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開き直ればサバイバルゲームみたいなもんじゃないかなって。

「――で、これはいったい何なんだ?」

 千石荘へとやってきて三日目の朝。美羽にたたき起こされ、食堂へと強制連行された俺の目の前にあったのは。

「太刀」

「パンツァーファウスト3とG36二丁、AK47三丁にデザートイーグル、それとCz75、グロック17二丁…ん、どうした、頭なんか抱えて」

「いや、頭が痛くなってきた…」

 食堂には料理の代わりに、銃火器と刃物が陳列されておりました。

「太刀はこの家の倉庫にあったものだが、他は全部あたしのコレクションだ!まあ、もちろん内緒なんだがな」

 要らん解説アリガトウゴザイマス。

「して、朝からコレクション自慢ですか?」

「何を言っているんだ?これから敵本拠地に攻撃を仕掛けるんだろう」

 さも当然のように言われました。

 えー…と。

 思考停止。

 すること十数秒。

「ホンマに?」

「お前が言い出したんじゃないか。いやあ、あの妙案には感心した。あの状況で冷静な判断が下せるとは、さすが亘だな!あっはっはっ!」ビシバシビシバシ。肩痛いっす。

 むしろ昨日の出来事は夢でしたーアハハーくらいのノリで行きたかったんだけど、そうは問屋が卸さず、この人たちは百八十度回った先の行動に出てきた。しかも銃刀法違反も甚だしいっていうか、何で個人でロケットランチャーまで持ってるんだ、いつかコッソリ戦車相手にしようとしてたのかよチクショウ。

「AKはじゃじゃ馬だから、あたしと真希、陽一郎がいいだろう。G36は司令官殿と魔魅だな」

 玉代さんがみんなに目配せしていくと、それぞれの面持ちで頷いていく。暗黒メイドはいいとして、香奈美ちゃんも黒田さんも、何かキャラが変わってません!?

「昨夜は何もできなかったからね、頑張るよ!」

 そして陽一郎さん、張り切らないでください。銃火器持って殴りこみとか、色んな罪状がつきますから。

「俺の分はないんですか」別に欲しくないけど、丸腰でたたき出されるのも嫌ですよ先生。

「うむ、亘はCz75で我慢してくれ。グロックは真希と陽一郎、デザートイーグルはあたしだ。司令官殿と魔魅は後方支援、他は前衛だ。ちなみにパンツァーファウスト3はあたしが持つぞ」

 ロケットランチャーにアサルトライフル、ハンドガン…超重装備ですね。ワースゴイスゴイ。

「それからパンツァーファウストは無反動砲と言って、ロケットランチャーとは発射原理がまったく違う」びしっ、と指をひとつ立てて、玉代さんが俺に注意する。あんたエスパーか。

「あとロケットランチャーをバズーカなんていう輩もいるが、あれも間違いだ」

「…ハイ、ワカリマシタ」

「うむ、分かればよろしい。亘には太刀もあるから、美羽とともに最前線で活躍できるぞ!」

「ハイ、ワカリマ――なんですと?」

 ばしっ、と肩を強烈にスパンクされて――今、幻聴が聞こえた気がする。そうだと願いたい。切なる希望。

「亘には太刀もあるから、美羽とともに最前線で活躍できるぞ!」

 玉代さんは笑顔で、ご丁寧に一語一句違えず繰り返してくれた。大変ありがたくありませんよ申し訳ない。

「まんだーふん?」

「オレの背中は任せらんねぇけど、せいぜい足を引っ張らないように気張れよな!」

 美羽に後ろから背中をどつかれる。

「りありー?」

 お前と一緒に最前線?ていうか昨夜と同じ?もしくはそれ以上?斜め上とかいくクチ?ていうか銃火器持ち出してる時点で、昨夜よりも遥かに激しそうですね?

「いざとなったら、僕も玉代さんも肉弾戦に参加するさ!安心してくれ!」

 陽一郎さん、そこが問題なんじゃありません。歯をギラギラ光らせても説得力は出ませんから!

