no.10
背中の閉じられたカーテンに視線を送るルナにルースが言った。
「父上に会おう」
後から出てきたトマムが
「ルース様。王妃様のことはまだ王様には報告しておりません」
そう告げた。
「ああ、僕から話すよ」
「王様は、ずっと御病気で臥せっておられるわ」
ルナが小さな声で言った。
「知っている。トマムが何度か密書を届けてくれた」
ルナはルースの腕にしがみついて泣き出した。自分を責めているのである。もし自分が勝手に森に入らなければ、メルクリオに捕まったりはしなかった。全ての始まりがその自分の軽率な行動だったのだと、思わずにはいられなかった。
「ルナ、父上に笑顔を見せてやってくれ。父上は大丈夫だ。母上も必ず助ける。信じてくれ」
ルナは何度も頭を振った。
「どうして叱ってくれないの……私が勝手なことをしたから、こんなことになってしまったのに……叱ってよ、いつものように……叱って……」
泣き崩れるルナにルースは優しく言った。
「ルナは、母上と僕を救い出してくれた。なぜ叱らなくちゃならないんだい?」
「だって、私が、私が……」
ルースはルナを抱きしめた。
「ルナ、君が悪いんじゃない。自分を責めるな」
ルースは泣き続けるルナを抱きかかえて、自分の部屋へと入った。
「父上に会うのは後にしよう。ルナの気持ちが落ち着いてからのほうがいい」
心配顔で着いてきていたトマムにそう言って下がらせた。
ルースはルナが泣きやむまでずっと抱きしめていた。
「落ち着いたかい、ルナ」
声を掛けられて顔をあげて、また涙がこみ上げてくるのを必死で我慢しているルナ。
「北の塔に無謀にも忍び込んだかと思うと、こんな風に子供みたいに泣きじゃくって、君は本当にかわいいな」
ルースは、優しいブルーの眼差しでルナを見つめた。そよっと入ってきた風に金色に輝くルースの髪がさらりと流れる。
「ルースがいる。ちゃんとここにいる」
「いるさ。君が助け出してくれたんじゃないか」
「う、うん」
ルナはまた一筋の涙をこぼした。それをゴシゴシと手で拭きながら、
「もう大丈夫」
そう言って顔をあげた。
「コホンッ、入ってもよろしいですか?」
セレクの声がした。カーテンの隙間からリリアが覗いている。
「姫様、はしたないことしないでください」
「だって……」
「はい、どうぞ、お入りください」
ルースがそういうとリリアが意気揚々と入ってきた。その後ろに情けないと言った顔のセレクが続いた。
「先に食事をいただきました。すみません、御馳走様です」
「いや、君たちにも世話になっているのでね。あとはゆっくり休んでもらいたい」
「ルナは大丈夫?」
リリアが真っ赤に泣きはらした顔をしているルナを覗きこんだ。恥ずかしそうにそっぽを向いたルナ。
「大丈夫です」
「わたくしのしつけ兼教育係をしていたルナじゃないみたい。でもそんなあなたもかわいいわ」
リリアのその言葉に
「ルナがしつけ兼教育係ですか、ほんとに?」
「ええ、そうですわよ」
ぷははっ。
ルースは盛大に笑い出した。
「ひどいわ、ルースったら、私ちゃんとやっていたのに」
「想像もつかないよ、君がねぇ」
「ルナはしっかり仕事をしていましたよ、ルース殿」
「では、いつまでも泣いていないで、父上に会いに行こう」
「はい」
四人は、王の寝所に向かった。既にルースと王妃が戻ったと聞かされていた王は上体を起こして、待っていた。
「おお、ルース、戻ったのか。ルナ、なんとお礼を言ったらいいのか。二人ともこちらへ」
王はやせ細った腕を広げて二人を抱きしめた。
「父上、心配を掛けました」
「いやいや、それはよいがルナには感謝せねばなるまい。そちらのお二方にもな」
「はい」
「王妃はどうした?」
「今、別室で休んでいます。色々あってまだ会っていただける状態ではありません」
ルースが答えると王は明るかったその笑顔を引っ込めて
「どうしたというのだね」
と心配顔をして言った。
「薬を飲まされて、眠らされているんです。まずはその薬を調べないことには対処のしようがありません」
「なんということだ」
「父上、僕がなんとかします。ルナにも大変な思いをさせてしまった。もうこれ以上、辛い思いをさせたくはありませんから」
「そうだな、信じているよ、ルース。ルナも疲れたであろう。これからはルースに任せて君は休みなさい。それから君のご友人方もな」
疲れている王の寝所を後にした。
