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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第二章
22/68

no.4

 どこから手をつけていいのかわからず、気ばかり焦っていたけれど、これで計画を遂行すればよくなった。あとは、ギナが来て、記憶を取り戻してくれれば……。計画が立ったものの、やはり落ち着かないルナだった。

 オルベは、王妃とルースがいつ帰ってもいいように、宮殿の隅から隅まで磨き上げるのに大忙し。落ち着かないルナもオルベに邪魔にされながらも手伝いをしていた。

「ルナ様、そんなことなさらなくていいんですよ。お願いですから、止めてください。気が気じゃなくて、手が進みません」

「だって、私も落ち着かないんだもの」

「ルナ様は、決行の日までゆっくり体調を整えていて下さればいいんです」

「だから、じっとしていられないんだってば」

 二人がたかが掃除で揉めているところに

「すみません、どなたかおりませんか?」

 と、声がした。背がすらりと伸びた、いかにも魔法使いと言った衣装を纏った青年が立っていた。

「どなたです?」

 見たことのないその姿に、オルベは警戒心をむき出しにして言った。

「ギナと申します。セレクに頼まれて、プリンセサ・ルナに会いに来ました」

 ルナはそれまで持っていた布巾を放り出して、ギナの前に立った。

「あなたがギナですか。セレクから連絡をもらって待っていました。よく来てくださいました」

「あなたがルナですか? はじめまして、プリンセサ・ルナ」

「私の記憶を元に戻してくれるということでしたけれど、本当にそんなことができるんですか?」

「ご心配なく。腕には自信がありますから」

 ギナはそう言って腕まくりすると力瘤を作って見せた。

「アレ?」

 思ったより小さいので本人も焦る。

 そんな姿を見ていたルナとオルベは、吹き出してしまった。

「まっ、これは冗談として。安心して任せてください。今までにも二例、こんなことがありました。心理操作のできる者の中には、心ない者もおりましてね」

 ギナには疲れをとってもらうために、二日間は、ゆっくり休んでもらうことにした。ギナを前にしてルナ自身も改めて心の準備が必要だった。

 その間、二人はセレクのことについて話したりした。

 セレクとギナは、幼馴染で親友、そして良きライバルだったと言う。男勝りなセレクは、いつも学校でトップだった。それを追うのがギナ。二人は、競い合って、お互いを高めあってきた。セレクは卒業後、ペンサミエント国王室付きとなったが、ギナは定住せず諸国を渡り歩いていた。二人は、離れてしまってはいたが、近況を知らせあうことはしていた。

「セレクから連絡があってね。心理操作で消された記憶を元に戻せる者を大至急探してほしいと。探すことはない、この俺が行くってことになったんだ」

「ひとつ聞いてもいい?」

 ルナが突然、真剣な顔をして言った。

「魔法使いは、みんな、そんな風にストレートの長い髪にそのマントのようなものを着ているの? それに杖も」

「えっ?」

「だって、セレクとギナって、顔かたちが違うだけで、他はほとんど同じなんですもの」

「そうか、あいつもまだ髪を伸ばしているのか。いや、別に全ての魔法使いがこんな風にしているわけじゃないんだよ。俺とあいつに関しては、髪を切る機会を逃しただけさ」

「機会?」

「ああ。何につけても競い合っていたからね。髪もどちらが長いだの短いだのって。服は、まぁ、民族衣装とでも思ってくれ。杖は、小道具。杖じゃない者もいるよ」

 ルナは、セレクがギナといた頃のことを思い描いて楽しくなった。なんでも知っていて、何でもできてしまいそうなセレク。彼女にもそんな時期があったのだと思うだけで微笑んでしまえる。

 セレクやリリアの話題で、あっという間に二日は過ぎてしまった。

 しかし無駄に過ごしたというのではなく、これもルナの心を和らげるためのものであった。心理操作で閉じ込められてしまった記憶を引き戻すには、心を柔軟にしなければならない。そのために必要だったのである。

