no.15
オルベに案内された三人は、妖精王の寝所、横たわる王の前にいた。
「王様、起きていらっしゃいますか?」
オルベが声を掛ける。
すると豊かな髪と髭は真っ白になった王が、落ち窪んだ目をそっと開けた。
ルナの姿を見つけるや、その目をぎょっと見開いて、
「おお……」
と、弱々しいが声を出した。
「ルナ、プリンセサ・ルナ、生きておったのか」
震える手をルナに伸ばしてきた。ルナはその手をとったが、なんと言っていいのかわからない。
「これでこの国も安泰だ。私は安心して眠ることができる」
「ちょっと待って!」
とリリアが口を挟んだ。
「ルナは、わたくしのしつけ兼教育係です。今は事情があって旅をしている途中です。それにルナは記憶も失っているし」
「なんと……本当なのか、ルナ。私を見てもわからぬのか?」
ルナは、視線を落とした。
「なんということだ」
王は悲痛な面持ちでルナを見つめた。
「だが、そなたが帰って来なければ、妖精の国はこのまま崩壊してしまう。頼む、帰って来ておくれ。国の為に……いや、プリンシペ・ルースのために」
ルナは王が言った言葉に顔をあげた。『プリンシペ・ルース』と言う名が胸を締め付ける。
「二年も放っておいて、今更帰れなんて。それも国だか何だか知らないけど、そんなもののためなんて、絶対許さなくってよ!」
リリアが大剣幕である。
「姫様、落ち着いてください」
セレクが言った。
「すまない。しかし誰よりもそなたの帰りをルースは待っている」
「王様、お願いがございます。今、彼女はリリア姫と旅の途中にあります。せめてそれが終わるまで待っていただけないでしょうか?」
セレクは、静かな声で言い、旅の目的を伝えた。
「わかった。待つとしよう。だが私もこの通り先が長くない。できるだけ早く戻り、ルースを助けてほしい。勝手ばかりを言っているようだが、頼む」
王はルナをじっと見つめた。ルナはしっかりと頷いて見せた。
「ありがとう、プリンセサ・ルナ。そなたが戻るのを楽しみに待っている」
その後、妖精王は、涙を明日までに用意しておくと約束して、眠りについた。
三人は用意された部屋に通された。応接間のようで、布張りのソファが置かれ、飾り棚には美しい小物が並んでいる。
「ここで働いていた者は、ほとんど西の森の隠れ家に行ってしまっています。行き届かないこともあるかと思いますが、ごゆっくりされますよう」
そう言って部屋を出て行こうとしたオルベをリリアが引きとめた。
「待って。色々と聞きたいことがあるわ」
リリアはここにいた時のルナについて訊ねた。
オルベは、プリンセサ・ルナのこと、今この国が置かれている状況などを話してくれた。
それによると、この妖精の国では、王子の妃となる者は、生まれた時に、神の石に触れて、それを輝かせることができたものでなければならない。その為、妖精は生まれてすぐその儀式を行う。その神の石を輝かせることができた者は、プリンセサと呼ばれ、生まれてすぐに宮殿に入り、大切に育てられる。それがルナなのだと。多くの者に見守られていたプリンセサ・ルナは、王座を狙うメルクリオの策略で連れ去られてしまった。その後、王妃と王子であるプリンシペ・ルースもメルクリオの北の塔に幽閉されてしまった。妖精王は、国の乱れに心を痛め、病の床に伏し、国に不穏な空気が流れ始め、妖精たちは、西の森に避難したという。
「そのプリンシペ・ルースという王子は、なんて間抜けなのかしら。北の塔だかなんだか知らないけど、抜け出すこともできないのかしら?」
リリアは苛立って言った。
「ルース様だけだったら、可能だったでしょう。ですが、病弱な王妃様も塔に幽閉されています。メルクリオは、その王妃様を手玉にとって、自分が王になり、一人娘のマルテをルース様に嫁がせようとしているのです」
「妖精の国も乱れたものね」
リリアの捨て台詞。
「リリア姫様は、絵本に出てくるような妖精しか御存じないのでしょう。妖精とて人間と同じです。私達種族は、ほとんど人間と変わりありません。種族によっては、人間にいたずらをするような種族もいます。種族間の小競り合いもあります。ですが、長い間、温厚な王がそれらをまとめ、平和が続いていたのですが……」
「そうなの。それにしても許せないのはメルクリオね」
リリアとオルベの会話にルナは入っていない。窓から北に聳え立つ山々を見つめていた。
「ルナ、どうした?」
セレクが傍に来て訊ねた。
「みんな大変な時に私は、なにもわからず、なにも思い出せない……」
「無理をしないほうがいい。思い出すのはいつでもいいのですから」
セレクのその言葉を聞いたオルベが
「多分、心を操作されたのだと思います」
と言いだした。
「メルクリオの娘マルテは心理操作ができると聞いています」
「それで記憶を消すことなんてできるの?」
リリアも来て話に加わった。
「詳しくはわかりませんが、心理操作ができるのは確かな情報です」
「とんでもない悪人ね、親子して」
「それが本当なら、ルナの記憶を取り戻すには、その者の手が必要になるのではないですか?」
セレクが言った。
「それが叶うかどうかは……わかりませんが……」
そう言ってオルベは視線を一度下げたが、ハッとして続けた。
「まぁ、長いをしてしまいました。私は皆さまのお夕食の支度がありますので、この辺で下がらせていただきます。宮殿からあまり外にお出にならないでください。悪さをする妖精もおりますので。それでは」
そう言ってオルベは部屋を出て言った。
「ルナ、セレク、王子様を助けましょうよ。このままにしていけないわ」
「ダメよ!」
リリアの言葉にかぶさるようにルナがいつになく厳しい表情で言った。
「なぜよ。憶えていなくてもあなたの婚約者なのよ。ルナったらそんなに冷たかったの?」
「姫様!」
「だって……」
「ルナは私のことを考えてくれているんですよ。もう満月の晩までに日にちがありません。明日、ここを立たなければ、間に合わないでしょう」
「じゃ、明日の朝までになんとかすればいいんじゃなくって?」
「そんな簡単に事が済むのであれば、王子自ら王妃を連れて、逃げ出していますよ、姫様」
半ば呆れたように言うセレクだった。
「リリア、心配しないで。セレクが元の姿に戻れば、安心して私はここに戻って来れるわ。それからでも充分間に合う。メルクリオはルースや王妃様を殺したりはしない」
「ルナ……」
リリアは言葉を失った。




