第二章 第六話 きっかけ
「好きなの」
俺は今、幼なじみに告白されている。
何故、この状況になったのか、訳が分からず、困惑していた。
とりあえず、状況を整理してみよう。
確か昼休みに、幼なじみの五十嵐 茜に「屋上にきて」と呼び出された。
屋上に行ってみると、茜が、フェンスに背中を預けて、俺を待っていた。
俺が、「何だ」と聞いてみると、何故か「好きなの」と言われた。
要するに、茜が、俺に告白する為に呼び出された。
とりあえず、俺は幼なじみに告白されているってことはわかった。
だが、次の問題があがった。
茜に、どうやって返すか、だ。
もし、下手に返したら、茜との関係が一気に崩れる。
昔からの幼なじみだし、できれば、破綻したくない。
だが、あいにく、茜に恋愛感情は、一切抱いていない。
持ってないのに、「はい」って言ったら、茜がそれを知ったときが、可哀想である。
さて、どうするか。
と思っていると、
「駿?」
茜が、沈黙の空気に耐えきれず、口を開く。
「はい?」
「聞いてるの?」
「聞いてるけど」
「じゃあ、答えて」
風が、茜の髪をなびかせる。
茜は、中学に入ってから、どんどん綺麗になっていき、今では、三本の指に入るほどの美少女になった。
まぁ、俺にとっては、何も関係ない。
俺にとって、茜は、《昔からの幼なじみ》で《唯一の女友達》というだけである。
「あのさ…」
俺は口を開く。
「何?」
「返事は後じゃダメか?」
「ダメよ」
「えー」
「何で後なのよ」
「いや、だってさぁ…」
俺は、頭をくしゃくしゃとさせ、
「いきなりさぁ、告白されたら、誰だって混乱するだろう?」
「私は、そうじゃないけど…」
ちょっと不機嫌そうな顔になる。
「わかった。待ってあげる」
「何で、そんな上から目線なんだよ…」
「だって、私は待つ方だし」
「あっそ」
とりあえず今は、なんとか窮地を逃れた。
「明日までなら待ってあげるから」
考える時間は十分できた。
とりあえず、その中で考えることにするか。
心の中で、ほっとしながら、屋上を後にした。
――――――――――
「じゃあ、断られてないんだよね」
「…まぁ、そういうことになるよね」
私は、さっきのことの顛末を、裕佳梨に話していた。
「まぁ、確かに、急に言われても困るからね」
「私は困らないわよ…」
私は、困らない。
最初は、確かに私だって、混乱した。
でも、あまりにも、それが多すぎて、慣れてしまった。
さっくりと断るだけなんだから。
そう思えば、簡単であったから。
「まぁ、茜はモテるからね」
「好きで、モテてる訳じゃないの」
「そっ」
私は、モテたくて、モテてる訳じゃない。
ただ、私は、駿の気を引きたくて。
駿、ただ一人にモテたくて。
だから、中学に入ってから、頑張って可愛くなろうとした。
シャンプーの種類とかも気にし始めたし、髪型とかも懲り始めた。
服とかも、勉強しはじめた。
そしたら、他の男子にはモテはじめた。
でも、どうでもよかった。
駿に、見てもらいたかった。
でも、駿は、全然気にしてなかった。
気にしなさすぎであった。
私は、《友達》以上にはなれなかった。
このままでは、私は、永遠に《友達》でしかないのた。
だから、賭けてみることにした。
下手をすれば、駿との関係は破綻してしまう。
それでもいい。
しょうがないから。
このまま、駿とずっと《友達》として一緒にいるのは、辛いから。
結果は、明日。
まぁ、目には見えているが―。
――――――――――
「おい!駿!」
放課後、今にも帰ろうとしていると、修次に声をかけられた。
「何だよ」
「聞いたぞ!」
やけに興奮している。
まさか…、嫌な予感しかしない。
「お前、五十嵐にムギュ!?」
やっぱり当たった。
構えておいてよかった。
あ、口だけじゃなくて、鼻も塞いでた。
修次の顔が真っ赤になり、塞ぐ俺の手を剥がそうともがいている。
