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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第二章
21/68

no.3

 オルベにも今まで通りにしてもらえるように頼み、ルナも外出を控え、幼命宮の中で過ごした。

 その間、どうやって北の塔に幽閉されているルースと王妃を助けるのか考えた。まずはふたりを救い出すのが先決だろう。しかしそうなると北の塔がどのようなものなのか知らなくてはならない。記憶が戻っていない今、どうしたらいいものか考えあぐねていた。

 そこにオルベが北の塔には密偵がいると知らせてくれた。その密偵に北の塔の見取り図を作らせようと考えたのだった。

「トマムは信用できる?」

「はい、もちろんです。今までも王妃様とルース様の様子を知らせてくれましたし」

 オルベの話によると、トマムは、メルクリオが北の塔を占領する前からその塔の守番をしていた。ルースと王妃が幽閉された後、一度、トマムは北の塔を離れたという。メルクリオのあまりのやり方に嫌気がさしたのだった。けれど、アーマに説得され、密偵として、北の塔に戻ったのだった。それとは知らず、生まれた時から北の塔で暮らし、塔の全てを知っているトマムを囲っておきたいメルクリオは、彼をまた塔の守番として雇ったということだった。食糧などの調達にトマムは頻繁に塔を出入りする。その隙を見計らっては、王宮に寄り、塔での様子などをオルベに知らせていたのである。それを王に伝えたのがオルベであったという。

「それなら大丈夫そうね」

「はい。すぐに密偵を放ち……これは先日ルナ様がいらしたとき、手紙をルース様に届けた者ですが、彼を使って、トマムに見取り図を作らせて持ってくるように伝えさせましょう」

「くれぐれも慎重にね。私がいることに気づかれないように」

「わかっています」

 オルベはそう言って、部屋を出て行った。

 これで事が動き出す。ルナはほんの少しではあるが、肩の力を抜いたのだった。

 それから二日後、トマムが見取り図を持ってやってきた。想像していたよりはずっと若く、濃い茶色の髪にがっしりとした体、おっとりしているように見えるが、見取り図を差し出すトマムの目は鋭かった。

「これが北の塔の全容です」

 そう言ってテーブルの上に見取り図を広げた。

「すごいわね、こんなところまでわかるの?」

 オルベが見取り図に記された下水溝を見つけて言った。

「俺は、父の代から北の塔の守番だったんだ。小さい頃は、こういう場所が遊び場でもあったんでね」

 得意げにトマムが言った。

「あっ、私、お茶を入れてきます」

 そう言って、なにやら慌てて、オルベは部屋を出て行った。

「トマム、ありがとう。助かるわ。これだけ詳しければ、忍び込むことも可能ね」

「まさかルナ様ご自身で?」

 驚くトマム。

「ええ、私が忍び込むつもりよ」

「そんな危険な、誰か他の者をお使いになったほうがよろしいかと」

「いいえ、これはやはり私の役目よ」

 断固としてルナは言い切った。

「忍び込むのに、どこが一番安全かしらね?」

 観念したようにトマムは頷いた。

「そうですね、やはり城壁の周りに巡らされた堀の下水溝でしょう。ただし、堀に出る部分にはすべて鉄格子が嵌め込まれています」

「鉄格子ですか。それをなんとかできないかしら」

 ルナは見取り図を見て、改めて下水溝の位置を確認した。下水溝は四ヶ所。すべて塔の内部で使われた水を城の周りに張り巡らした堀に流している。北がトイレの下水、東が調理場の下水、西が風呂場の下水、南がその他に使われている下水らしい。さすがにトイレの下水を使うわけにはいかない。調理場もほぼ一日中使われているというし、南の下水はいつ使われるか特定できないため、無理がある。残るは風呂場の下水溝ということになる。

「メルクリオは意外と綺麗好きで、早朝と夕方、風呂に入ります」

「日中は避けなくちゃならないから、夕方の入浴が済んでからということになるわね。あとは、鉄格子をどうするかよね」

「私に時間をください。なんとか細工をしてみます」

「やってくれるの?」

「時間はかかりますが、なんとか簡単に外せるように細工しておかないと、堀に入ってからそこで細工している時間はないでしょうから」

「それじゃ、お願いするわ」

 そこにお茶を持ってオルベが入ってきた。ちらちらとトマムに視線を送りながらも心配顔である。

「ありがとう、オルベ」

「やはりルナ様が忍び込まれるんですか?」

「そうよ」

「でもお一人でルース様と王妃様を連れ出すのは、難しいんじゃないでしょうか。心配です」

「王妃様のほうは、私に任せてもらえませんか?」

 トマムが言った。

「なにか考えでもあるの?」

 ルナが訊ねた。

「はい。決行の日にわざとメルクリオを怒らせて、追い出されるように仕向けます。夜、荷物をまとめて荷車で北の塔を出ます。王妃様には窮屈な思いをさせてしまうかもしれませんが、荷物の中に忍び込んでいただきます」

「それはいいわね」

「トマム、いい考えじゃない」

 頬を上気させながら、オルベも言った。

「ルナ様はルース様を助けてください。塔の一番上の部屋に監禁されています。その間に私が王妃様を助けます。私のほうが首尾よく成功したときには、雁の鳴き声を3回、これが合図です。大丈夫ですか?」

「わかったわ」

「でも王妃様を荷車までどうやって連れ出すの?」

 オルベが言った。

「大丈夫です。しばらく前から王妃様の寝室は警備されていません。鍵もかけられていないようなんです」

「そう、なんだかその辺が気になるけど、とにかく、王妃様だけでも助けてもらえれば……」

「ですが、ルース様のほうは、定期的に監視が回っています。注意してください」

「わかったわ。王妃様のほうはお願いします。それと排水溝の細工が済んだら知らせてください」

「はい。王妃様は必ず、お助けします。信じてください。排水溝の細工も任せてください」

 トマムは、そう言って、オルベが入れてくれたお茶を飲んで、北の塔に帰って行った。オルベは帰っていくトマムの背中を心配そうに見つめていた。

「オルベ? トマムは頻繁にここへ来ていたの?」

「はい。割と頻繁に来てくれました。お陰で王妃様とルース様の様子がわかってとても助かりました。トマムには感謝しています」

「そう、そうね。トマムがいて、本当に助かるわ」

 ルナはオルベが感謝以上の感情をトマムに持っているように思えた。

「頼りになるわね、トマムは」

「ルナ様、これから大変ですよ」

「わかっているわ。でもやらなくてはね。早く島に平和を取り戻して、あなたも幸せにならなくてはね」

「な、なにを言っているんですか、ルナ様?」

「トマムは素敵よね、うふふ」

「ルナ様!」

 ルナはやっと動き出した計画にまた少し肩の力を抜くことができた。

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