no.18
セレクは魔法の杖を大事に抱え直すと、
「お二人とも、ちょっと来ていただけますか?」
と、まだ痛みが残るのか、体をさすりながら言った。
「なぁに?」
「私の研究室に」
セレクの後に続いて、研究室に入ると、そこに大きな箱がふたつ並んでいた。
「どちらかお好きな方を選んでください」
「まぁ、今回の旅のご褒美かしら?」
「姫様、ご褒美はありませんよ。元々あなたが原因なんですから」
「それを言わないでよ。じゃ、わたくしはこちらの箱にするわ、ルナ、よくって?」
「はい。私はどちらでも」
ルナが答えた。
「王様に頼んで用意しておいて貰ったものですが、ちょっと細工をしなくてはなりません。魔法を掛ける間、そうですね、一週間くらい、待っていただけますか? ルナ、出立の用意もあるでしょう。このくらいなら大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「では、うまく魔法がかかるのを楽しみにしていてください」
そう言って、セレクは二人を研究室から追い出すと、閉じこもってしまった。
セレク抜きで祝宴は三日続いた。
祝宴がお開きとなった夜、ルナは王にニンファ島に帰ると伝えた。王は、驚き、そして頭を抱え込んでしまった。ルナが来るまでリリアは週に三人もしつけ兼教育係をクビにするようなことさえあった。けれどルナが来てからは、勉強もまじめに受けるようになったし、生活も落ち着いてきていた。王にとっても、王宮にいる全ての者にとってもルナがいなくなるというのは、一大事である。
翌日、まだ話足りないといった様子で王に冒険旅行の話を聞かせるリリアの声は、王の耳に入らなくなっていた。
「お父様、どうなさったの? 今日は変よ」
そこに救い主が現れた。
フェリエがコトラの森で捕まえた虹色のインコを持って来たのである。旅の間、ほとんど役に立たなかったフェリエであるが、やっと表立った出番である。
「まぁ、なんて綺麗なの。嬉しいわ、フェリエ、ありがとう」
リリアは早速、そのインコにいろんな歌や言葉を覚えさせることに夢中になった。
「わたくしのペットとしては合格ね。このくらいのことができないようでは、わたくしの傍にはいられなくってよ。ホッホッホッ」
最初、ルナに見せびらかしたくて、ルナを呼んだリリアだったが、歌や言葉を教えるのに夢中になってくれたお陰で、ルナは解放された。出立の用意がある。荷造りをしなくてはならなかった。
しかし翌日には早くからリリアに呼び出された。インコに覚えさせた歌を歌わせて聞かせる。
「賢いインコですね」
「ええ、教えがいもあってよ」
リリアは、上機嫌。これなら大丈夫とルナは安心したが、もしかするとリリアは、このインコに夢中になることで現実から逃げようとしているのかもしれないと思うとまた不安になった。
しかし実のところ、リリアは本当にインコに夢中になっていただけだった。
そのお陰でルナはなんとか荷造りを終わらせることができた。
王から呼び出しがあって、一度は考え直すように言われたものの、こればかりはルナもどうすることもできない。王は、がっくり肩を落としたのだった。
そして旅から帰って六日後、セレクがリリアとルナを研究室に呼んだ。
「明日にはルナもニンファ島に帰るんですね」
「はい」
「ルナ、帰ってしまうの?」
今、思い出したようにリリアが驚いたような顔をして言った。
「はい、いつまでものんびりしてはいられませんから」
「でも記憶は戻っていないのでしょう」
「はい」
「だったら、せめて記憶が戻るまでここにいたらいいのに」
「でもいつ記憶が戻るかわかりませんから……」
「姫様、ダメですよ。ルナが困ってしまうでしょう」
セレクに窘められてリリアはふくれっ面でセレクを睨みつけた。
「ルナが帰るということは既に決まったことです。さあさあ、こちらを」
そう言って、セレクは大きな箱に手を伸ばした。
