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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第一章
10/68

no.10

 青い月がネクタル湖の上で輝き、湖面にも映し出されていた。

 三人はベッドに入って、しばらくその静かな湖を眺めていた。

「あ、あれは……」

 最初に気がついたのはルナだった。

 ちょうど、森が湖にせり出したあたり、月の光を浴びて青白く輝くユニコーンが一頭森の奥から姿を現した。

「なんて幸運なのかしら。探しに行く前にあちらから出てきてくれるなんて」

 リリアは大喜びで飛び起きた。

「静かにして、姫様。驚いて逃げてしまいますよ」

 セレクが言った。

「様子が変ね。とても悲しい瞳をしているわ」

 しばらくしてルナが言った。

 ユニコーンは、月の光に照らされた湖面を見つめて、なんとその青い瞳から大粒の涙を落したのだった。

「きれい……」

 リリアはその姿を見て言った。

 悲しげなユニコーンの姿は、透明に近い青で、瞳は湖面の深い蒼を写し取ったような色をしている。頭に凛として立っている立派な角は、月の光に輝いて見えた。なんと美しいのだろうとリリアだけではなく、ルナもセレクも感動する一場面であった。

「なにかありそうだな」

 セレクが言った。

「なにかって?」

 リリアが訊ねた。

「それはわかりませんが……」

「ねぇ、ルナ、聞いてきてよ。気になるわ、わたくし」

「はい?」

 輝くユニコーンに見とれていたルナが驚いてリリアのほうを振り返る。

「私がですか?」

「そうよ。だってわたくし、蹴られたりしたら困るもの……」

 どう言った思考を持っているのか、リリアには困ったものである。しかし、ユニコーンの角の削り粉は必要である。折角、姿を見せてくれたユニコーンだ。この期を逃すことはできない。

「わかったわ。角の削り粉も貰わなくちゃならないし、行ってくるわね」

 ルナはベッドから出て、ゆっくりとユニコーンに近づいて行った。途中、小枝を踏んだ音でユニコーンはルナに気付いた。けれど逃げずに静かにルナを見つめるのだった。

「逃げないで、ユニコーン。話を聞かせて」

 ルナは、じっと見つめるユニコーンの瞳を見つめて歩いた。

 ある一定の距離に近づくとルナが訊ねた。

「一体何をそんなに悲しんでいるの?」

「君は?」

「ルナ。でも本当の名前かどうか……。生まれたところさえもわからないの。あなたの名は?」

「オラシオン」

「綺麗な名前ね。あなたのその姿にとても似合っているわ。涙も綺麗だけど、悲しい美しさね」

「毎夜、僕はここに来るんだ」

 湖を見つめてオラシオンは答えた。

「何かあったのですか?」

「僕の恋人がこの湖で命を失くしたんです」

「恋人?」

「僕たちが最後のユニコーンだったんです。子孫を残すことももう叶わない。僕が正真正銘、最後のユニコーンになってしまいました」

「なぜ、湖なんかで……」

 その問いにユニコーンは語って聞かせてくれた。

「狩人に騙されたのです。僕が待っていると狩人に言われて、彼女は船に乗りました。僕にその心の言葉が届いたときには、既に船は出ていて……ここに立つ僕の姿を見つけて湖に飛び込んだのです。けれど二度とは姿を見せてはくれませんでした。両足にロープが巻かれていたんです。泳ぐことすらできなかったのでしょう。僕がもっと早く気づいていれば……」

「なんてひどいこと……ごめんなさい。ごめんなさい……」

 ルナは人間が彼らにしたことに耐えられなかった。

 ユニコーンの傍らで座り込んだルナの姿を見ていたリリアとセレクは、

「何やっているのかしら、ルナったら。でも蹴られなくてよかったわね」

「そうですね」

 などと、観客は気楽なものである。

 涙を流しながら何度も謝るルナをオラシオンは見下ろした。

「ありがとう。人が皆、あなたのような心を持っていたなら……」

「オラシオン……」

「ところであなた方は、こんなところへ何をしに来たんですか? 狩人でなければ、こんなところで野宿などしないでしょうに」

 ルナは、一瞬躊躇ったが、折れた杖のことを話し、それを元に戻すにはユニコーンの角の削り粉が必要であることを告げた。

「そうだったんですか。それで僕に会いに……」

「はい」

「あなたになら差し上げてもいいでしょう。どうぞこの角を削ってください」

 優しい言葉にルナは立ちあがって、オラシオンを見つめる。

「どうぞ、遠慮はしないでください」

「でも痛くはないのですか?」

「大丈夫ですよ。角は痛くはありませんから」

 そう言ってオラシオンはそっと瞼を閉じた。

「それじゃ、お言葉に甘えて……ほんの少し……」

 ルナは、持ってきた小さな刀でそっと角を削らせてもらった。

「ありがとうございます。あなたのお陰で私の友人は助かります」

「いいえ、気をつけて旅を続けてください」

「あなたもお元気で」

 ルナは、そっとユニコーンの首をなでて、頬をつけた。それから

「さようなら」

 そう言って、リリアとセレクの元に戻ってきた。

「ユニコーンに角の削り粉を貰って来たわ」

 小瓶を見せるルナは、涙にぬれた瞳をしていた。

「ユニコーンと話をしてきたの?」

「はい」

 そしてユニコーンから聞かされた話を二人に聞かせた。話しているうちにルナはまた涙を流して、聞いている二人も言葉を失くしていた。

 けれど、突然、リリアが言った。

「ユニコーンは、人の言葉を話せるの? 白龍のように」

 白龍と出会ったときは、白龍が人の言葉を話してくれたので助かった。

 ルナは、今あったことを思い出して、そういえば、会話をしていたという感じではなかった。ユニコーンは人の言葉を話していなかったように思う。でも話は通じた。

「人の言葉は……話していなかったと思うわ」

「じゃ、どうして話ができたの?」

「それは、そのぉ、私にもよくわかりません。ただ、ユニコーンが言いたいことがちゃんと伝わってきたというか、そんな感じです」

 ルナがそう答えると

「ねぇ、どんな風に伝わってきたの? ちゃんと言葉で伝わってきたの?」

 と、何度も訊ねた。

「姫様、そんなに気になるようなら、ご自分で行って話してくるといいですよ」

 セレクが言った。

「いいわよ、もう。わたくし、寝るわ」

 セレクに言われて不貞寝してしまった。

 涙でぬれていたルナの顔にも笑顔が戻っていた。

「ルナ、あなたならユニコーンと上手く話せると思いました。よくやりましたね。ユニコーンと話をして疲れたでしょう、ゆっくりお休みなさい」

「はい」

 体の疲れというのではなく、どこか緊張していたような疲れがあった。セレクはそれに気づいていたようだった。そしてなぜ私ならとセレクは思ったのだろう。どこか私自身より私を知っているような節があるセレクだったが、ルナは、それをあえて聞かなかった。なぜか今は聞いてはいけないような気がしたのだった。


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