「あ、あの、その…わたしも精一杯がんばりますから、邪魔だとか、何しゃしゃり出てきてるんだこの雌ブタが!とか思わないでください…」

「だいじょぶ!魔魅ちゃん邪魔なんかじゃないよっ!」

「なんかやる気マンマンですね…」

 俺がげんなりしながらそう漏らすと、真っ先に美羽と玉代さんが振り返り、

「「やられたらやり返す!」」

 と息巻いたかと思えば、それに次いで陽一郎さんがグッと親指を立て、ギラリと爽やか過ぎてうそ臭い笑顔を浮かべる。

「こういうイベントは楽しまないと損だろう!?」

 イベント、イベントですか。ああ確かにイベントといえばイベントですよ。黒い方向にね!

「じ、実は、FPSゲームよくやるので、意外とととと得意なんです」

 FPSってあれね、一人称視点のシューティングゲーム。確かアメリカでは軍隊の訓練を疑似体験できるFPSゲームを作って、志願者を募ってるとかあったなぁ。ゲームとリアルじゃ別問題でしょうに。

「ボクもボクも!玉代さんに、筋がいいって褒められたことあるんだよっ」

「はい、香奈美お嬢様は文武両道、才色兼備の無敵管理人ですから。分かったかチキンガイ」

 ふんっと腕まくりする香奈美ちゃんに、東雲さんがこくこくと頷いて。ハハ、もう何言われても気にならないぜ。俺の心は穴だらけだからな!

「ん?どーした、頭抱えて。燃えてきたのか?」

 俺がみんなの反応に頭痛を覚え、頭を掻くようにしていると、美羽が珍しく気遣ってきた。うん、後ろ半分はおかしいけど、これは美羽なりの気遣いだ。そうであって欲しい。切に。

「はは。うん、まあ…そういうことにしておく」


 ワゴン車ではない。軽トラでもない。俺がいま乗っているのは。

 装甲車。

 そう、これは装甲車だろう。

 見た目はワゴンと軽トラの間くらいのサイズ。でも扉の厚さが尋常ない。そのうえ、乗り込むときに玉代さんが得意気に説明してくれた。

「あたしのアイデアで、この車は特殊合金で作られているんだ。戦車砲弾くらいならびくともしないぞ!」

 なんでも屋敷の素材が移動要塞みたいになったのも、玉代さんのアイデアらしい。トラブル持ち込んでる本人が言ってりゃ世話ないと思ったけど、困惑する香奈美ちゃんを東雲さんが面白がって後押ししたんだろう。想像するに易いとはこのことだ。

 見た目だけは普通っぽいこの装甲車、決定的に一般車両と違うのは、色んなものを受信するためのアンテナがいっぱい立っている。窓が全部スモーク。真っ黒。怪しい。検問があったら小一時間は拘束されそうな車だ。

 そんな装甲車の中は、意外と快適になっている。対面式に長椅子が二対あるのが、いかにもだけど、足を伸ばしてもぶつからないくらいだし、みんな揃って迷彩服姿で、アサルトライフルを抱えていなければ、電車に乗っているような観すらある。物凄く前向きになればね!

 運転は予想通りというか、一人メイド服のままの東雲さん。ナビゲートは黒田さんで、手元にモバイルPCを持って、何やらやってるのを見ると、どうやらGPSのデータを受信しているらしい。

