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春風  作者: たむえもん
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第5話

その日からというもの、恭一とハルは暇さえあれば「同心鬼ごっこ」とやらで遊ぶようになった。

いつも決まって子は恭一で、鬼は…ハル。



遊ぶと言っても、もはや二人の間に鬼ごっことしての遊びなど、どうでもよかった。

恭一が逃げ始めるとハルは十数え出し、それが終わると恭一の足音の方へと駆けだす。

すると、恭一は決まってあの植え込みの陰に誰にも見られないよう隠れるようにして、座り込んでいるのであった。



「神妙にお縄を頂戴しろい」



ハルがお決まりの台詞を言うと、恭一めがけて縄を振り上げ、恭一の体にぐるぐると巻きつけ、締め上げる。

すると恭一はたいてい恥ずかしい声を上げ、顔を紅潮させた。

ハルがあまりに強くするとその声は苦しそうになるが、その一方で恭一の表情は恍惚を極めているかのようであった。









その日も二人は同心鬼ごっこをするために、縄をしまってある物置小屋まで歩いて行った。

しかし、いつもなら偉そうな口を叩きながらしゃべる恭一は、しおらしく黙って歩いていた。

ハルは、恭一の様子が違うのに気付いていた。

しかし、声をかけることなく、いつものように恭一の一歩後ろについて行くだけであった。



恭一が小屋に入り縄を掴んで外に出て、ハルに渡す。

ハルは縄を握りしめると、恭一を見た。

すると恭一は、まだ何も始まってもいないのに、顔を火照らせてうつむいていた。




「ハル…なんだか寒いよ」




恭一はうつろな目でそう言った。



「寒いのに、体が熱くて…なんだか気持ち悪い」

「…」

「もしかしたら風邪をひいたかもしれないな…明日は学校があるのに…」



恭一はぼそぼそとしゃべっているが、ハルは何も答えない。

恭一は、風邪をひいたことを自覚した途端、どんどん体調の悪さを感じて次第に体が震えだした。



「ハ、ハル…今日は無理だ…家に戻ろう」

「…!!」

「ハル…」



恭一はハルに手を貸してもらおうとハルに近づこうとしたそのとき、ハルは思い切り恭一を突き飛ばした。

もう体に力が入らない恭一は、簡単によろけて尻もちをついてしまった。



「ハル…?!」

「…」

「お前…そんなに遊べないのがいやなのか…?」

「…」

「ハル、わがままは許さないぞ…」



恭一は、はあはあと辛そうにしながらハルをいさめたが、ハルはただ無表情で恭一を見降ろしているだけである。

恭一は仕方なく自力で起き上がろうとするが、力が入らないどころか節々の痛みを感じ始め、思わず地面に這いつくばってしまった。



「ハ、ハル…お願いだ…起こしてくれよ…本当に今日は…無理なんだ…」



恭一はすがるようにハルを見上げる。

ハルはただじっと恭一を見つめている。



「今日…楽しみにしておりました…」

「え…?」



ハルはぼそっと話しだした。



「悪党のくせに…同心にたてつくなんて…いけません…」

「何言ってるんだ、ハル…!」



ハルはぼんやりとした表情でこう言った。



「…お仕置きです」



ハルは縄をその場に放った。

そして、恭一を置き去りにして、突然駆けだした。




「ハル…!!」




恭一は這いつくばったまま力の限り叫んだが、ハルは振り返ることなく、どこかへと消えてしまった。




「ハル…待って…ハル…」



もう届くはずもないのに、恭一はハルの名を呼んだ。

まだ肌寒い風に体はどんどん冷えて、恭一は震えが止まらなかった。


「寒い…」


恭一は地面に寝転がった状態で身を縮めた。

早春の風が吹きすさぶ。



「ハル…どこへ行った…戻ってこい…」



恭一はつぶやくが、なぜか次第に体の奥が熱くなってきている感じがした。

こんなに寒いのに…寒くて寒くてたまらないのに…

これは熱のせい…?




(こんなところで…一人で…誰も来なくて…ハル…)




恭一は頬を火照らせて、ぼんやりした表情になった。



「ハルが…戻ってこない…俺を置いて…ハルが…」



うつ伏せのまま、恭一はぶつぶつとつぶやいている。





「ハルが来ない…俺を放ったままお前は…ふふ」





恭一の口元には、かすかに笑みがたたえられていた。

瞳はとろんとして、熱い息を地面に吐きかけて、恭一はまるで、ハルに放置されたまま助けてもらえずにいる無様な姿の自分を、楽しんでいるかのようであった。







「恭一さま!!」






突然、遠くの方から女の声が聞こえた。

若い女中が走りづらそうに、一生懸命下駄をからんからんと鳴らしながら向かってくる。




「恭一さま!なんてこと!!」




女中は恭一の上半身をゆっくりと抱き起こした。



「恭一さま、どうなさいました?!」

「風邪をひいたみたいで…体に力が入らない…」

「まあ…!地面にうつ伏せになって…気付くのが遅かったら大変なことになっていたかもしれませんのに…!!」


女中は悲鳴に似た甲高い声を上げて、恭一のひたいに手をやった。



「ああ、お熱が…。ハルに聞いて来てみたら、こんなことになっていたなんて…」

「ハル…?」

「ハルが恭一さまがお倒れになっていると…」

「…」



女中は不機嫌そうな口調で話しだした。



「ハルったら、恭一さまがこんな状態だって言うのに、なんとまあ平然とした態度で…」

「…」

「あの子は本当に何を考えているのか、これっぽっちもわかりゃしない」


女中は声を荒らげているが、聞いているのかいないのか、恭一はただぼんやりとした顔でどこかを見つめている。


「旦那さまのお考えなら仕方のないことですけれど、わたくしはあまりあの子とお遊びにならない方がいいような気がしますけれどね!」

「え…?」

「さあ、おうちへ戻りましょう…」



そう言って、恭一を立たせようとしたとき、女中はふとそこいらにぽんと放られている縄に目をやった。



「あれは…?」

「…」

「何と汚らしい…まさかこんな物騒なもので遊んでいたわけではございませんね?」

「…」

「まあいいです。わたくしが、あとで処分しておきます」

「えっ…」

「さあ、恭一さま…」



女中はぐいっと恭一を起こさせ、肩を抱いてゆっくりと歩き始めた。

恭一は、縄の行く末を気にかけながらも、今のこの不思議な感覚をぼんやりと反芻していた。

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