「リリア姫さまはこちらです。ルナはこちら」
リリアとルナはそれぞれ大きな箱を渡された。
「開けてもいい?」
リリアはすっかりもうその箱のことで一杯である。
「どうぞ」
リリアは早速、箱を開けてみた。中からは両手で抱えるくらい大きな鳥が出てきた。ルナも箱を開けるとやはり同じくらいの大きな鳥が出てきた。
「まぁ、なんて美しい」
リリアの鳥は光沢のある青で、ルナの鳥は真っ白だった。首になにか宝石のようなものを下げている。
「いいですか、この鳥たちには、魔法をかけてあります。たとえば、姫様がルナになにか話があるとします。首にかかった宝玉に話しかけてください。それを持ってその鳥はルナの元に飛びます。そして宝玉に触れると姫様の話が聞けるようになっています」
「ほんと? なんてすばらしいの! セレクったら天才ね!」
「今頃、気付いたんですか。ルナのほうも同じように」
「これでリリアは寂しい思いをせずにすむのね」
「そういうことです」
「嬉しいわ、セレク」
リリアは、鳥をなでて言った。
「ですが、他愛もないことでやたらと飛ばさないでくださいね。鳥だって疲れると言うことを聞かなくなりますよ」
「えっ、そんなぁ」
「リリア、これはとても素敵なことよ。セレクの言うように、大切にしなくては」
「わかってるわよ」
姫様なら、毎日のようになにかを話してはルナに鳥を飛ばしかねない。
「鷹の種類で飛ぶのは早いですが、距離がありますから、行って帰ってくるのに数日はかかりますからね。それは覚悟してください」
「そうなの? でもこれでルナと話ができるのね。ありがとう、セレク」
「セレク、ありがとう」
「いいえ、礼にはおよびません。私の為でもあるんですから。ルナがいなくなったら、私の負担は今まで以上になりかねないですからね」
「ひどいわ、セレクったら」
リリアはそう言いながらも、美しい腕の中の鳥に頬をつけてみたりしていた。
これでニンファ島に帰ってもリリアが少しは寂しさを紛らわせられるとルナはほっとしたのだった。
翌日、午前中に立つはずのルナはリリアに待たされた。
荷物も全て馬車に積み終え、随分待った頃に、やっとリリアが姿を見せた。
「あなたとのお別れにどんなドレスがいいのか、悩んでしまったの」
そんなものはどうでもいいと一緒に待たされたセレクは思った。
「素敵ですよ、リリア。とても似合っています」
「ありがとう。ルナ、気をつけてね」
「はい、リリアもお元気で」
「ルナ、帰ってから大変だとは思いますが、くれぐれも無理はしないで、体を大事にしてくださいね」
セレクが言った。
「はい、セレクも無理はしないでくださいね」
「ルナ、あのね……えっと……」
リリアはまだルナを離したくないといったようになにか話をしなくてはと焦っていた。
「姫様、ルナもそろそろ立たなくては」
「リリア、セレク、お世話になりました」
ルナは、恨めしそうな目を向けるリリアに後ろ髪をひかれる思いで、馬車に乗った。
馬車は、すーっと二人の前から動き出し、城門へと動き出した。
リリアはセレクを引っ張って急いで城の塔へと登った。
「ここからなら、市壁を出るまで見えるでしょ」
「姫様……」
「ルナは、わたくしがこの子を飛ばせたら、お返事をくれるかしら」
肩に乗った重そうな、セレクがくれた鳥に視線をやって言った。
「大丈夫ですよ。ちゃんと返事をくれます、ルナのことですから、信じましょう」
「そうね、ルナがわたくしを無視するなんてありえませんものね。あっ、ほら、あそこに馬車が」
そう言って、リリアは町の真ん中を通っている馬車を見つけて言った。
その頃、ルナは背筋にぞくっとするものを感じていた。
そしてセレクは、町中の道を行く小さな馬車を見て、そう遠くない時期に、また二人は出会い、その二人に付き合わされて酷い目にあうのではと少々不安に思ったりしていたのだった。
これで第一章は終わりです。
次、第二章に入ります。