 俺は運転席の真後ろに座していて、その対面で玉代さんは、至福の表情で銃器の手入れに精を出している。すんごい幸せそうですネ。

 俺の横では美羽と香奈美ちゃんが、携帯ゲーム機で怪物狩りに精を出している。

 意外にも美羽はふつうにゲームをやっている。イメージでは、「うがーっ!イライラするぁぁぁーッッ!」とか絶叫して、すぐ本体を木っ端微塵にしそうなのに。残念だ。

 玉代さんの横には陽一郎さんが空気椅子でプルプルしてる。まあ、なんだ。触れない方がいいと思うので、それ以上は触れないことにしようかと思う。

 目的地までは二時間弱という。やることもないし、遺書を書くか本でも読もうかと思ったけど、目の前の玉代さんを見ていたら、少し気になった。

 ズラリ、とテレビみたいに音がするわけでもない。すーっと静かな音を立てて、俺はそれを引き抜いた。

 太刀。一般に言う刀とは違って、大振りな刀剣。実家にも刀は何本かあって、親父と一緒に居合いの練習もしたけど、太刀ともなると迫力が違う。何しろ重い。そして反りが凄い。どうしよう、峰打ちするにも、これだけ反ってると目測を誤りそうだ。ていうか本当にこんなもの振り回すのかな。振り回すんだろうなぁ…どうしてこうなった!

 パチリ、と太刀を鞘におさめる。鞘は後から作り直したものなのか、佩くものではなく、いわゆる腰に差すように作られている。これだけ長いと実際に腰に差したら邪魔だろうに。

「なかなかの業物だろう。無銘らしいが、あたしの見たところ、名刀だな、それは」

「はあ、そんなに見る目がある方じゃないですけど、博物館で見た備前長船兼光に似てますね」

「ふむ、素人のあたしでも知ってる名刀だな。亘は実際に刀を振ったことは?」

「居合いの練習ならしてましたよ。剣道一家に生まれ育ちましたから」

 家族には古流剣術も伝えるような家だけど。時代劇を地でいくような家ですよ、ええ。

「そうか、なるほどな。道理で動きがいいわけだ。あたしも色々と格闘技をやってきたけど、立ち振舞いを見て、すぐにピンと来たよ。こいつは出来るな、と」

 そんな迷惑な見立てしないでください。ボクただの剣道やってた文学少年ですから。体育会系反対。でも文科系は肌に合わない、嗚呼かなしきかな。

「はは、褒めても何もでませんよ。趣味でやってたていどだから、とてもじゃないけど…」

 と、ちらりと美羽に視線を向ける。

 アレと肩を並べるなんて、と言いたかったけど、それを言うほどアホじゃない。言った直後に即死しそうなパンチかキックが飛んでくるのは目に見えてますから。

「謙遜するな、何か隠れた力を持っていたりするんだろう。何せ美羽の動きについていけるくらいだ、実は改造人間だとか、脳のクロックアップを行っていて動きがスローモーションで見えるとか、そういう凄い能力があるんだろう」

 脳のクロックアップて、成功しても廃人になりそうなんですが。真顔で言われても困りますよ玉代さん。

「あはは…残念ながら、病院にすら縁がない人生でして」

「ふむ…人間離れした反射神経をしているから、てっきりそういうクチだと思ったが…となると、天性の才能だな」

 人間離れて。美羽の方がよっぽど人間離れしてるでしょうが。あとアナタの人生と言動と私物が。

「運がいいだけですよ」

 何とかこの話がはやく終わりますように。

「亘君」

「へ?あ、何でしょう」

 目を閉じて空気椅子していた陽一郎さんが、急にカッと目を見開いて言うものだから、声が裏返ってしまった。ちょっとしたホラーですよ、マッチョがプルプルしながら目を見開いてバリトンヴォイスを発するのは。

「玉代さんが褒めてるんだから、素直に受け取るべきなんじゃないかッ!?」

 空気椅子でプルプルしたまま怒鳴られた。香奈美ちゃんも美羽も、黒田さんも東雲さんもこっち向いてるし「っていうか東雲さん前向いてください!」アンタは俺らを殺す気か。逮捕されて北極にでも流されてしまえ。

 東雲さんはチッ、と舌打ちをして前に向き直す。いや、チッじゃないよ、チッじゃ。

「まあ、玉代の言うとおり、亘はそこそこ強いと思うぞ。オレの足元にも及ばないけどな。いや、まあ、そうだな、足首くらいかな、強いていうならスネくらい…」いや、おまえと張り合う気はさらさらないから。人外の強さを手に入れる予定はないから。

