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春風  作者: たむえもん
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第4話

その日、恭一は好きでもないけん玉で、外で一人で遊んでいた。

好きでないからあまり上手ではなく、けんから放たれた玉は、けん先を無視して地面に向かって突進し、そのままぶらぶらと虚しくぶら下がった。


すると、縁側から父親が顔を出し、恭一に話しかけた。



「おい、ハルとは仲良くしているか」

「え…」

「近頃、あまり一緒に遊んでいないじゃないか、どうした」

「いえ、別に何もないです」

「そうか、ハルは普段家の手伝いばかりやっているのだから、お前がいるときくらいは遊んでやりなさい」

「はい…」



そう言って、隅田は奥へと戻って行った。

恭一は、ゆらゆらと揺れる赤いけん玉の玉を見つめて、うつむいた。




(ハルと…遊びたくない…)





あの日以来、恭一はハルのことを避けるようになった。

ハルの前で、はからずも変な声を出してしまって恥ずかしいという気持ちは、確かにあった。

しかし、それ以上に、ハルと遊んだらまたあのときのような感覚に陥ってしまうかもしれないことが、恭一にとって恐怖であった。



自分じゃない自分…

自分が知らない自分を知ってしまうような…




よくわからないが、とにかくハルと遊ぶという行為が、自分の気持ちを不安にさせるということだけはわかっていた。



(それにあいつは…何考えてるかわからないしな)



無口でいつでも無表情のハルを思い出して、恭一はへっと笑い、またけん玉を始めた。

すると、家の奥の方から、とんとんと足音が聞こえる音がした。

この感じが、いつもばたばたとせわしなく歩き回る女中たちのものではないことが、恭一にはすぐにわかった。

それはどんどん近づいて、恭一の方へ向かってくる。




(ハル…!)




恭一はけん玉を握りしめ、近づく足音をじっと聞いていた。

すると、縁側のところで足音はぴたっと止まった。

恭一がちらりとそちらを見やると、案の定、そこにはハルが突っ立っていた。



「…なんだよ」

「…」

「なんか言えよ」



恭一は横目でハルを見ながら、ぶっきらぼうにそう言った。



「…わたくし…」

「え?」

「わたくし、何か悪いことでも…」



ハルはうつむいて、少し悲しそうな表情でそう言った。

きっと、自分が最近全く遊んでくれないものだから、ハルは自分が何かやらかしたのかもしれないとでも思っているのだろう。


そんなハルを見て、恭一はばつの悪そうな顔をした。



「別に。違うよ」

「…」

「おいハル、こっちにおいで。遊んでやる」

「…!」



ハルは恭一の方を見上げて、安堵の表情を見せると、たたたっと玄関の方へと急いだ。












「お前、何がしたい」



恭一は持っていたけん玉を放って、ハルに尋ねた。

ハルは黙って下を向いている。

そしてそのあと、二人の間に長い沈黙が続いた。

黙りこくっているハルを見つめていた恭一は、だんだんと脇の辺りに汗が染みだしてくるのがわかった。


そして、思い切ってこう切り出した。





「お前…同心ごっこ、楽しかったか?」






それを聞いたハルは、突然がばっと顔を上げた。

恭一は一瞬ひるんだが、もう一度同じような質問をした。



「もう一回やってみるか?」



すると、ハルはこくんと小さくうなずいた。

それを見て、恭一はわきの下の汗が一気にあふれ出るのがわかった。


「…」

「…」


二人はまたしても沈黙に包まれたが、恭一が「行こう」と言って歩き出すと、ハルも黙ってついて行った。




二人は先日の物置小屋に辿り着くと、恭一ががたがたと扉を開け出す。

この間と同じく、中はほこりっぽさとカビっぽさが相まって、不快な空気に包まれていた。

ふと前を見ると、同心ごっこで使用した縄が、ぽんと無造作に置いてあるのを見つけた。

恭一はそれを手にとって、咳をしながら外へ出る。




「ほら」

「…」



恭一はハルに縄をつきつけると、ハルは黙って受け取った。



「今日はな、ちょっと趣向を変えてやってみようと思うんだ」

「…」

「ただ演技してお縄にするだけじゃつまんないだろう?」

「…」

「だから、今日は同心鬼ごっこにする」

「鬼ごっこ…」



ハルは恭一の得意げな顔をぼんやり見つめ、つぶやいた。



「同心役が鬼で、悪党役が子だよ。わかるだろ?鬼が子を縄で捕まえたら、勝ち。いいな?」


ハルはうなずく。


「じゃあ、どっちが鬼やる?お前、どっちやりたい?」


恭一が聞いても、ハルは相変わらず黙って下を向くだけであった。

恭一ははあ、とため息をついて、こう言った。



「じゃあ俺が鬼で、お前が子な!」



それを聞いたハルが、一瞬がっかりしたような顔をしたのを、恭一は見逃さなかった。

そして、背中にじわりと汗が染みだした。



「お前…本当は鬼やりたいんだろ?」

「…」


ハルはますますうつむくが、口にきゅっと力を入れているのがうかがえた。

恭一は黙ってハルを見つめ、こう言った。



「そ、そんなにやりたいなら、お前に譲ってやる」



ハルは、はっとした顔をして持たされている紐をぎゅっと握った。

恭一は背中に汗が垂れているのに気付かないふりをして、ハルに言った。



「よし、じゃあ俺が逃げたら十数えろ。そしたら追いかけるんだぞ、わかったな」

「はい…」


ハルはようやく返事をして、数を数えるために顔を覆った。

恭一はだっと駆けだしてその場を離れた。



「ひーい…ふーう…みーい…よ…」



ハルの数を数える声がだんだんと小さくなるが、恭一は全力で走り続けていた。

だいぶ走って、もうハルの声が聞こえないところまで来たことがわかると、恭一は息を切らして立ち止まった。



(そろそろ追いかけてくる頃かな…)



