぐにはわかりそうにないんでね。少し持って帰ってもらい、調べてもらうことにしたよ。わかるまではしばらくかかるから。でも今まで通り母上には薬を飲んでもらえば、命に別条はなさそうだということだったから、安心しておいで」
「そう、よかった。早く薬のことがわかればいいのにね」
「大丈夫だよ。彼は、僕もよく知っている薬師だ。昔から色々世話にもなっている。さあ、リリア姫が待っているのだろう、早く行ってやるといい」
「ルースは着替えてどこか行くの?」
身なりを正しているルースを見てルナは言った。
「父上に呼ばれていてね。それにガイ達も戻っているから、話がしたい。ルナは今日はリリア姫とセレク殿とゆっくり過ごしなさい。外に出るのはダメだよ。一人になるのもダメだ」
「わかっているわ」
ルナはふくれっ面を下げて部屋を出た。リリアの待つ客間に行くと
「おそーい!」
リリアの第一声。
「でも、そのドレス素敵ね。わたくしも今日は持ってきたドレスに着替えましたのよ」
フリフリにリボン一杯のピンクのドレスを着たリリアは、立って見せた。
「素敵ですよ、王宮にいた時と同じですね」
「どこにいてもこうじゃなくてはね」
「荷物が一杯で大変でしたけど」
セレクがぼそりと言う。
「セレクは荷物が少ないんだから、ちょうどいいじゃないこと?」
「姫様には参りますね」
ほほほっ。
ふふっ。
ルナは、ルースが王に呼ばれたことやガイと話があると言っていたことが気にかかったが、リリアとセレクと話をしていると、その気がかりな心を少し横に置いて、楽しいひと時を過ごせるのだった。
昼食を挟んで、三人はルナがここでどんな暮らしをしていたのか話した。
「ルナが剣の稽古をしていたなんて、信じられないわ」
「私も最初は、驚いたの。でも記憶が戻ったら、それが当り前のように思えて」
「ルナは姫様とはまた違う意味で面白い姫様なんですね」
セレクは、ルースと同じことを言うとルナは思った。
「でも私、そんなルナが大好きよ。今までみたいにつまらない貴族のお嬢様みたいなところがなくて、本当に楽しく過ごせたもの」
「そうですね。私もリリアには振り回されましたけど、楽しかったですよ」
「振り回したなんて、そんなー」
「その通りだと思いますよ。その結果、冒険の旅までしてしまいましたからね」
「そうよね」
「もう、二人してー」
楽しい時間は早く過ぎる。あっという間に夕方近くなっていた。
「ルナ様、そろそろ幼命宮のほうへお戻りください」
オルベが迎えに来た。
「ねえ。オルベ」
リリアが立って、オルベの前に来て言った。
「わたくしが幼命宮に入れないのでしたら、ルナにこちらの宮殿で寝てもらえばいいんじゃなくって? そしたら、ずっと一緒にいられるわ」
「そういうわけには参りません。ルナ様は幼命宮を御寝所とされるお方です。特別のお方ですから、色々な規則がございます」
「ごめんなさい。リリア、また明日、来るわ」
「ルナったら」
「リリア、私もね、本当はその規則に縛られるのが嫌でいつも侍女に怒られてばかりいたのよ」
ルナは、オルベに聞こえないようにこっそりとリリアとセレクに話した。
「ルナらしいですね」
「でもまだここに戻ったばかりでしょ。少しは大人しくしていなくてはね。これから色々と動かなくちゃならなくなると思うの。その時、動きやすいように、ね」
声を顰めて言った。
「ルナ様、なにこそこそしていらっしゃるんですか? 行きますよ」
「はい、オルベ。では、リリア、セレク、また明日ね」
ルナは、大人しくオルベに従って部屋を出て行った。
「妖精の国は堅苦しいのね」
リリアがつまらないといった顔で言った。
「まあ、そう言わずに。ルナの言った通り、これからメルクリオを倒すのにルナも考えがあるのでしょう。多分、ここでじっとしてなんていられないはずですから」
「それはそうよ。わたくしもメルクリオを倒すためにここに来たんですもの」
「でしたら、その時に動きやすいようにできるだけオルベの言うことを今は聞いておいた方がいいでしょう」
「そういうことなのね、なるほど」
ほくそ笑む二人であった。




