no.12
困り果てていた三人にコンドルが言った。
「方法がないわけじゃないんじゃが……かなり危険を伴うでな。そなた達には無理じゃな」
「それしか方法がないのでしたら、少々の無理をしても、その方法で帰るしかありませんわ」
リリアは開き直った。
「リリアが言うように、その方法しかないのであれば、無理でもやらなければなりません。その方法を教えてください」
ルナが訊ねた。なんとしてもこのビダ山から降りなければならないのだ。いつまでもここにいるわけにはいかない。
コンドルの話によると、この頂上を流れる小川は、しばらく山中を流れ下り、途中山肌から滝となって流れ落ちていると言う。その水脈を流れ落ちればいいと言うのだ。
話を聞いていて鳥肌が立つ。
しかしこの方法しかないのである。三人は命がけでその水脈を下ることにした。水脈はいくつにも分かれているということで、持っていたロープで三人がバラバラにならないようにそれぞれの体にロープを巻き付け、つないだ。
そして意を決して、水脈に入った。ルナが先頭でリリアを挟み、セレクが最後になった。
水脈は、あっという間に暗闇に飲まれ、最初穏やかだった斜頚もあっという間に急になり、垂直に落ちいてくような有様である。
リリアはもう声が枯れるほど悲鳴を上げていた。ルナは散々水を飲み、苦しい。セレクも気が遠くなる思いだった。闇の中を急降下したかと思うと、右に左に曲がりくねっている。体はそんな水脈に弄ばれて、流されていく。
途中、思いきりお尻を打ち付けたリリアはそこで気を失った。それまで狭い水脈の中で響き渡っていたリリアの悲鳴が聞こえなくなって、ルナとセレクは不安と安堵の両方の思いに駆られた。しかし考える暇もなく、突然目の前がパッと明るくなったかと思うと、体の感覚がなくなった。空中に放り出されたのである。そして一気に滝壺へと落ちた。そこでルナとセレクも気を失ってしまった。
幸いなことに三人は川岸に打ち上げられた。初めに気がついたのはリリアだった。
「いたーい!!」
水脈で打ち付けたお尻を撫でながら、立ち上がろうとして、ロープで繋がったルナに気付いた。
「ルナ、起きて。いつまで気絶してるのよ!」
しかしいくら体を揺すっても、ルナは目を覚まさない。そのうち、セレクが気がついてくしゃみをした。
「ハークションっ。ううっ」
「寒いわ。ねぇ、ルナ、早く目を覚まして。焚き火をしましょう。ルナ!」
「姫様!」
「なによっ!」
リリアはセレクの突然の大声に驚いて言うと
「姫様、ルナの様子が変ですよ。ただ気を失っているだけじゃないかもしれません」
珍しく動揺している声でセレクが言った。
「やだぁ、ルナ、死んじゃったの?」
「大丈夫です。息はしています。とにかく体を温めないと」
「どうすればいいの?」
「姫様、薪を集めてください。焚き火をしましょう」
「薪なんて何処にあるの? わたくし、わからない」
リリアはいつもルナになんでもやってもらっていたので、どうしていいのかわからず、泣き出してしまった。
「ほら、そこに小枝が落ちていますよ。そういうのを集めてくればいいんです。泣いていてもどうしようもありませんよ。姫様!」
セレクが言うので辺りを見回すと、河原には小枝があちこちに落ちていた。それを泣きながら拾い始めた。
「ルナはわたくしの大切な、お友達なの、よ。なにか、あったら、困るもの。小枝くらいっ、ヒック、わたくしにだって、集められてよ。わたくしに、できない、こと、なんてないんですから」
ぶつぶつ言いながら、なんとか両手一杯に拾い集めた小枝を持ってきて、言った。
「このくらいあればいい?」
そのあと、セレクに言われるままに、柔らかい葉っぱをとってきたりして、ルナの体を横にする場所を作り、セレクと共にルナの体をそこに横たえた。
「姫様、上出来ですよ。やればできるじゃないですか」
「わたくしにできないことなんてありませんわよ」
「じゃ、なぜ今までルナに全てを任せていたんですか?」
魔法で薪に火をつけながらセレクが言った。
「ルナがいるからじゃない。当り前なこと聞かないで」
セレクは絶句した。リリアの思考にはついていけない。
ルナは一向に気づく気配がない。
「暗くなる前に私は、馬をとって来てしまいます。姫様、一人で大丈夫ですよね?」
「大丈夫よ、わたくしに任せておいて」
少々心配ではあったけれど、セレクは、ビダ山に登る前に置いてきた馬たちを取りに行った。辺りが薄暗くなる頃にはなんとか、二人の元に戻って来られた。
結局、ルナが目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎだった。体が温まって、血色も良くなった顔を歪めて、目を覚ました。ルナはリリアの元気な姿を見て、また深い眠りに入ってしまった。
「もう大丈夫ですよ、姫様。よくやりましたね」
リリアはセレクの言葉にほっとする。
「よかった。ルナに何かあったら、わたくし、生きていけなくなるわ」
「姫様……」
セレクは、リリアの言葉に不安を抱いた。ルナはそう遠くないうちに過去に気付くか、知らされることになるだろう。そうなれば、このままリリアの傍で暮らすことはできなくなる。その時、リリアは、どうなってしまうのだろうと。
なにより心配なのは、ルナがいなくなってからのことである。ルナが王宮に来るまでは、セレクがリリアのお守り役を一手に引き受けていたようなものである。しつけ兼教育係と言う名の者がいても、名ばかりで、リリアが気に入らなければ、一週間もしないうちにクビである。なんの役にも立っていなかった。
けれど、ルナが来てからというもの、ルナの言いつけを守り、リリアは勉強もしたし、我儘も減った。少なくともセレクの負担がかなり減ったのは、確かなことである。
こんな旅をしなければならない原因を作ったりはするけれど、それでも随分落ち着いてきていたのである。
そんな時にルナが離れて行ってしまったら、ルナが来る前以上に酷いことになりかねない。きっとセレクの手にも負えなくなるだろう。なにか策を考えておかなくてはならないかもしれないと、セレクが先のことを心配している横で
「ルナが大丈夫なら、わたくしも寝るわね」
と、ルナの横に寝てしまったリリアだった。
ぶつぶつ文句を言いながらも、リリアが集めた薪のお陰で、一晩中、火が消えることはなかった。
翌朝には、すっかり元気を取り戻したルナが目を覚ました。
「リリア、ありがとう」
セレクからリリアが薪を集めたことを聞いて、お礼を言った。
「いいえ、わたくし、あなたがいないと困るもの。このくらいのことできますわ」
それまでなにもしなかったリリアの言葉とは思えないとセレクはため息をつくのだった。




