見つめられたら 〜I fallin' love with you〜・3
三、二、一!!
『ただいまより、第八十四回みなつき祭を始めます!!』
放送部部長・釘野千代の声で、文化祭が始まった。
クラスの人間が歓声をあげ、あらゆるところでクラッカーの鳴らす音が聞こえた。
「り、りー君」
エプロンドレスを着た花穂が、俺に近寄ってくる。
俺は、ウェイターの格好に着替え終えたところだった。
「…ん?」
「あの…」
「店長ー!! あと補佐ちゃーん!!」
クラスの宮内洋一がニマニマと笑いながら近づいてきた。
「なんだ?」
「どうした?」
「はい!」
洋一が、持ち歩き用の看板を俺に渡した。
「あ?」
「これ持って、二人で校内を徘徊してきて」
周りを見渡すと、クラス中の人間が俺たちを見ていた。
そして、花穂を見て…ガッツポーズ!
……はぁ?
「あ、う…りー君、行こう?」
「あぁ」
俺たちはクラス全員に見送られて、模擬店の宣伝に向かった。
窓の外を見ると、一般客も入場を開始していた。
「一般客も多いな」
「え、あ…そうだね」
「花穂。補佐に立候補してくれて、ありがとな」
「…………だって、その…やりたかったから…」
…そんなに補佐がやりたかったのか。
花穂が顔を真っ赤にして、俯いている。
俺は、周りの人間に看板をぶつけないように注意を払った。
「あ、りーぃくーん!!」
「…え?」
たくさんの人の向こうで、俺を呼ぶ声がした。
「こっち! こっちこっち〜」
ブンブンと手を振るのが見えた。
…もしかして。
「き、霧江先輩?」
気がつくと、目の前に霧江先輩がいた。
隣で俯いていた花穂の顔が、ガッとあがった。
なんだ急に…!!
「りーくんお久し〜!!」
「霧江先輩も…って、そんなに前じゃないですけど」
「だね〜。っていうか、この子誰? あ、もしかしてこの子が……」
花穂を見て、ニッコリと霧江先輩が笑った。
「幼なじみの花穂です。花穂、こちらは雨枷霧江先輩」
「よろしこ! 花穂ちゃん」
「あ…はい。よろしく…お願いします」
俺の服の裾を、花穂がギュッと掴んだ。
「怯えないでぇ〜。あ、りー君! 私喉乾いちゃった! ちょっとそこで買ってきてよ!」
「は? 俺たち…今、店の宣伝中なんですけど」
「私が奢るからさ♪ はい、金券。私紅茶ね、冷たいヤツ。あ、二人の分も買って良いよ」
金券を受け取る。
「…はいはい」
俺は看板を花穂に渡し、三人分の飲み物を買いに行った。
花穂は軽く俯いていた。
(この人…りー君のなんなのかな。もしかして…その……)
「花穂ちゃん♪ 私、りー君の恋人とかじゃないからね」
「…え?」
顔をあげると、霧江と目が合う。
霧江がウィンクした。
「私には、運命の人がいますから。今は遠距離ですが…」
「そう、なんですか?」
飲み物を注文するりー君が、扉の間から見えた。
「前にね、りーくんが言ってたんだ。嫌われてるかもって。誰のことか、わかんないけどね」
イタズラっぽく笑う霧江。
花穂も軽く微笑んだ。
「私は……」
「ねぇ、君たち可愛いね。もしかして、暇?」
「ここの生徒だよね? 良かったら案内してくれない?」
声をかけてきたのは、二人の男だった。
「ぁ…う…」
「すいません。私たち、忙しいのです」
花穂をかばうようにして、霧江がスッと前に出た。
「え〜。良いじゃん別に、ほら、行こうぜ」
一人が、霧江の手首を掴んだ。
「…ふっ!」
霧江は、掴まれた手首をまたつかみ、背負い投げを決めた。
「…な」
「黙れ。消え失せろ」
地に落ちた男の手首を踏みつけ、もう一人の男を霧江はにらみつけた。
「おい、行こうぜ…」
「……」
そうして、二人は逃げるようにして走り去った。
「霧江先輩…」
「ん〜?」
「ありがとうございます」
向こうから、りー君が走ってきた。
「大丈夫ですか?」