「お二人のお食事の用意も整っています。リリアとセレク様には、客間のほうでお茶をご用意いたしました」
オルベが来て言った。
「ありがとう、オルベ。では食事をしてしまおう、ルナ。あなた方は先にゆっくりしていてください」
ルースが言って、ルナとルースは食堂へ、リリアとセレクは客間へと移動した。
「わたくしももう一度食堂に戻ろうかしら」
客間でお茶を飲み始めたリリアが言い出した。
「もうお腹一杯でしょう」
「だって、なんだかわたくし、寂しくってよ」
リリアはそう言って、拗ねてしまった。
「大事なおもちゃを取られた子供のようなこと言わないでください。長いこと会えなかった二人がやっと会えたんですよ。少しは二人にしてあげましょう。姫様はそのくらい大人でしょう」
「わかったわよ」
またプイッと横を向いてしまうリリアにお手上げだと言ったようにセレクはため息をついた。
食堂では、久々の王宮での食事にほっとしているルースとルナである。
「二人で食事をするのは久々だね、ルナ」
「はい」
「どうした?」
「とても嬉しいの。こうしてルースと向き合っていることが……」
「おいおい、もう泣かないでくれよ」
「大丈夫よっ」
ぷくっと頬を膨らませて、涙の滲んだ目をじっとルースに向けた。瞬きをしたら涙が落ちそうである。必死でこらえているルナだった。
食事をしている最中だったが、オルベがやってきた。
「ルース様、薬に詳しい者が着きました」
「わかった。すぐに会おう。ルナ、君は疲れているだろうから、食事が終わったら、幼命宮で休みなさい、いいね」
「えっ、私も一緒に……」
「ダメだよ。少し休みなさい。リリア姫とセレク殿にもゆっくり休んでもらうように伝えてくれ、オルベ」
「はい、かしこまりました」
ルースはルナに視線を送って、食堂を出て行ってしまった。
「ルナ様、しっかり食べなくてはいけませんよ」
「もういらない」
「またそんな我儘を。ダメですよ、折角ルース様と王妃様が帰っていらっしゃっても、ルナ様がそんなでは皆心配します。私はリリア姫様たちにお休みいただくように伝えてきます。ちゃんと食べてくださいね」
そう言ってオルベも食堂を出て行った。
一人残されたルナは、不安がどんどん膨れ上がっていた。王妃様が元に戻らなかったらどうしよう。そう考えるとまた涙がこぼれそうになる。考えているだけではどうすることもできないことは、わかっていても、どうしても考えてしまい、もう食事は喉を通らなかった。
そっと食堂を出る。今、ルースのところに行ったら叱られるだろう。リリアたちのところに行けば、オルベがいる。ルナは、宮殿から外に出た。涼やかな風が吹く。ここに戻って来た時に感じたぞくりとした感じは消えていて、柔らかく髪を撫でていく風は気持ちよかった。
「王妃様、早く元に戻って……」
独り言をつぶやいて、また涙がこみ上げてくる。とぼとぼと歩いて、幼命宮を横切り、草原に出た。そこでこみ上げてくる涙をこらえようと空を仰ぎ見る。今まで黒く厚い雲に覆われていた空には、星が瞬き、月も出ていた。雲間から月が出ていることはあっても星が見えたのは、戻ってきて初めてである。
ルナはそこに寝転がって空を見つめた。
「大丈夫、王妃様は助かる。そう信じなくちゃ」
大丈夫、大丈夫と唱えるように何度も繰り返した。
「ルナ様ー、ルナ様ー」
遠くからオルベの声が聞こえてきた。
「こっちよ、オルベ」
ルナは寝転がったままで答えた。オルベが走り寄ってくる。寝転がったルナを両手を腰に当てて、見下ろすオルベ。
「驚かさないでくださいませ。こんなところに一人でいらして危ないではないですか!」
「あっ、ごめんなさい」
ルナは起き上った。オルベは涙一杯にためて、それでも怒った顔をルナに向けていた。
「心配するじゃありませんか。お願いですから、こんな風に勝手にどこかに行ったりしないでください」
「ごめんなさい、オルベ」
自分の軽率さにルナはまた情けなくなった。
「本当にごめんなさい、オルベ、許して」
「とにかく……湯あみをして、綺麗にして、今夜はゆっくり休んでください」
脱力したように腰に当てていた両手をだらりと降ろしながらオルベはため息交じりに言った。
「リリア達は?」
「リリア姫様とセレク様にも今夜は湯あみをしていただき、もう休んでいただくことにしました」
「そう。わかったわ」
ルナは大人しくオルベの背中を見ながら幼命宮へと入った。




