no.11
三人は、翌朝、とりあえずアルバ山脈の麓に広がるプリマベラ高原へと向かった。
セレクが言うには、コンドルなら住処は山岳地帯になるばずだと。ペンサミエント王国には大きな山が二つあって、南にアブラソ山、北にアルバ山脈がある。アブラソ山は、白龍に会ったインファンタとインファンテからなり、そちらでは、コンドルの話は出なかった。となると、アルバ山脈ということになる。その麓に広がるプリマベラ高原で暮らす遊牧民なら、情報を持っているかもしれないということだった。アブラソ山に比べてアルバ山脈はかなり広大な山岳地帯である。むやみに山へ入ってもそこでコンドルに出会えるまでどのくらいかかるかわからない。情報網を持った遊牧民に聞いた方が確実に早くコンドルに会えると踏んだのだ。
半日掛けて馬を駆け、やっと出会えた遊牧民は、その辺り一帯では大きなほうで、二十世帯、十二テントで暮らしていると言う。
訪ねてきたのが王女リリアであることを知ると、遊牧を早めに切り上げて、皆で歓迎の祝宴をあげてくれた。
広場を中心に十二のテントが立ち並び、祝宴はその広場で行われた。若い者たちが歌や踊りを披露し、彼らが普段食べないような豪華なものも用意された。リリアは、大いに心から祝宴を楽しんでいた。
しかし、ルナとセレクはそれどころではなかった。
部族の長から聞いたところによると、百歳を超えるコンドルは、アルバ山脈の中央に聳え立つビダ山の頂上にいると言う。そのビダ山は断崖絶壁に囲まれていて、登ることは不可能とされていた。しかし、最近他の部族の勇敢な若者がこのビダ山に登り、コンドルに会ったと言うのだ。その若者はなんとか戻っては来たものの、体力を消耗しきっていて、帰った三日後に亡くなったらしい。
こんな話を聞いてしまったあとでは、祝宴どころではない。
長は、ビダ山の位置がわかる地図をくれたが、二人はそれを見つめて、途方に暮れていた。けれど、無理を承知でそこに向かうほかはなかった。
ゆっくりしていきなさいという長の言葉に甘えてこの夜は、ここで一晩を過ごし、翌日、朝早くにビダ山へと向かった。
山岳地帯に入って一休みして、また馬を進める。所々険しい場所があって、馬を下りて歩かなければならなかった。このまま進んでは、途中で馬を連れて行けなくなる。川のほとりに出た三人は、そこで馬を置いていくことにした。それぞれが荷物を背負い、歩き出す。山道は細く険しい。それでもリリアは文句を言わずについてきていた。
山に入ってしばらく歩いたところで、なだらかな斜面、すぐ横には岩肌が迫っていたが、この辺で休む場所を探すことにした。
辺りの様子を伺っていると小さな洞窟を見つけた。リリアが入ってみたいと言うので、ちょっと覗いてみる。洞窟はそれほど深くなく、行き止まりになっていた。
「これ、なにかしら?」
そこには、小さな祠のようなものがあった。
リリアは言うが早いか、不用意にそれを開けてしまった。
「うわぁ」
「きゃ」
目を開けていられないくらいの光が一瞬射して、すーっと消えると、祠の中から二つの光の玉が飛び出してきた。それはあっという間に三人の目の前で人の姿に変わった。一つは男に、一つは女に。
三人は、息をつめて、二人を見つめた。
「ありがとうございます。私達はこの山の神、カルネロとレチューサです。山の魔物によって、この祠の中に閉じ込められていたのです」
なんとリリアは知らないうちに、山の神を助けてしまったのだった。
「なんとお礼を言ったらいいのか……」
「一晩、ここで休ませてもらいたいのですが」
ルナがそう言うと
「助けたんだから、もっと大きなお願っ」
とリリアが言いだし、セレクに抑え込まれている。
「どうぞ、そんなことでよろしかったら。それから一つだけですが、願い事を叶えてくれる宝玉があります。それをあなた方に差し上げましょう」
そう言って、カルネロが祠の中から、半透明の緑の玉をルナに手渡した。リリアはそれを見て、やっと大人しくなった。
カルネロとレチューサは、本来の社に帰るということで、そこで別れた。三人は、祠がある洞窟で一夜を明かした。
翌朝、宝玉を出して……願い事は決まっている。ビダ山に登ることだった。
「わたくしが願い事を言うわ……私達をビダ山の山頂に連れて行って」
リリアがそう言うと、宝玉は、ルナの掌からスーっと浮き上がったかと思うと、足元まで静かに下りて、ふっと白い雲になった。三人がちょうど座って乗れるくらいの大きさの雲である。
「これ、乗れるのかしらね」
怖いものなしのリリアが先に足を出すと、なんとその雲に乗れるではないか。
「大丈夫よ、ルナ、セレク。ちゃんと乗れるわ」
リリアが満面の笑みで二人に言った。
ルナは恐る恐る足を出した。確かに感触がある。見た目は雲なのにふわふわした絨毯のような足触りであった。三人が乗ると、雲はふわりっと宙に浮き、ビダ山へ飛んだ。