飲み物を持った俺は、二人に駆け寄った。
なんか男を背負い投げしてる先輩は見えたが……。
「ん。大丈夫。ちょっと不定な輩を潰しただけだから」
ニッコリと霧江先輩が笑った。
……恐い。
「あ、先輩。はいジュースです。あと金券。花穂も」
「ありがと♪」
二人がジュースを受け取る。
「じゃ、私はそろそろ行こうかな。ちゃんとりー君たちのクラスにも行くからね」
コップを、ポイとリサイクルボックスに投げ込む。
「っと、花穂ちゃん」
花穂の耳元に口を寄せ、霧江先輩は何かを呟いた。
「ね?」
「…はい!!」
「あ、それじゃね〜」
出会ったときと同じように、手をブンブンと振って、霧江先輩はいなくなった。
「…り、りー君、行こう?」
「あぁ」
俺らも、リサイクルボックスに紙コップを放りまた看板を持って、歩き出した。
「ね、ねぇ…人が多いから……その…」
花穂が手を差し出してきた。
俺は花穂の手を取った。
「はぐれるかもしれないしな」
ニッコリと俺は笑った。
花穂の顔が、また赤くなった。
「じゃ、行こうぜ。二時ぐらいまで自由に回って来いって、洋一が言ってたしな」
「うん!」
それからは、ほとんど遊び状態だった。
看板を掲げて宣伝はしているが、基本的には食べ歩き。
「お、クレープ。食べるか?」
「あ、うん」
「あそこってなんの食べ物売ってんだぁ〜?」
「ミドリ色の煙が見えるね……」
人の少ない廊下で、これみよがしに叫んでみる。
知り合いのいる模擬店では、店の中で宣伝をさせて貰ったりもした。
営業妨害じゃ…ないハズ。
ついでにもう一つ。
かなりの宣伝効果になったといえば、花穂の格好だ。
仮装喫茶なので、彼女はずーっとエプロンドレスで歩いている。
花穂は可愛いし、エプロンドレスも似合っていて、写真撮らせてくださいという一般客が妙に多かった。
「あのー…」
「はい」
「写真撮らせて貰っても良いですか?」
私服を着ているから、一般客の人だろう。
「あぁ、どうぞ。その代わり、うちのクラスをご贔屓に」
「はい。ありがとうございます!」
その人は、俺と花穂の写真を何枚か撮影し、お辞儀をして去っていった。
…っていうか、なんで俺も撮るんだろう。
「な。なんで俺の写真も撮るんだ? ウェイターなんて珍しくないだろ」
「…だ、だって……りーくんは、か、格好いいもん……」
…へ?
花穂の顔が真っ赤になっていた。
標準じゃないのか?
「ただいまーっす」
店に帰ると、中は人があふれかえっていた。
一言でいうと【大繁盛】ってことだ。
「……す、すごい人…」
「……だな」
「おかえり、二人とも」
忙しそうに動き回るクラスの女子が出迎えてくれる。
「俺らも手伝う。何したら良い?」
「じゃ、外で並んでるお客さんにメニュー渡してきてくれない?」
「了解」
俺は頷くと、早速外に並んでるお客さんにメニューを渡した。
花穂も給仕に回って、ケーキや飲み物を運んでいる。
「すえちゃ〜ん。ちょっと来てくれなーい?」
「え? うーん」
会計のところに座っていた須賀原絵理が、持ち場を離れ、呼ばれたところまで走っていった。
「…ん?」
人のいなくなった会計。
そこに、誰かが近づいていた。
「おい……」
喧騒で俺の声がかき消された。
そいつは、会計の場所に置いてあった売上の入った箱を抱え……
「おいっ!!」
全速力で走り出した。
「う…」
売上金泥棒だ! そう叫ぼうと思ったが、止めた。
そんなことを叫んだら、問題になる。
「どうした? りーくんとやら」
「神楽夜。売上金泥棒だ、追う!」
俺はその場にいた神楽夜にそれだけ告げ、だっと走り出した。
「りーくん」
花穂の声がした。
俺の後ろを、花穂が追ってきている。
これが本当の波乱の始まりだった……。
悪い予感は大当たりだ…。
続く。
次で終わります。
確実に!
感想を頂けると、幸せ絶頂です。