 そしてギナにすっかり心を許したルナを見て、ギナはその夜、魔法を使うことを決めた。

 寝台に入ったルナは、上体を起こして、寝台の端に腰掛けたギナに向かっている。そんな二人を部屋の隅で見守るオルベ。

「ギナ、前の記憶を取り戻しても、記憶を失くしていた二年間の記憶は、消えたりしないわよね? 私にとってこの二年間も、特にリリアと過ごした時間は大切なの」

「大丈夫。記憶を取り戻して、しばらくは混乱することもあるでしょう。でもどちらも君にとっての事実あった過去なのだから。消えたりはしませんよ」

「良かった。それじゃ、お願い」

「そんなに緊張しないで。本当はね、特別の何かがあるわけじゃないんだよ。君が取り戻したいと思う心をちょっと手助けするだけで、楽しく話をするだけだから」

 ギナは、そう言って、右手を差し出し、ルナの手を握った。そして左手でルナの髪を優しく撫でながら言う。ルナの髪を撫でるのは、ルースの癖だったとオルベから聞いていたのである。

「ルナはルースに会いたいかい?」

「うん。とっても会いたい」

「彼は君にとってとても大切だからね」

「うん。記憶がなくてもルースの名前を聞くと苦しくなるのよ」

 ギナは、ルナの髪をなでながら、色んなことを訊ねてくる。ルナもそれに真剣に答える。そうしているうちにルナの気持ちは高められていく。

「ルースは剣が得意だったんだよね。君も一緒に練習したね」

「……うん。手合わせしてもらったり……」

「二人でよく森に出かけたりしたね」

「……うん。一人で行くと叱られた……」

 ルナの頬をいつの間にか涙がすーっと落ちていく。

「王妃様も優しかったんだろうね」

「うん。私にいろんなことを教えてくれたの。できなくても叱ったりしないで、何度も教えてくれるの……」

 ルナは体が宙に浮いている感覚を味わっていた。体の中心が暖かくなり、ギナに握られた手からなにかが流れてくるようで、目を閉じた。

「王様も優しかったよね」

「……うん、とっても……」

 そんな風にして、次から次へと記憶のパズルは、組み立てられていく。そしてとうとう最後のピースが残るだけとなった。

「君はどうしてメルクリオに捕まったんだろう」

「……わからない……わからないわ」

「君はしばらく留守にするという手紙を残して何処に行ったんだろう」

 オルベから、ルナの情報を仕入れていた。ルナが消える直前、置き手紙をして出かけたのだと言う。

「私、どうしても割り切れないことがあって、少し考えたかったの。それで泉の森で過ごそうと思って……」

「その先に何があったんだろう」

「……いやっ、わからない!」

「そんなことはないはずだ。森に行ってそれからどうした?」

 ギナは今までの優しい言い方から一転、厳しく言った。

「わからない、わからないの」

「何がわからないんだい」

「暗いの。真っ暗で何も見えなくて、誰かの声だけが何度も何度も同じことを繰り返しているの。怖くて、寒くて……ひとりで……」

 ルナはそこまで言って、気を失ってしまった。

「ルナ様!」

 部屋の隅にいたオルベが寝台に駆け寄ってきた。

「大丈夫です。静かに寝かせてあげてください」

 二人はそっと寝室を出た。

「もう記憶のほとんどを取り戻しています。後は、時間が経てば徐々に」

「良かった」

「しばらくは混沌とした時間を過ごすことになりますよ」

 オルベは記憶が戻ったと安堵したが、それでもルナの元の明るい笑顔を見るまでは不安が残っている。

「記憶を消された時、相当恐ろしい思いをしたのでしょう。ですから、そっと見守ってあげてください。できれば一人にしないほうがいいでしょう。あなたが傍についていて、目を離さないようにしてください」

「ギナ、あなたは?」

「すみません。しばらく傍にいて様子を見ていたいのですが、私も今急ぎの用事を抱えています。すぐに行かねばなりません」

「私だけでは不安です」

「大丈夫でしょう。ルナは、そんなに弱くはないですよ。それにこれを乗り越えなければ、彼女は、彼女自身に戻ることはできないんです。あなたは、傍で見守ってあげればいいのですよ」

 心細くてたまらないといった様子のオルベを残して、ギナは翌朝早く、宮殿を後にしたのだった。

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