閑話 シロと宮崎春人
第一章と第二章の中間の、本当に短い話です
夜。
蝉が鳴かないほどの熱帯夜。
一人で、ホラゲーをしていた。
あの有名なゾンビのそれである。
とりあえず、群がってくるゾンビをバンバン撃ったり、爆弾を投げたり、逃げたりしていると、逃げたさきには何とゾンビが。
あわてて、銃を構えた瞬間―。
(ジャジャジャジャジャジャーン!)
突如、俺の後ろで、大音量の第九がなった。
あまりにも大音量だったので、驚いた瞬間にゾンビにやられた。
「チッ」
舌打ちをして、電話に出ると、
『出るのが遅いんじゃない?』
かけてきたのは、やっぱりあいつだった。
幼い女の子の声と、大人びた口調がやけに矛盾したあいつ。
「しょうがないだろ、ってかボリュームあげたのお前だろ」
『だって、そうでもしないと気づいてくれないでしょ』
まぁ、その通りである。 実際、バイブか、いつものボリュームだったら、ホラゲーに夢中で気づかなかったからな。
「…で、何のようだよ」
『迎えに来てほしいの』
「…お前だったら普通に戻ってこれるだろ」
『歩いて帰るのは面倒くさいわ』
「…ったく、場所は?」
電話の向こうで、あいつがほくそ笑んでいるのが目に見えてくる。
『場所は―』
「何で俺が自転車漕いで迎えに行かなきゃ行けねーんだよ…」
ぶつくさいいながらも、結局漕いでいる俺自身に苛つきながら、自転車を進めていく。
とりあえず文句言ってやる。
せっかく、難解ステージをクリアしようとしてたのに。
「あぁ、もう一回やり直しかよ…」
しばらく漕いでいると、
「あぁぁぁぁ…!!」
女の悲鳴が聞こえた。
しかも方面は、あいつが言った場所の方面だ。
「…」
きっと、今の女も、誰かを呪って失敗したんだろう。
「女って怖っ…」
そして、またしばらく漕ぐと、目の前に、誰かが立っていた。
近づいてみると、赤いブーツに、すらりとした、白く、細い足。
夏なのに、少し大きめの黒いパーカーを着込んでいた。
フードは被っていなかった。
月光で白く輝く白髪に、爛々輝く黄緑色の瞳。
存在が異質で、でも、それが、この世に存在しないほど美しくて―。
「春人。どうした?」
あいつ―シロ―が、不思議そうな顔でこちらを見る。
「…ったく、わざわざ呼ぶ…」
言い切る前に、ふと、シロの足下を見てしまった。
「…」
シロの足下には、うつ伏せに倒れている女がいた。
身体全体には、僅かに、黄緑色の蔦の痕が見える。
そして、たまにピクピクと痙攣しているのを見て、気持ち悪くなった。
「すまないものを見せてしまったな」
シロが申し訳なさそうに言っているが、表情には、全く出ていない。
「とりあえず帰るわよ」
「俺が、漕ぐんだぞ?」
「関係ないわ」
いつの間にか、シロは、子供の背の状態に戻っていた。
確か昔、シロが言うに、他の人に呪いをうつした時に、副作用で、一旦あの姿になるらしい。
…俺としては、一生あの姿の方がいいんだがな。
「ねぇ、早く漕いでちょうだい」
シロは既に、自転車の後ろに飛び乗っていた。
「…ったく、分かったよ」
「一応、私は年上よ」
「だから、どうした」
「敬語くらい使いなさい」
「…分かりましたよっ」
俺は、自転車を跨ぎ、漕ぎ始めた。
「…」
「…」
沈黙の空気のまま、自転車は進んでいく。
「…春人」
俺の腰に抱きつく、小さな腕に、力を込められる。
「ごめんなさい、あんなところ見せてしまって…」
「…?何いってるんだ?」
「助けて…くれた…のに、あんなとこ…見せ…て…」
「おい、シロ?」
後ろを見ると、シロは、フードを深く被っていて、顔がよく見えないが、寝息をたてているのが聴こえる。
「…まぁ、こいつも人だからなぁ…」
俺は、前を向いて、漕ぎ始めた。
月は、大きく傾いていった。
第二章 開始