恭一はそわそわした気持で後ろの方を振り返る。



(まあ、あんまり本気出すと本当に見つけられなくなるかもしれないからな…あいつ足遅いし…)



ふっと鼻で笑って、恭一は余裕の表情を浮かべた。

そして恭一がはあ、と息を吐いたそのとき、何者かが全力疾走する足音が聞こえた。

恭一がはっとしてみると、前方からハルが着物の裾をひるがえして向かってくるのが見えた。



(えっ…)



予想をはるかに上回る早さでハルが駆けてくるので、恭一は慌てて駆けだした。

もうハルの顔がはっきりとわかるところまで迫ってきていたので、恭一の心臓は破裂しそうになった。



(怖い…)



一瞬だけ見たハルの表情は、いつも通りの無表情であった。

しかし、あれだけ全力で走っているのに、なぜああも表情が変わらないのか…




(怖い…怖い…)




恭一はひたすら全力で駆ける。

そのせいか、ハルの駆ける足音がどんどん遠くなっていった。




(怖い…怖い…!)




恭一は顔から汗を吹き出して、はあはあと息を切らしていた。

体はどんどん熱くなり、顔は火照っていた。




(来ないで…!来ないで…!!)




恭一はそう思っていた。

それなのに、ハルの足音が全く聞こえなくなったのに気付いた途端、突然不安感に駆られた。



(ハル…?)



はあはあと息を荒くして、恭一は立ち止まった。

ハルの姿がどこにもなく、辺りを見回した。



「ハル!!」



恭一は思わず叫んだ。

ハルがいない…

ハルが…来ない…




ハル…ハル…!!





すると、突然物陰からがさがさと音がするのが聞こえ、恭一ははっと振り返った。

そこにはぜいぜいと息を切らしている、ハルの姿があった。



「あ…」

「…」




恭一は驚いて立ちつくした。

ハルは縄を握りしめ、じりじりと近づいてくる。



「ハル…いつから…」

「…」



ハルは黙ったまま、どんどん恭一に迫る。

恭一は後ずさりしながら、ハルの握っている縄を凝視した。





ハルが…その縄で…もうすぐ俺を………縛る。





恭一は思わず生唾を飲み込んだ。

そして、背中にちくちくとした触感を覚え、植え込みが邪魔でもうこれ以上逃げられないということを知った。




「はあ…はあ…」




もう走らなくなってだいぶ経つのに、どういうわけか、どんどん息が荒らぐ。

手や背中が汗でべとべとになっている。

ふとハルの顔を見ると、真っ白な頬が赤く火照っているように見えた。



「ハル…」



恭一が呼びかけたそのとき、ハルはぼそりとつぶやいた。







「神妙に…お縄を頂戴しろい」






そしておもむろに縄を振り上げて、恭一の体を包囲した。

ハルは縄を両手で力強く持ち、交差させて恭一の体を躊躇なくぎゅっとを締めつけた。





「ん…っ」





その瞬間、恭一は小さく声を上げた。

初めて、ハルに縛られたときと、全く同じ感覚を全身で感じていた。


ハルは右手を高く、左手を低くして、縄にこれ以上ないほどの力を込めて、恭一を締めた。

両腕はふるふると震えている。




「ん…っ…んん…」




恭一は強く締め上げられて、何度も何度も声を出した。

膝の力が抜けて、がくがくと震えながらしゃがみこんだ。

顔からは汗が流れ落ち、顔は真っ赤に火照っている。

縄の勢いで後ろに持って行かれた両手の指は、ぴくぴくとひとりでに動き出していた。




「く、苦しいよ…ハル…」




恭一はハルを見上げ、助けを乞うかのような瞳で見つめた。



「痛い…痛いよ…助けて…」



恭一は目に涙をためてつぶやいた。

どんどん息は荒くなっていく。

汗で少し伸びた髪の毛が顔にまとわりついた。




「やめて…もう…ほどいて…」




ハルはそんな恭一をじっと見つめた。

大きな瞳は涙でうるんでゆらゆらと揺れているように見えた。

ハルは自分の全身がどんどん熱くなり、ますます手に力が入るのがわかった。

縄が、恭一の体に食い込んで、ぎしぎしと音を鳴らしている。




―――苦しい…痛い…やめて…




恭一の声が、遠くの方でぼんやりと聞こえる。

しかし、ハルはどうしてもやめられなかった。



若旦那が、泣きそうになりながら自分に助けを求めている。

高い木の上から自分を見降ろしていた若旦那が…

顔を赤らめて、息遣いを荒らげて…

痛い、苦しいと声を上げて、今、自分を見上げて助けを乞うているのだ…!!







「ハル…!!!」







恭一の叫び声に、ハルははっと我に返ったような顔をした。

その瞬間、ハルの体中の緊張がほどけ、それと同時に恭一を縛りつける縄がはらはらと緩んだ。




「はあっ…はあっ…」




恭一は汗をぽたぽたと垂らしながら、息を吐きだした。

ハルはぼんやりとした眼差しで、それを見ていた。

恭一は震える腕を縄の隙間からすり抜けて、腹のあたりにある縄をぎゅっと握りしめた。

そしてゆっくりと顔を上げて、ハルを見上げた。




「ハ、ハル…」




恭一はハルの名を呼んで、こう言った。





「お、俺は…ほら…まだお縄になってないぞ…どうした…ふふ…」





挑発的な口ぶりとは裏腹に、恭一のその表情は、12歳の子供とは思えぬほど艶めかしく恍惚としたものだった。

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