俺は、手を離すと、修次は、おもいっきり、息をはいて、おもいっきり吸った。
「何してくれてんだよ!」
「お前が下手なことを言うからだ」
「俺、まだ言いっ切ってないぞ」
まだ、ゲホゲホと咳き込む修次を放って、俺はそそくさと帰ろうとする。
「あ、ちょっ、待っ…ゲホゲホ!」
さすがに、このまま置いていくのは良心が痛むので、待ってあげることにした。
「さすがに、このまま置いていくのは良心が痛むので、待ってあげることにした、でも思ってんだろこのエゴ野郎!」
何で、分かるんだよ、お前。
「お前の親友だからな」
「いや、だから、何で分かるんだよ」
「まぁ、いいじゃん」
修次は、さっさと帰ろうとする。
あ、あいつ一人で帰るのか。
なら俺も一人で帰ろう。
修次と別方向に向かう。
「え!あ、ちょっと待って!!」
後ろから、修次が叫びながら、あわてて、こっちに走ってきた。
「やっぱり、コクられたんだ」
「やっぱりって…」
俺は、修次と一緒に、帰り道を歩いている。
談笑していたが、ほとんど茜についてだった。
「五十嵐って、駿のこと前から狙っていたからなぁ」
「…。いつからだよ」
「小六ぐらいからだろ」
小六…。
確か、その時から、やけに服装とか、気にし始めたし。
髪型とか、後ろでまとめるぐらいしかしていなかったのに、急に団子にしたり、編み込みにしたり。
当時は、(あいつでも、女の子だもんなぁ)位しか思っていなかった。
今、思えば、好きな人の為に可愛くなろうとした、恋する乙女だったんだな。
中学からも、ますます可愛くなっていったのは、それの延長線だったと…。
…うわ、ごめんなさい。
俺、四年間、全く気づいてなかったわ…。
鈍感にも程があるだろ…。
「とりあえず、馬鹿なほど、鈍感なお前は、それに気づかなかった。だから、気づかせるために告白したんだよ」
「…そっか」
そして、俺は、その思いにやっと気づいた。
でも、俺は、気づいても、その返事は変わらない。
どうやったらいいんだよ。
「あのさ、駿」
「なんすか」
「振る気なのかよ?」
「…そうだ」
もし、俺が「はい」的なことを言ったとしよう。
でも、俺は、茜に恋愛感情を抱いていない。
付き合ってから、恋愛感情を抱くことがあるとは、言うが、俺にはその自信が全く無い。
そんな大事な感情無しで付き合っていたら、茜が一番傷つく。
ならば、「振る」ということにしかならない。
いや、それしかできないのだ。
「ふーん」
修次は、なんとも興味が無さそうに返事をした。
「…そっか、振るんだ。振るのか…」
「何か言ったか?」
「別に?」
修次は、「俺は、こっちだから」と言ってそそくさと帰っていった。
俺は、一人で道を進んでいく。
「さぁ…って」
どうしよう。
そう思い、とぼとぼと進んでいくのだった。
――――――――――
「今回は恋のもつれか…」
自らの家へと帰っていく少年の背を眺める少女。
しかし、大人びた口調で。
赤いブーツに、サイズがあまりにも大きすぎる黒いパーカー。
深く被ったフードから僅かに見える口元。
それは微笑で。
「面白いことになるかしら?」
――――――――――
「うん?」
俺は、ふと気配を感じ、後ろを振り向いた。
そこには何もなかった。
「…帰ろ」
俺は、家の方へ向き、歩き始めた。
夏の終わりを告げる秋風が吹いた。
―――――――――
駿は、五十嵐を振るらしい。
何となく、そんな気がした。
あいつは、五十嵐を《幼なじみ》としか見てなかったからだ。
昔も、今も―。
俺は、違った。
ずっと好きだった。
五十嵐が好きだった。
昔から。
ずっと―。
好きだった―。
でも、五十嵐は振り向いてはくれなかった。
五十嵐の目線は、ずっと駿に向かれていた。
それでも、あいつは―。
俺は、サイトを開く。
黒い壁紙に、赤いクローバーが枠に散りばめられた、不思議なサイト。
そのサイトの上には黄緑色の文字で書かれた、
《五葉のクローバー》
と。
――――――――――