「そうですよっ!美羽さんと初対面のとき、あんなに凄い動きしてたじゃないですか!」けっきょく一撃もらって昏倒しましたがね。

「あ、あの、えと…玉代さんはあまりお世辞を言う方ではないので、本当のことだと思います。あ、私の意見なんてどうでもいいですよね、余計な口挟んでるんじゃねえよこのビッチが!とか思っても当然ですよね」さっとシートの影に隠れるように、元の姿勢に戻る黒田さん。セリフの尺がなが━━━じゃなかった、後半ネガティブすぎて突っ込めないですハイ。

「あ、はい…アリガトウゴザイマス」

 俺がロボットのようにそう答えると、しかし陽一郎さんはギラギラとした目をずっとこちらに向けたまま。

「僕だって身体を常に鍛えているし、強いよ!亘君より!」

 えーと…対抗されても困るんですが。プルプルされても困りますが。とりあえず汗くさいです。

「ねっ、玉代さ「黙れ筋肉豚」もぐぉ」

 玉代さんが磨いていたライフルのストック部分が、陽一郎さんの顔面にめり込む。い、痛そう…

「む、汚れてしまったではないか!ええい、イライラする!」「へぐっ!?」

 玉代さんが揺れる車中で立ち上がり、陽一郎さんの横っ面にブーツで蹴りを入れる。軍用ブーツの蹴りって、本当に痛そうなんですが。

 俺がそんな感想を抱いている横で、ストンピングの連打は止まらない。「ぐへっ」とか「おフッ」とか「ひょべっ」とか愉快な悲鳴が聞こえてくるのは気のせいだろうか。

「ふーッはーッ…ええい、体力を無駄に消費してしまったではないか!」

 玉代さんは言い捨てながら、トドメに強烈な一撃を放った。すでに悲鳴が聞こえなくなったのは気のせいだろうか。うん、そうだよね。

「うっさいなあ、気が散るだろー」

 美羽が耳をほじりながら目をあげ、玉代さんにではなく、陽一郎さんに向けて文句をつける。いや、完全に相手が違うから。あ、でもたしかに声をあげてたのは陽一郎さんだからあながち間違っているわけでもないのかと考えるだけ無駄だからもう止めた。だってホラ、陽一郎さん、モザイクがかかってどうなってるのかもう分からないもの。放送禁止コードに触れるレベルになっちゃったんだね。ウフフ、アハハ。


 小高い丘のうえに俺たちは陣取った。

 あたりは森になっていて、丘から下を眺めると、大邸宅が傲然と居を構えている。その先は細い道が続き、港町へと通じている。海風が通るせいなのか、風はやや湿っており、梅雨の時期は過ごしにくそうなところだ。

「某国の大使の別荘だな」

 玉代さんが面白くなさそうにもらした。

「へ、大使って別荘とか持ってていいんですか?」

「ふん。豚に人の倫理は通用しないといういい例だな」

「はあ…ずいぶんと私見と偏見に満ち溢れてますね」

 心に留めておくべき言葉が口を突いて出て、しまったと思ったが、玉代さんの反応はフンと鼻を鳴らすに終わった。

「どうでもいいから早く暴れようぜー。もー車ん中で座りっぱなしで、ケツが痛くて仕方がねーよ」

 俺が首をかしげそうになったところに、美羽が小学生みたいなこと言い始めた。見た目もそのくらいだから違和感がないな。なんてね。

「まあ待て、司令官殿。今回は如何いたしましょう」

 珍しく玉代さんが美羽を嗜め、香奈美ちゃんを伺った。

「えっとですね。いつものように強襲でいいんじゃないでしょうか!」

「いつもって何だいつもって」

 にゃはーとでも言いそうな笑顔でそう答えるちっさい管理人こと香奈美ちゃんに、マッハで突っ込んでしまった。あまりの神速っぷりに、突っ込まれた当人は目が点になってしまった。

