no.6
リリアとセレクが訪れてから、三日が過ぎた。ルナも随分落ち着いてきていた。
そこに、密偵がトマムからの知らせを持ってやってきた。下水溝の細工が終わったとのことだった。オルベは、ルナがトマムのことを気にし出していたので、もう話ても大丈夫だろうと、それを伝えた。
「いよいよ、計画を実行できるのね」
「はい。ルナ様も、もう大丈夫ですか?」
「ええ、心配を掛けてごめんなさいね。でももう大丈夫だから」
これなら、リリアとセレクのことを話しても問題はなさそうだと考えたオルベは
「ルナ様にお会いになっていただきたい方がおります」
とルナの様子を窺いながら言った。
「誰ですか?」
「とにかくおいでくださいませ」
そう言ってオルベがルナを王宮の客間に連れて行った。オルベは、入口の前で一度止まった。
「ルナ様、本当にもう大丈夫ですよね?」
「大丈夫よ」
「では、お入りになってください」
オルベがあまりに慎重なので覚悟して客間に入ったルナだった。
そこでなんとも懐かしいリリアとセレクがお茶を飲んでいた。
「ルナ!」
客間に入ってきたルナを見て、リリアがお茶をこぼしたのも気にせず叫んだ。
「ルナ、大丈夫なんですか?」
続いてセレクも立ちあがった。
「二人ともどうして……」
やっとそれだけ口にしたルナの傍にリリアが駆け寄った。
「当然でしょ。ルナが大変なんだもの、わたくし達が手伝うのは」
「えっ?」
「姫様は、ルナと一緒に妖精の国に平和を取り戻すと言って聞かないんですよ。実のところは、ルナに会いたいだけだったと思いますけどね」
「ひどい、セレクったら。わたくし、本当にルナと戦うつもりで来ましたのよ」
「はいはい、そう喚きたてないでください。ルナがビックリしていますよ」
「あら、ごめんなさい。ルナ。ねえ、もう記憶は戻ったのよね?」
リリアは改めて、ルナに向かって言った。
「はい。もう記憶のことに関しては大丈夫です」
実は、メルクリオに捕えられた時の記憶だけがぽっつりと抜け落ちたままだった。なにか考え事をしたくて、置き手紙をして泉の森に出かけたところまでは思いだせるのだが、それから先が思い出せない。ここ数日、思い出してみようとは試みたものの、なにか心が拒絶して、それを妨げていた。これはもう焦っても仕方がないと思えるようになっていた。いつまでもそれに固執して、先に進めないのでは、どうしようもない。ルースと王妃を早く救い出したいのだった。
「それじゃ、今度はメルクリオを倒さなくてはね」
リリアが言った。
「リリア、まずルースと王妃を助け出すことになったのよ」
「まぁ、そうなの?」
「首尾よく、密偵がいたものだから、北の塔の見取り図を作ってもらったの」
「それはなによりですね」
「王妃様はその密偵トマムが連れ出してくれるわ。その間に私はルースを助けることになっているの」
ルナは、トマムとのやり取りを細かく説明した。
そして今日、そのトマムからの知らせで、排水溝の細工が終わったことも伝えた。
「あとは、決行の日を決めて、トマムに知らせるだけよ」
「話がそこまで進んでいるのなら、早いわね」
「姫様、簡単に言わないでくださいよ。ルースを助けるのだって、大変なことなんですからね」
「わかっているわよ。わたくし達も手伝うわ」
ルナは戸惑った。一人で北の塔に潜り込む方が楽なのではないかと。三人で忍び込むと、それだけ目立ってしまう可能性が大きくなる。
悩んで言葉を継げずにいるルナに
「ルナ、私からもお願いします。手伝わせてください」
セレクが真剣な顔をして言った。
「わたくし達、三人なら怖いものなしよ、ね、ルナ、そうでしょ?」
いや、怖いものなしなのは、リリアだけだと思うルナだった。苦笑して
「そうね」
と、答えるしかなかった。
決行の日は、一週間後ということにした。それを密偵を使ってトマムに知らせた。北の塔までは二日はかかる。それを見越して、一週間後に決めたのだった。
決行の日が決まれば、準備である。馬は、もともとルナが使っていたものが厩にいる。ルナはその馬セラに会いに行った。セラはルナのことを忘れてはおらず、優しい瞳をこちらに向けてきた。
「セラ、長いこと、会えなくて寂しかったわね。ごめんなさい」
厩には他にもルースが使っていた馬や他の物たちが使うための予備の馬がいた。その中にはリリアとセレクが乗ってきた馬も入っていた。
「馬で二日移動するとして、出発は、四日後くらいにしましょう。そうすれば、北の塔の近くで一休みできるわ」
「そうですね」
ルナとセレクがそんなことを言っている横でリリアは、ルナの馬を撫でながら何やら文句を言っている。
「セラみたいな綺麗な馬、見たことないわ。まるであの時のユニコーンのようね。わたくしもこんな馬が欲しいわ」
「姫様、今はそんなことを言っている場合ではありませんよ」
セレクの溜め息交じりの声がした。
「とにかく、出立までは少しゆっくりしましょう。ルナも記憶を取り戻したばかりですし」
「はい」
「そうよ、ルナ、わたくし達のことは忘れていないのね。昔の記憶を取り戻しても」
「はい。ちゃんと覚えてますよ」
ルナはにっこり笑って答えた。
それから出立までは、三人、客間でいろんな話をした。旅を振りかえったり、ルナが帰ってしまった後のリリアの様子を聞かせてくれたりした。嵐の前の静けさというか、既にリリアがいるので賑やかではあったが、緊張がほぐれていたのは確かだった。
「ところでそのトマムと言う密偵には、ちゃんと連絡は届いているの?」
リリアが突然言い出した。
「だって、馬で二日もかかるのでしょう。その北の塔までは」
「はい。私達が馬で移動しようとしたら、二日くらいかかります。早掛けすれば一日くらいですけど。密偵に使っている妖精は、馬より早く手紙を届けます。ほら、旅の時、翌日立つ時には、ルースの手紙が届いていたでしょう」
「そうよね、夜、連絡したのに、翌日には返事が届いていたのだものね」
「飛ぶのが得意な妖精もいますから、そういうものをトマムとのやり取りに密偵としているんですよ」
「そうだったの、それじゃ、大丈夫かしらね」
「心配はありません。ちゃんとトマムにも連絡は届いています」
セレクもルナのその言葉に安心した。ルナはどこか先のことがわかるようなところがある。妖精であるルナの力なのかもしれないとセレクは思った。




