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ESCENA  作者: 湖森姫綺
第一章
1/68

no.1

 時は、フラワー歴十年。ペンサミエント王国、国王サイラス王在位十周年を記念する祝賀パーティーも終わり、王宮には、また退屈な日々があるだけだった。

「つまらないわ。ずーっとパーティーだったらいいのに」

 窓から外を眺めながら、そんなセリフを言ったのは、今年十五歳になる王女リリア姫。いずれ王位を継承するたった一人の王女ということもあって、大切に育てられ、天真爛漫に成長した姫である。

「姫様、そのようなことはお父上の前ではおっしゃらない方がいいですよ。また叱られます」

 何やら怪しげな液体の入ったフラスコを見つめながら、そう言ったのは、王宮付きの魔法使いセレクだった。セレクのいるこの研究室は、リリアにとって、退屈な王宮で唯一話し相手のいる場所でもあった。

「そう言えば、新しいしつけ兼教育係は決まりましたか?」

「ええ、今日来るはずよ。リラ地方を治める領主のところで働いているメイドらしいけど、私と同じくらいの年だってことよ」

「ああ、彼女ですか」

「あら、セレクは知っているの?」

「はい。実は私が推薦したんですよ」

「そうだったの。で、どんな子なの?」

「先日のパーティーで領主様のお供で来ていたんですけど、メイドというよりは、領主様は娘のように可愛がっておられるそうです。領主様が森で倒れている彼女を助けて、引き取ったらしいんですが、それまでの記憶をなくしていて何もわからないそうです。パーティーで姫様も会われていると思いますよ」

「そうなの?」

「銀色の髪をした少女です。姫様なら目に留めていらっしゃるはずですけど」

「あっ、いたわね、とっても綺麗な銀色の髪をした子が! あの子なの?」

「はい。少し話をしましたが、姫様にはいいお相手になるかと思いましてお勧めしたんですよ」

「セレクがそう言うのならいいかもね。楽しみだわ」

「すぐにクビになんてしないでくださいよ。一週間で三人も首にしたなんて国民に知れたら恥ですからね」

「私の気にいった人なら、クビになんてしないのよ」

「姫様の気に入るようにしていたら、彼女たちのいる意味がなくなりますよ」

 リリアとセレクの間でこんな会話が交わされていた午後、1台の馬車が王宮に入った。話題に出ていたリリアの新しいしつけ兼教育係……とは言っても実のところ姫様のお守役といったところだろうか……のルナだった。

 リリアはルナを一目で気に入った。

 二人は対照的で、リリアは明るく輝くブロンドの巻き毛、瞳はライトブルー、ビビットカラーが似合う色白ですこしぽっちゃり目、明るくはっきりした性格の姫様。

 ルナは透き通るようなシルバーのストレートロングで腰までの長い髪、瞳はシルバーブルー、寒色系の似合う色白で痩せた、落ち着いてみえる少女。

 身長はふたりとも160センチ前後。

 ついでにセレクはというと艶のあるブラックストレートの長い髪を右耳の後ろで束ねて前に垂らしている、瞳は深みのあるグリーン、言動が男性的なのでよく間違われる、170センチですらりとした体型の、しっかり者の魔法使い。

 リリアはルナが来てから、それまで嫌がっていた勉強の時間も大人しく受けるようになった。

 セレクが策を練り、大人しく勉強を受けてからでなくては、ルナとの時間が持てないようにしていたからだった。これは功を奏した。

「ねえ、ルナ。その不思議なピアスはいつからしているの?」

「わかりません。倒れていた時には、つけていました」

「なぜ森に倒れていたのかもわからないの?」

「はい」

「ルナっていう名前は?」

「私が倒れていた時、傍に小鳥が一羽一緒にいて、その小鳥が私をルナと呼んでいたそうです」

「小鳥?」

「はい。とても珍しい鳥だったので、領主様も弱っているその小鳥の治療をしてくださったのですけど、残念ながら私が目を覚ます前に亡くなってしまったそうです」

「それでルナなのね。なにも思い出せないの?」

「最初の頃は、思いだそうと努力したんですけど、今は自然に思いだせるのを待とうと思っています」

 今までのお守り役は、ほとんどが貴族の令嬢ばかりで、リリアにとってつまらない相手だったが、ルナは彼女たちとは違った何かを秘めていてリリアの興味は尽きない様子だった。

 これなら長続きしそうだと、王以下全てのものが二人の様子を見て思えたのだった。

 リリアは、王位を継承するために多くのことを学ばなければならなかった。

 国の歴史や帝王学、言語学も文学もこの国のものだけではなく、隣接する他国のものも習得しなければならなかった。

 そんなリリアの傍でルナは、彼女を励まし、時には叱り、彼女がスムーズにそれらをこなせるように手助けする役目を果たしていた。

 そしてルナは、王女としてというのではなく女性としてできなければならない幾つかのことをリリアに教えていた。

 そのひとつが編み物で、リリアにとってそれは学問より難しいものだった。

 リリアは最初に出された課題のストールを手に負えず、器用なセレクに頼んで編んでもらい、それをルナに手渡した。

 綺麗に仕上がったそれを見て不思議に思わないわけはない。なにせ編み方を教えるのに一週間かかったのに、三日で文句のつけようがない仕上がりなのだから。

 セレクが編んだのはすぐに分かったので、ルナは、セレクに姫様の為にもう手伝わないで欲しいと頼んでから、もう一度同じ課題を出した。

 リリアは、またセレクに頼んだが、セレクはそれを断った。これまで我儘を言うリリアの頼みを断ったことは、ほとんどない。

 リリアは、それに腹を立て、セレクが研究室にいない時に、セレクが大事にしている魔法の杖を持ちだしたのである。ほんのちょっと困らせてやるつもりで。

 ところがなんと持ち出す際に誤って折ってしまったのである。


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