「あ、ホラ、いつもっていっても、別に毎日やってるわけじゃなくて、こういうときはいつもこうやってるよって意味でねっ!?」

「頻繁でないにしても、何回もこういうことやってんのね…」

 軽く日本語が崩壊している言い訳に、眉間を抑えるしかない。いやもう、いまさらそんなこと言ったって、どうしようもないけどさ。人生、諦めが肝心とは言っても、なかなかそう簡単に悟りが開けるわけがないじゃないかシッタルダ。

「あ、あの、それで作戦はどうなるんでしょうか…」

 黒田さんがおずおずと、超挙動不審になりながらも、なんとか声をあげた。危うく脱線した挙句に座礁して、バミューダトライアングルに吸い込まれるところだった。

「そうだ、いつもって言われても、俺は初めてだから分からないぞ。ちゃんと説明してくれ」

 できれば説明を受けたあとに腹痛を起こして帰りたいんですが。そんなこと言い始めたら、その時点で人生終了しちゃうんですよね、なんとなく想像できます。ほんとうにありがとうございました。

「うむ、ではあたしが代わりに説明しよう。あたしがパンツァーファウストで一撃を見舞って、相手が混乱しているところに美羽を先頭に突撃、一気に殲滅だ」

 すげえ。ぐうの音も出ない。突っ込みどころがありすぎて、逆に突っ込みどころがなさそうに思えてしまう。ある意味、完璧な作戦だ。迷惑な方向に。

「どうだ、司令官殿の考えた作戦は素晴らしいだろう?ん?どうした」

 挙げた手がなんとか玉代さんの視界に入ってくれたらしい。ひょっとしてこれ、俺の人生で一番のナイスプレイかも知れないな。

「提案していいですか」死にたくありませんから。

「はいっ!亘さんどーぞ!」

「香奈美ちゃんの作戦もスバラシイ。確かに、大筋ではそれ以上の作戦はないだろうね。けど、もうちょっと細かく詰めようか……」


「まずは二手に分かれる。玉代さん、美羽の二人と、香奈美ちゃん、黒田さん、東雲さん、陽一郎さん、それと俺。二人は先行して敵陣に突入、撹乱したところに二陣で詰めて挟撃しよう」

 東雲さんはキャラ的にスナイパーっぽいし、香奈美ちゃんと黒田さんも後衛の方がいいだろう。陽一郎さんはその護衛だ。

『こちら玉代、美羽とともに位置についた。いつでもいけるぞ』

「了解っ!ボクたちも準備おっけいだよ!」

 東雲さんにより周到に用意されたインカム式の無線を全員が装着し、玉代さんと美羽は邸宅の右側にある背の高い木の上に。俺たちはそこからぐるりと、邸宅の裏手に回っている。

 俺の安全策を却下される可能性を減らすため、作戦というよりはアホという筋書きをひとまずは尊重しているので、最初の行動はこれだ。


「撃てーっ!」

 美羽の嬉々とした声を合図に、木の上から玉代のパンツァーファウストが火を吹いた。弾頭は狙い違わず、邸宅の二階のど真ん中、テラスの奥の部屋に着弾、轟音とともに大爆発を巻き起こす。

「よっしゃー!行くぜー!」

 美羽と玉代の二人は木から飛び降り、一目散に駆け出す。二メートル半ほどある柵は軽々と乗り越え、いまだ反応を示さない邸宅へと乗り込む。

「どりゃー!死にさらせー!」

 目の前にあった大きなガラス窓は美羽の飛び蹴りで四散し、玉代がそれに続く。中には筋骨隆々の西洋人が五人、テーブルの上にトランプが散らばっているのを見るに、ポーカーにでも興じていたのだろう。突然の攻撃に腰を浮かしたところに侵入者が飛び込んできて、完全に反応が遅れた。

