no.7
いよいよ計画を実行に移す時が来た。
三人は準備万端。ここではリリアも出立するのに文句の言いようがないようだった。
「ルナ様、どうかご無理されませんように」
見送りに出ていたオルベが心配顔で言った。
「心配しないで、オルベ。必ずルースと王妃様は助けて戻るわ」
ルナが馬上でそう言うと、
「そうよ、心配はいらないわ。わたくし達にできないことはなくってよ。ほほほっ」
リリアが続けて言った。
「姫様が一番お荷物かと思いますけど」
セレクがぼそりと言った。
今回のミニドレスはどうのこうのと言っているリリアには聞こえなかった。
「留守をお願いします、オルベ。では行きましょう」
ルナがそう言って、三人は馬を走らせた。
島の中ほどから北へ、島を分断するようにある泉の森に入るのに半日かかった。
その森の中を走りぬける。簡単な食事と休息をとって、翌日の夕方には、北の塔が見える場所へとたどり着いた。
「ここで夜になるのを待ちましょう」
ルナが言った。
「そうですね。森の中に隠れていたほうが目立ちませんから」
セレクも言って、馬を下りた。
「ねえ、ルナ。わたくしのドレス、やっぱり今回は気に入らないわ」
このセリフ、既に何度も聞かされている。
「セレクがどうしてもこの色じゃないとダメって言うから、そうしたけど」
これも何度も言っている。
「姫様、いい加減諦めてください。今回は前の旅と違って、目立つようなことはなるべく避けなくてはならないんですよ」
セレクも何度もこのセリフを繰り返していた。
「リリア、でもその茶色も素敵よ。リボンもかわいいし」
ルナはなんとか褒めようとこれも何度も言っている。
「姫様が言い出したことですよ。ルナを助けるために来たのですから、邪魔にならないようにしなくては」
「わたくしは邪魔ですの?」
「そんなことないわ、リリア」
慌ててルナが言ったが、リリアは、馬を下りると黙ってしまった。
「セレク、言い過ぎなんじゃないの?」
「いいんですよ、少し我儘を我慢していただかなくては。今回は前の旅のように呑気なことは言っていられないんですから」
確かにそうである。前の旅、セレクの杖をリリアが折ってしまって、姿の消えてしまったセレクを元に戻すため、必要な五品をそろえてまわる旅と違って、今回は目立つわけにはいかない。今日も夜闇に隠れて、北の塔に忍び込まなくてはならない。そんな状況でピンクのフリフリドレスを着ていたら、目立ってしまう。今回はとにかく目立つことは避けなくてはならない。
「リリアは何を着ても似合うわ。私なんて、リリアのようにはいかないもの」
リリアに寄り添って座るとルナが言った。
「ルナは、もっと色々着てみるべきなのよ。いつも飾り気がないんですもの」
「私はそういうの苦手なんですよ」
「セレクもいっつも同じそのスタイルよね」
「私は魔法使いですから、このスタイルでいいんですよ」
服がどうのこうのと言っている間に森に差し込む日差しが弱くなってきて、あたりはうす暗くなってきた。
ここで灯りをともすわけにはいかない。北の塔にいるメルクリオに知られてはまずいのだ。
「今のうちに食事をとってしまいましょう」
セレクが言った。
オルベが用意してくれたパンや果物がたくさん、馬の背に乗せられている。
三人がそれぞれ乗ってきたものとは別にルースの馬も連れて来ていた。ルースが捕えられた時、王妃の馬と共に王宮に主なしで戻ってきたのだった。そのルースの馬に荷物を乗せていた。
夕闇はあっという間に夜闇に取って代わる。
すっかり闇に飲まれた森に馬を置いて、三人は森を出た。北の塔が目前に見える。灯りが灯されたその城は石造りで城壁はないが、周りに堀が作られていた。トマムからの情報によれば、メルクリオは夕方明るいうちに入浴すると言う。既に暗闇に飲まれた城では、メルクリオが入浴を済ませているはずである。
「そろそろ行きますか?」
セレクが言った。
「そうね。そろそろ行きましょう」
「ねぇ、本当に水に入るの?」
この期に及んでまだそんなことを言っているリリアだった。
「堀に入らなければ、城には入れませんよ。姫様だけ、ここに残りますか?」
「そんなの嫌よ、一人なんて」
一人にされるのが大嫌いなリリアでもある。
「では、文句はもうなしにしてください」
三人はこっそり森を出ると夜闇にまぎれて、堀に近づく。堀は、かなり深いとトマムが言っていた。泳ぎが得意ではないルナにとって、ここは難関だった。
「ルナ、大丈夫ですか?」
「はい。このくらいなんとかなるわ」
「そう言えばルナってば泳げなかったんでしたわね、大丈夫ですの?」
「まったく泳げないわけじゃありません。このくらいの幅ならなんとか大丈夫です」
城から漏れる灯りが堀の水面にちらちらと映る。ルナはひとつ身震いをして
「行きましょう」
そう言って、先に堀に入った。リリアとセレクもできるだけ音をたてないように堀に入る。
ルナは思いきって、堀の端につかまっていた手を離した。目指す排水溝は目の前だ。あそこまで行きつけばなんとかなる。リリアとセレクもルナに続いた。
「ここが浴室の排水溝なのね」
やっとしがみ付いた排水溝には、鉄格子が嵌め込まれていた。
「これ、どうするのよ」
「大丈夫です。トマムが細工をしているはずですから」
「かしてください、私が」
セレクがそう言って、鉄格子を引っ張った。がりっという音が鈍く響いたが鉄格子は簡単に外れた。
「やったわね、セレク。すごい力!」
「いえ、私じゃないです。トマムが細工をしておいてくれたお陰です」
少々心外だとばかりにセレクが言った。
ルナが先に排水溝に入った。それに続きリリア、セレク。三人は二度滑り落ちそうになって、それでもなんとか浴室に出ることができた。浴室側の排水溝の蓋も簡単に開いたのである。これもトマムが細工をしてくれていたのだろう。
「びしょ濡れね」
リリアが言った。
「タオルを拝借しましょう。水滴を落として誰かに気付かれては大変ですから」
セレクが浴室にかかっていたタオルを取って、リリアとルナにも手渡した。水滴ひとつでも注意しなくてはならない。もうここはメルクリオの陣地なのだ。




