第2話
隅田家は広大な敷地を所有する大地主ではあったが、いかんせん地元は田畑がどこまでも続くたいそうな田舎のため周りに民家はほとんどなく、恭一が学校のない日は遊び相手もおらず退屈するばかりであった。
それどころか、父親がものを子供に買い与えない主義のためこれといった娯楽もなく、恭一は自分で遊びを考案していくしかなかった。
何かよさそうなものを見つけては、自分の遊び道具や遊び相手として適任か、ひたすら試すばかりの毎日であった。
ある日、恭一がハルと二人で見飽きた庭の散策をしていると、物置と化している平屋の家屋に辿り着いた。
「確か、昔女中がここで寝泊まりしてたとか言ってたな」
恭一が立てつけの悪い扉をぐいっと開けると、なにやらほこりっぽいがらくたがたくさん放置されており、もはや寝泊まりどころの騒ぎではなかった。
「何か遊び道具になるものがあるかもしれないぞ、ハル!」
「…」
「お前も何か探せ」
そう言って、恭一は屋内に足を踏み入れた。
中で歩くとぎしぎしと部屋全体が鳴り響き、建物の老朽化を肌で感じる。
ハルも恭一に続いて中へ入った。
「暗くて何も見えないな」
恭一はがしゃがしゃと手探りで何かおもちゃになりそうなものを探すが、気に入ったものがなかなか見つからない。
「使わなくなった鍋…火鉢…客間にあった座卓…こんなの何にも使えないよ」
恭一はがっかりして、ため息をついた。
ハルは黙ってまだ恭一の言うとおり、おもちゃの代わりになるものを探している。
「ハル、もう行こう。何もないよ」
そう言って、恭一はせき込みながら外へ出て行った。
恭一は外で体についたほこりを払うと、もう一度中を覗き込んで叫んだ。
「ハル!もう出てこいよ!何もないったら!」
すると突然ハルが暗い中からにゅっと顔を出した。
恭一は一瞬心臓が止まりそうになった。
「脅かすなよ!」
「…これ…」
ハルは片手に何か長いものを持って、ゆっくりと出てきた。
真っ白な肌はほこりでうっすらと汚れ、元々汚かった着物は、ますます汚くなっていた。
「なんだいそれ、縄?」
恭一が尋ねると、ハルはこくんとうなずいた。
ハルは、少し細めの長い縄を、束ねるようにして握っていた。
「お前そんなもので、何して遊ぼうっていうんだい」
「これをこうして…」
するとハルは、縄を器用に扱って、何かを形作りだした。
恭一はぼんやりとそれを見つめる。
「うさぎ」
「え?」
ハルは無表情のまま、両手でそれを恭一につきだした。
確かにそう言われてみればそうだが、だからなんだというものでしかなかった。
「つまんないよ、そんなの」
「…」
ハルはうなだれて片方の手を離すと、うさぎらしき物体はもろくも崩れた。
恭一はハルを見つめながらしばらくぼんやりと考えていたが、ふと悪魔のような笑みを浮かべてこう言った。
「よし、いいこと思いついた」
「え…?」
「同心ごっこ」
そう言うや否や、恭一はハルから縄を奪い、構えるようなポーズを取って叫んだ。
「てやんでえ!この極悪党め!天下の隅田恭之助様を手こずらせやがって!」
突然恭一が江戸っ子の同心になり始めたので、ハルは戸惑った。
恭一は完全に同心になりきって、こう言った。
「神妙にお縄を頂戴しろい!!」
そして、突然縄を振りかざしたかと思うと、ハルの体にぐるっと巻きつけた。
そして、ぎゅっと縄と縄を縛り付け、ハルは恭一のお縄となった。
「どうだ参ったか!」
「…」
恭一は得意げな顔でハルを見たが、ハルは縄で縛られたまま、無表情で下を向いているだけであった。
それを見て、恭一は少し恥ずかしそうに叫んだ。
「お、お前今俺のこと子供だと思って馬鹿にしただろ!」
「…」
「なんだよ、せっかく楽しい遊びを考えてやったのにさ…。少しは合わせて演技しろよな」
ぶつぶつ文句をたれながら、恭一はハルに巻きついている縄をほどき始めた。
縄がほどかれると、ハルは少しだけよろけた。
恭一は恨めしそうな顔をしてハルを横目でにらみ、口をとがらせてこう言った。
「じゃあ、今度はお前がやってみろよ」
「え…」
「今度はお前が同心で、俺が悪党な。できるだろ?」
「でも…」
「いいから、はい」
恭一は、半ば強引に縄をハルに押しつけた。
ハルは手に持たされた縄をじっと見つめている。
すると恭一は急に演技を始め出した。
「もう追って来やがった、しかも行き止まりかちくしょう!」
「えっ…」
「ほら、早く!」
恭一に小声でうながされて、ハルは小声でセリフを言いだした。
「て、てやんでえ…て、天下の…上田…春…之助…様を…てこずらせやがって…!」
「くっそう、もう絶体絶命だ!誰か助けてくれ!!」
迫真の演技の恭一に感化されて、ハルもだんだん声が大きくなっていた。
「し、神妙に…神妙にお縄を頂戴しろい…!!」
そう言って、ハルは縄を大きく振りかざし、恭一の体に巻きつけ始めた。
そして縄と縄とを交差させ、拳に力を込めてぎゅっと締めつけたときであった。
「あ…っ」
どこからともなく、吐息混じりの甘い声が漏れた。
恭一は、顔を真っ赤にして下を向いてうつむいていた。
ハルは縄を力強く握りしめたまま、恭一をじっと見つめていた。