「左っ!」

 美羽は言いざま、右へと跳躍する。後ろに踏みとどまった玉代が左手の敵へ、デザートイーグルを三連射。弾丸は敵三人の大腿部の付け根に命中し、吹き飛ぶように崩れ落ちる。

 敵めがけて突っ込んだ美羽は、飛びざまの正拳突きで一人目の顔面を潰し、着地と同時の水面蹴りで二人目を転倒させ、敵が床に接触するまえに突き蹴りで壁に叩き突けた。

 まさに一瞬で、二人は敵を沈黙させた。

「ふふ、調子は良さそうだな」

「あったりまえだろ!ここなら何壊しても文句言われないからなぁ、アウェイってのはウキウキするぜ!」


 インカム式の無線をつけている。スイッチを入れれば音声が入るようになるんだけど、予想するまでもなく美羽だろう、スイッチを入れっぱなしにしているようで、音声がすべて駄々漏れなんですよ。

「あー…まあ、こっちもゆるゆる参りますかね」

 俺たちは茂みに潜んで邸宅の様子を伺っているんだけど、約三名がそわそわとしているので、仕方なしに行動開始を宣言する。

「はいはーい!ボクがんばるよっ!」

「玉代さんと別々なのは納得できないけど、それでも僕はやるよ!この燃え滾るハートを、玉代さんに見せるんだ!」

 この二人は分かりやすいと言えばそうなるから、まだいいんだけど。

「腕の立つ二人にほとんど任せる、姑息な策士の典型ですね」

 東雲さん、いつもどおりに無表情に毒づいてるんだけど、少しばかり目が輝いていているのは気のせいかな。気のせいだと思いたいけど、たぶん違うんだろうな。

「あ、あの、その、私も頑張りますから、みみ見捨てないでください」

 この場では黒田さんだけが俺の心を癒してくれる。うん、ネガティブなのはこの際、目を瞑って石に蹴っつまずこう。

「大丈夫、そこの無駄なくらい筋肉質な人が盾になってくれるだろうし、その間にメイドさんが敵を倒してくれるよ」

 何せそういう算段で組んだチームですから。美羽が俺を連れていこうと頑張ったけど、最終的には敵を挟み撃ちにするから、そのときに攻撃力が偏っているのは好ましくないのと、かき回す側は少数であるほどいい、とそれらしいことを言って説得したけど。

「ふむ、どうしようかね」

 邸宅の裏側にもいちおう門があって、その門には鍵がかけられている。当たり前の話。ここは映画なんかであるように、銃で一撃くれて鍵を破壊、慎ましく中へと闖入かな。

 メキメキ…グギギギ…バキッ

 そうそう、こう力任せに門扉を開けて、鍵を破壊してって「何やってんの!?」

「うん?鍵がかかってたから、開けたけど?」

 筋肉がハンサムな笑顔を浮かべて、門をひん曲げた。たぶんそれね、手前に引くのが正しかったと思うんだ。邸宅側には動かないっていうの?そういう感じ?みたいな?

「えー…」ぼりぼりと。突っ込み方に迷っていると、横から香奈美ちゃんがシュビッと挙手。仕方がないので「香奈美ちゃん?」

「はいっ!開いたので入ればいいと思いますっ!」

「ソーデスネ」

 これはアレだね、人生気にしたら負けっていうヤツの具体例なわけだ。そうだよね、いまここで大使館らしき邸宅を襲撃している時点で、鉄製の門扉がおかしな方向に愉快な角度で曲がったことを気にしたってどうしようもないよね。焼け石に水、千条の堤も蟻の一穴だ。用法がだいぶ違う。

