no.16
しばらくして、三人は食堂に呼ばれた。最初に通された客間も立派なものだったが、食堂も豪奢な飾り付けで、リリアはため息を漏らした。
「素晴らしいわね」
「手が行き届きませんで……本当ならもっと綺麗なんですけれど」
オルベが申し訳なさそうに言った。
「充分よ。こんなに沢山のお食事を作ってくれてありがとう」
リリアにとっては、なかなか珍しい対応である。城に幾人の者がとどまっているのかはわからないが、立派な大理石のテーブルは10人掛けで、そこには幾種類もの料理が並べられ、色とりどりの果物が盛られていた。
「ありがたく、いただきます」
セレクも言った。
三人は席に着いて食事を始めたが、しばらくして、ルナが席を立った。
「私、少しその辺を歩いてくるわ」
「私も……」
とリリアが言いかけて、セレクが止めた。
「今は一人にしておきましょう。ルナも辛いのですよ。色々考えなくてはならなくて」
「わたくしに相談してくれればいいのに」
リリアに相談して、事が解決するとは思いませんがと思うセレクだった。
しばらく黙って食事をしていたリリアだったが、とうとう我慢できなくなったらしい。
「旅が終わったら、お別れなの? 本当にお別れなの?」
と、涙をこらえて言い出した。
「仕方のないことです」
「セレクは随分と冷静なのね」
「はっきりとはしていなかったんですけれど、なんとなくルナのことには気づいていましたから」
「なんですって?!」
「ルナのピアス、あまり見たことがないものでしたよね。あれは、書物で読んだことがあるんですが、妖精が生まれた時輝かせるという石があんな感じのものだったと思います。妖精の王族のものは、皆、その神の石を削り、ピアスをすると……」
「ひどいわ、知っていて黙っていたの? 知っていてここに来たの?」
「姫様、落ち着いてください。考えてもみてください。ルナの髪の色も人間にしては珍しくありませんか? 確かに人間にもシルバーの髪を持つものはおりますが、ルナのように艶があって透き通るように輝くシルバーというのは、なかなかありません。魔法使いの世界にもなかなかおりませんよ」
「それはそうだけど、でも、それならそうと言ってくれればよかったじゃない」
「すみません。私としても妖精王の涙が必要でしたから」
「元はと言えば私が悪いのね。あなたの杖を折ったりしなければ、ここに来ることもなかったのに……」
ぽつりと涙をこぼしたリリアだった。
「姫様、離れてはしまいますが、会えない距離ではありませんよ。馬を早駆けで3日と2日ほど船に乗れば、来られます」
「そうだけど……ルナは会いに来てくれるかしら」
あくまでも自分が、ということを考えないところが生まれながらにして姫様であり、どれだけ大切に育てられたかが窺える。
「わたくし、ルナと一緒にここで暮らそうかしら」
なんてことまで言ってしまうのも、またリリアである。
「姫様!」
「冗談よ。わたくしもいずれは王位を継ぐものとして、王宮を離れることはできないものね」
「わかっていらっしゃればいいのですけど……姫様ならやりかねませんからね」
ほっと溜息をつくセレクだった。
二人も食事を済ませて、先の客間に戻り、お茶をいただいていたところにルナが戻ってきた。
「どこへ行っていたの?」
リリアが訊ねた。
「はい、その辺を歩いただけです」
「ルナの為にとオルベがそちらにお夕食を置いて行かれました」
セレクが言うので見ると、客間の飾り棚の横に置かれた円卓には小分けにされた幾種類かの料理と果物が置かれていた。
「お腹は空いていないから」
「では、わたくしたちと一緒にお茶をいただきましょう、ね、ルナ」
リリアはいつになく甘ったるい声で言った。
「はい」
ルナはリリアの向かい側のソファに座ると、中央にある小卓の上のポットからティーカップへとお茶を注いだ。なんともかぐわしい香りのするお茶で、どことなく懐かしい気もした。
「とてもいい香り……」
「ええ、とても美味しいわ、このお茶。わたくし、少しいただいて帰ろうかと思っているの」
「姫様はしっかりしておられますね」
「セレクは美味しい食べ物でもいただいていったら? あなたは食べることが楽しみなんだから」
「そこまで卑しくないですよ、姫様、ひどいです」
二人の会話は、空回りしているようでもあった。リリアは引きつった笑顔で話しているし、セレクの声もトーンがおかしい。ルナは二人が気を遣っているのに笑えない自分が堪らなかった。
しばらく沈黙が下りた。空気が緊張したまま、張り付いているようだった。
「二人とも疲れたでしょう。ここを立てば後は王宮に帰るだけです。今夜は、早めに休んでください」
セレクが言った。
二階に用意されたそれぞれの寝室に行き、三人はそれぞれの思いを抱きながらベッドへと潜り込んだ。けれど珍しく三人ともが眠れぬ夜となったのだった。
翌朝、オルベが三人を起こして、朝食になった。
食事が終わったころに、オルベがやって来て、小瓶をリリアに差し出した。
「王様から預かりました」
「涙ね、ありがとう」
リリアはお礼を言ってそれを受け取った。
「こちらはルナ様に」
そう言ってオルベは折りたたまれた紙をルナに手渡した。
「なに?」
「ルース様からのメッセージです」
「私に?」
「はい。昨夜放った密偵が持ち帰りました」
「ルナ、なんて書いてあるの?」
リリアがルナの手元を覗きこむ。しかし数ヶ国語を習っているリリアでも妖精の国の文字は読めなかった。
開いた手紙の中には、震えた文字が書かれていた。
ルナ、無事でよかった。
ルナ、頼むから危険なことはしないでくれ。
ルナ、ルナ
慌てて書いたものらしかった。
「ルース様は、ルナ様の心を全てお見通しですね」
後ろでオルベが言った。
「ほんと、悔しいけど、ルナはここに戻って来て王子様を自分で助けるつもりなんでしょ」
リリアは、自分の席に戻って言った。大切なものを取られてしまった子供のように拗ねて見せている。
「王様が船が必要なら用意するとおっしゃっておりましたが」
オルベが言った。
「いいえ、昨日乗ってきた船を待たせてあります。ご心配いただきありがとうございます」
セレクが答えた。
「王様は体調が思わしくないため、お見送りができませんが」
「王様にこの涙のお礼をお伝えください」
リリアが言った。
「そろそろ立たなければなりません。お世話になりました」
「お気をつけて」
三人は席から立ち、ルナは言葉を探していた。何をどう言ったらいいのか……。
「王様に、必ず戻るとお伝えください」
やっとのことでそれだけ言った。
三人はお礼を言って、王宮を後にする。馬を走らせ、入江に戻った。
「ご用はお済みですか」
船長が待っていて言った。
「はい。お待たせして申し訳ありません」
ルナが答える。
「時間がありません。すぐに立てますか?」
「そりゃもう、準備万端ですから」
吸っていた煙草を地面に落してもみ消すと、出立の合図に手を大きくあげた。
三人の馬を先に乗せ、三人があとから船に乗る。
「少しばかし、待ってくださいな」
船長は船に乗った三人に声をかけた。
フェリエが戻って来ていないのである。三人が船室に荷物を入れている間にフェリエは戻ってきた。そしてすぐに出港した。
三人はすぐに船室から上がり、外に出て、離れていく島をそれぞれの思いで見つめていた。




