スクランブル〜釘野悠里の憂鬱・前編〜
文化祭の生徒会編です。
「見つめられたら」でちょろっと出てきた彼らの話です。裏話的な〜。
これ単体でも読めます。うっす。
「あー……やってらんねぇ……」
生徒会の書類をまとめながら、釘野悠里は溜息をついた。
本日、文化祭当日。
時刻は現在……午前七時、ジャストだ。
手近な書類にホッチキスを止め、そこに積み上がった書類の上に放った。
生徒会室にいるのは、悠里一人だけ。
あとのメンバーは個々の仕事場に着いている。
悠里は、手帳を取り出し、このあとの自分のスケジュールを確認した。
【PTA挨拶回り→違反品所持をしていないかの確認(一年)→放送部挨拶(妹)→生徒会招集】
「はぁぁ……」
やることの多さに、悠里は、早くも【憂鬱】を感じた。
【憂鬱】というよりは【やってられるかっ!】って感じなのだが……。
「は……まあ、とりあえず挨拶回りに出よう。会長、一体どこに行ったんだ……?」
「生徒会副会長、釘野悠里です。本日はPTA役員の皆さん。出店のほど、よろしくお願い致します」/対PTA役員の方々
「一年、所持品検査だ! 生徒会副会長、釘野悠里。違反品、主に凶器となるようなものの持ち込み。また、平常通り、タバコや酒など…年齢的に違反したもの。その他、花火類などの危険物は即刻取り上げだ!! 先に生徒会に渡しておけば、ちょっとは目を瞑る! 出すなら出せ!!」/対一年生×7
もうこの時点でかったるくてやってられなくなってきた悠里だが、それでもなんとか、次の放送部までやってきた。
放送部の部長は、彼の双子の妹・釘野千代だ。
放送室の扉を、コンコンとノックする。
「はーい」と声がしたので、悠里は扉を開いた。
「あ、お兄ちゃん。どうしたの?」
中にいたのは、妹の千代だけだった。
「いや、挨拶回りに来たんだが……お前だけか?」
「うん。あとはみんな、クラスにパンフレットとか貰いに行ってる。私のは春日ちゃんが取ってきてくれるから、今は留守番中」
「そっか。……あ、顧問は?」
「野外ステージの機材の確認」
「あー……」
千代がニコニコと笑う。
「ほら、挨拶回り。しなくて良いの?」
「千代相手じゃなぁ〜……」
悠里は、腕を組んで溜息をついた。
「よし。じゃ、放送部。今日一日、よろしく」
「うんっ!」
互いに笑いあう。
「じゃあ、俺、生徒会の招集あるから」
「頑張ってね。お・に・い・ちゃ・ん」
ウィンクした千代を見て、彼は何も言わず部屋を出た。
……彼曰く、妹をあんな風に育てた覚えはない。とか。
「遅いぞ副会長」
「……会長」
生徒会室に帰ると、部屋の前で何故か会長・水無月あかりが仁王立ちしていた。
「挨拶回りしてきた俺に、その言い方はいかがなんですか」
「おつかれ」
あかりが軽く笑った。
「おっそいぞぉ! ゆーちゃん」
中にはいると、会計の加勢美優がぬいぐるみを投げつけてきた。
悠里が避けると、ぬいぐるみはずどんっと言う音を立てて地に落ちる。
「っ、あぶねぇ……。ところで、鏡子さんは?」
「三年の違反物取締り。てきとーにやっといてって言ったのに。これは、マジで粛正してますな」
椅子に座り、足を組むあかりがお茶を片手に言う。
「きょーこちゃん、真面目だもん」
美優がそう言ったところで、部屋の扉が開いた。
「……ただいま」
「おかえり鏡子」
「ぉっかえりぃ!」
彼女が手に持っている角材に血がついているが、それは誰も突っ込まない。
現在、午前八時三十九分。
「書類揃えよし、挨拶回り完璧。違反品取締り確認! あとは当日の違反者取締りと、遊びまくるだけ!」
立ち上がって、あかりが不敵に笑う。
「九時になったら、開場アナウンス。放送部へ行くぞ」
「おーっ!」
美優が元気に手をあげた。
「落し物と迷子が出たらこっちにメモ入れてね。あ、催し物はこっちだから……」
部員たちに指示を出す部長。
「おーい。放送部〜」
あかりに呼ばれ、千代が顔をあげる。
「生徒会さん」
「今日は一日、よろしくお願いします」
副会長である鏡子が、スッと頭を下げた。
「よろしく〜!」
パタパタと手を振る美優。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ニッコリと笑って、千代がお辞儀する。
「じゃあ、九時になったら文化祭開催の放送頼むな」
「はい」
現在八時五十六分。
「生徒会は仕事?」
「一応休憩はあるが、ほとんど見回りだな。放送部は……」
「迷子と落し物の呼び出しに、催し物のお知らせ。野外ステージの音響の調節に、舞台の司会」
それからぁ、と指を折って話す千代。
「放送部って……忙しいんだなぁ」
「でも、楽しいし」
こともなさげに、彼女はそういって笑う。
「部長さーん。そろそろアナウンスの準備いれてー」
「はーい」
あかりに呼ばれ、マイクの前に歩きだす。
「今日一日、頑張ろうね。生徒会副会長」
「あぁ、そうだな。放送部部長」
時刻は九時ジャスト。
『ただいまより、第八十四回みなつき祭を始めます!!』
ここに、波乱の文化祭が開幕した。