リリアは雲の上で大はしゃぎである。
「こんなことをしたのは、この国できっとわたくし達だけよ。王宮に帰ったら皆になんて話してあげようかしら」
「あまりはしゃぐと雲から落ちますよ」
そう言ったセレクも実は、ワクワク、うきうきしているのだった。ルナもである。
どうやってビダ山に登ろうかと思案に暮れていたのに、リリアのお陰で思いもよらない体験ができてしまったのだ。
その頃、途方に暮れている一人がいた。呆然と立ちつくしている彼の名はフェリエ。王がリリアの為に内緒で後をつけさせた近衛隊長である。彼は、インファンテ山の時と同じように置いてきぼりをくらったのである。もっとも三人に責任はないが。
「いくら私でも、これ以上は無理ですね。あんなものを使われては……」
フェリエはビダ山に登るのを諦めた。
あの三人のことだから、今回も事なきを得て、コンドルの羽を手に入れ、次の目的地、妖精の住む島へ向かうため、島に一番近い港町マールに行くに違いない。これは先回りをして、マールへ行き、船を見つけておいた方がいいと考えた。
現在、妖精の住む島、ニンファ島とは、人の行き来はないと聞く。漁師でさえ、ニンファ島に近づく者はないと言う。ニンファ島に渡ってくれる船を探すのに苦慮するに違いないと考えたのだった。
フェリエは、ビダ山の西を回り、マールに向かった。
さて、雲に乗ってビダ山へ向かった三人は、一気に上昇したせいか、頂上に降り立って、しばらくは立ち上がることさえできなかった。気温も急激に下がり、かなり冷える。辺りは霧が立ち込め、視界は最悪である。
「こんなところに本当にコンドルがいるの?」
リリアは自分の体を抱きしめながら言った。
「そうね。コンドルが住むとは思えないけど」
ルナも辺りに目を配るものの、何も見えないため、不安になった。
「寒いわ、ルナ」
「少し歩いた方が体が温まるかもしれませんね」
ごつごつした岩肌に水分をたっぷり含んだ苔が張り付いているようで、足元はかなり悪い。植物もみな膝丈より低く、初めて見るものばかりだった。
多分ここは、年間の多くを霧に包まれていて、日が射すことも滅多にないのだろう。所々に小さな水たまりがある。妙な形態をとった生物がそこを住処としていた。
「ここにいるなんて嘘なんじゃないの?」
リリアがぶつぶつ言い出した。
すると一陣の風が吹き、みるみるうちに辺りの霧が晴れていく。あっという間に景色が変わってしまった。
ビダの山頂は円形で平ら。雲の上に浮いた、王宮の敷地より小さな湿地帯である。小さな小川が流れている。視界が開けてもやはり膝丈より低い植物しか見当たらなかった。
「なにもないじゃない」
リリアが言う通り、本当になにもない。
リリアが文句を言いながら、一歩踏み出そうとした時だった。どこからか声がする。
「足元に気をつけなされ」
「え?」
リリアとルナが足元を見ると、緑と緑の間に暗闇で底も見えない岩の亀裂があった。二人は血の気が引く思いだった。こんなところに嵌り込んだら、もう出られない。一気に地獄行きである。
二人が恐怖でそこから視線を外せずにいると、また声がした。
「お前さん方、どうやってここへ来たんじゃ。どう見てもその手足じゃ登って来れんじゃろうに」
声のする方を見上げてみると、翼を広げ、大空を旋回しているコンドルの姿が目に入った。
「コンドル!!」
リリアが叫んだ。
コンドルは、三人の前に静かに降り立った。かなり大きい。鋭い嘴に目。そして爪。人間を軽々捕まえて飛ぶこともできるだろう。
「山の神カルネロとレチューサに神玉を貰って、雲に乗ってきたのよ」
リリアは、コンドルを目の前にしても臆することなく言ってのけた。
「二人に会ったのか?」
「ええ、二人を助けたわ」
「そうか、あの二人を助けてくれたのか」
「あなたにお願いがあってきましたのよ」
「願い?」
「あなたの羽をいただきたいの」
「なんじゃ、そんなことか。二人を助けてくれたことだし……持って行くがよい」
コンドルはその嘴で自分の羽を一枚抜き取ると、リリアに差し出した。
「ありがとう」
「ところで帰りはどうするつもりだね。神玉の願いは一つだけのはずじゃが」
「えっ……」
「あっ……」
「へっ……」
三人揃って声が出た。なんと帰りのことを考えていなかった。乗ってきた雲は三人を降ろして消えてしまっている。
「人間と言うものは、愚かな生き物じゃな」
コンドルの言葉に返す言葉がない。
でもそこは立ち直りの早いリリアは、白龍の時のことを思い出した。
「あなたが送ってくれればいいのよ」
「悪いな。わしはこのビダ山より下には行けん。この年で山の下にある気流は激しすぎてな」
コンドルにそう言われてはどうしようもない。




