そこに愛はあるか
――どこかで見たことがある。
と、私こと、西松 玲花、当時13歳は、強烈な既視感を抱きながらも、母から再婚相手である男性と男性の一人息子を紹介された日、淡々と儀礼的に頭を下げたがが、妹の桃花、当時10歳はまるで何かに酔っているかのように頬を染め、これから義兄になるであろう少年を見つめていた。
今となって思い返してみれば、その時にはっきりと自分の記憶を司る海馬の中に紛れ込んでいた、異質な存在を最後まで掘り起こしてさえいれば、今になってこんな茶番劇に巻き込まれていなかったのだろうかと、後悔と無念さだけが私の心を占領している。
シングルマザーである母が再婚してはや6年。
西松姓から母の再婚相手である鷹酉姓になった私は、義父や義兄、妹と母が暮らす家から高校卒業と同時に独り立ちし、今は気楽に一人暮らしを送りながらそれなりの企業で働いており、充実した日々を過していた。
そんな私に反して妹の桃花はこの春高校へと進学し、青春を大いに満喫しており、ついでに義兄の陵一や、高校の先輩、後輩、果ては教師に目一杯愛想を振りまき、《全員仲のいいオトモダチ》関係を築き上げ、一部の女子生徒や実姉である私に陰で苛められているらしい。
勘の良い人たちならばこの時点でおおよその見解はつくころだろう。
そう、私が生きているこの世界は、近年ネット小説やもはやメディア関連にまで出尽くした感のある恋愛シミュレーションゲームの世界であり、そして私は妹をいびる禁断の義兄ルートの障害キャラクターで、悪役という立場にある。
まあ、確かに義兄の陵一は見た目もよろしく、将来は義父の跡を継ぐべくして私が勤める会社の取引先で母の旧姓である西松姓で働いている。
因みに役職は28歳という若さで課長らしい。
あり得ない。
絶対とは言わないが、あり得なさ過ぎて最初知った時はやっぱりこの世界は創られた世界なのだとがっかりした記憶がある。
いくら転生したとはいえ、現実世界だと、個々の意思がある西松 玲花だと思って生きてきた13年間を否定されたような気持に初めて侵されされた時、私はこの世界に期待する事を止め、恐らく妹が望むであろう妹に無関心な姉として振舞い、私にとって唯一の救いである一人暮らしを手に入れたというのに、まだまだ妹の為だけに創られたという(妹・談)世界は私を解放してくれるつもりはないらしく、現在進行形で苦境というか面倒な立場に立たされている。
「―で?なんのつもりだ、玲花。鷹酉の名を使って随分この会社に迷惑をかけているようだな?」
現在、私は嬉しくもない、義兄によって会社のロビーの一角で壁ドン(もう廃れている萌え要素)をされ、理不尽に等しいのに叱られている真っ最中。
時間は終業直後というだけあって人通りが多いというのにこの義兄、もとい、妹と禁断の関係に酔っている愚兄野郎は人目を何とも思わないのか、私を容赦なく追及してくる。
こっちは愚兄のせいで強制残業決定的だと言うのに、いい御身分である。と思ったところで、この愚兄の立場を思い出し、ああ、元々御曹司様でしたね、ハイハイ、そうでした、と一人で納得し、ヒールで足を踏みつけてやり、その痛みで緩んだ隙に拘束から逃れ、嘲笑を一つくれてやる。
「馴れ馴れしく名前を呼ばないでくれますか、西松サン?私はアナタと違って鷹酉の名に恥じぬ振舞いを心掛けているつもりです。独りよがりなナルシズムの塊で孤高に酔っているようなアナタと違って、ね」
このくらいの毒くらいならば赦されよう。
妹とも呼びたくない尻軽によれば玲花は、義兄に歪んだ愛執を抱いているらしいので、このくらいならば妹の世界に影響を及ばさないだろうと、楽観的に考えていた。
だからこそ私は後に混乱する。
何故こうなってしまったのだと。
★
その日、私は偶然にも尻軽な妹のデート現場を目撃し、せっかくの休日の気分が萎えてしまい、楽しみにしていた行先を変更しようとし、振り返った直後である。
「っぶ、」
誰かとぶつかってしまったらしく、思いっ切り派手に転びかけたが、なぜか転ばずに手首を掴まれ、何とか転ばずに済んだ。
ゆえに、行為は乱雑だが助けて貰ったことには変わりなく、そのお礼を言おうと顔を上げた私は、その光景にヒヤリとした空気を感じ、思わずビクリと震えてしまった。
何故ならばそこには、夜叉がいたのだから。
「――玲花、お前はアレの振舞いを昔から知っていたんだな?」
「え?知ら「知っていたんだな?」
否定を赦さないその凍て付いた声音に、私はガクガクと力強く頷き、それを見るや否や愚兄は、半ば私を強制的に引きづるように、妹とオトモダチが遊んでいる現場に奇襲をかけ。
「――桃花、恋人とデートか?」
「――ぇ?お、お兄ちゃん?」
「それならそうだと言ってくれれば良かっただろう。心配して迎えに来てみれば」
笑っているのに、笑ってないという現象をご存知だろうか。
それを間近で見たことのある人は少ないだろう。
でも本気でそれを間近で見た人間は、少なくとも数日は魘されると思う。
主に恐怖で。
私は愚兄に手を繋がれたまま(嬉しくない)、愚義兄と妹と妹のオトモダチ(美形限定)の非常に冷たく恐ろしい修羅場を見学させられ、最終的には夜が深くなった頃、都内のホテルのラウンジで、愚義兄を慰め、次に目を覚ました時には、裸で義兄とホテルのベッドで抱き合っていた。
当然、私は困惑し、混乱し、義兄が眠っている隙に逃げようとしたが、人の気配に敏感な義兄によってそれは叶わず、それからなんやかんやと色々と過し、周囲が落ち着くだけの月日が経った頃には。
「ハハハ...。私が兄サンの妻って、妻って何さ」
「玲花、ありがとう。疲れただろう?」
薄いピンクのカーテンが引かれた個室で、やけに美形な赤子を腕に抱き、愚兄と思っていた元義兄の子の母となり、妻となっていた。
そこに愛があるかどうかは、私はまだ答えを出せないでいるが、少なくとも後悔はしていない、と思う。
玲花:前世の記憶持ちだが、前世の記憶に頼らず家から独立したと思いきや、最終的に義兄に喰われる。
陵一:玲花に嘲笑されるまで恋に酔っていた愚者。後、もう一人の妹の本性を調べ、失恋し、玲花に慰めて貰っていたのに、あっさり手を出すやっぱり愚者。というか最低な男?かも。
桃花:玲花と等しく転生ヒロイン!!と勘違いしていた痛い少女。義兄とオトモダチの一人の修羅場を他のオトモダチに見られていた為、学園では白い目で見られることに。
母:鷹酉父に見初められたホステス
父:打算目的(金と顏)目当てで近づいてきた玲花と桃花の母をそれと知りながら結婚した策士。近い内に子供を産んでもらう予定