「よし、とりあえず二人は東側から西に抜けて、二階に向かう手はずだから、俺たちは東側から二階にあがっていこう」

 あくまで元気な二人に頑張ってもらうのは内緒として、一同の顔を見渡して、異論がないのを確認してから、いざ治外法権の只中へ。

 まったく無警戒の裏庭を突っ切って、建物の中へ侵入。五人固まって、右手方向に突き進む。

「オウ!イン「どりゃあああ!」」

 はい、左手の扉から出てきた痩せぎすなスーツ姿の外人一名、陽一郎さんの問答無用のラリアットでノックアウト。

「ふう、危なかった!騒がれたら事だからね!」

 ギラッ!と白い歯が輝いた。いや、なんていうか、ホラ。もうすでに大騒ぎにしてますから。

「さすが富永さんですっ!」

 香奈美ちゃんがワーイと無邪気に喜び、その横で黒田さんもコクコクと小さく頷く。うん、まあ、よかったよかった。いやーよかった。よかったすぎて俺の心の涙腺がブロークンしそうだよ。

 と、リアクションすら取れずにいると、肩をポンと叩かれて振り返った。その先には東雲さんがいて。

「勝てば官軍」

 にゅっとサムズアップ。ふふ、どうしても優良な一般人的常識が抜けないもんで。ええ、本当にすみません。でも人間的にはそれでいいと思いますゴメンナサイ。

「と、とにかく先にすす━━って何やってんですか東雲さん」

「下手なことされないように縛ってますが、見て分かりやがりませんかこの節穴馬鹿」

 愚問だな、とばかりに尊大な視線を返された。しかし手元はちゃっちゃと動いて、白目を剥いてる外人さんを後ろ手に、親指を結びつけ、外人さんの着ていたジャケットを破いて猿轡。いやもう、ほんとーにやりたい放題ですね。いっそ清々しいほどに。

「気が済んだら先、行きますよ…」

 げんなりとしながらも、四人を引き連れてさらに奥に。時折後方から銃声や怒号が聞こえるのは、美羽と玉代さんが元気にやってる証拠というわけで、珍妙なBGMということにしておこう。インカムも切られたようで、ちょうど様子が分かっていいじゃないか。やったね!

 なんて世界の不思議について考察していると、目の前にばらばらといかつい風体の外人さんが、ひーふー…いっぱい現れた。

「ちゃらりっちゃらりーん」

 ゲームみたいにエンカウントしたときのSEを口ずさんだのは、意外にも暗黒メイド東雲さんだった。無表情なままだけど、実は相当楽しんでるんですね。そいつは何よりですよ。

「陽一郎さん、逃げ込める部屋の確保を、香奈美ちゃんと黒田さんは後ろに、東雲さん、頼りにしますよ!」

 咄嗟に指示を振り、香奈美ちゃんと黒田さんの前に回って、配給されたCz75を構えた。

「了解だ!」

 陽一郎さんは瞬時に動いてくれて、手近な部屋の扉を蹴り破って中に転がり込んだ。

「中はクリアだ!みんなおいで!」

 陽一郎さんの声を合図に、敵方の銃がずらりと並んで、一斉に射撃開始。後ろの二人がひと呼吸はやく動くのを気配で察しながら、俺は慌てて部屋に逃げようとして、進路上にいた東雲さんをついでに抱きかかえてダイブ。弾丸が何発も間近をかすめていって、もうなんていうか小便ちびる暇もない!下品で申し訳ない!

「よし、体勢を立て直して、突破しないとな…」

 個人用の部屋だろうか、ホテルのシングルルームのような室内には、ベッドにタンス、ローテーブルに小物入れと至ってシンプルな家具。そして耳には銃声、手にはむにむにとした手ごたえ。うむ、なんだか癖になる気持ちよさ。

「こういうときの戦い方ってどうしたもんゴエッ」

 腹部に猛烈な一撃をもらって、もんどりうって転がる俺。なんていうか腹に不意打ちって、物凄くしんどいんだ。どうしようもないくらい。

「い、いったい何が…」

 軽く涙でにじむ視界を凝らすと、そこに鬼という名のメイドが仁王立ちなさっておられた。そして手にしたAK47の銃口を俺の眉間に押し当て、「お祈りは済みましたかこの豚野郎」何やらご立腹のようであらせられる。

「じょ、状況がまったくつかめないので、可能でしたら説明を希望します」

 両手をあげて、参ったのポーズ。

「いや、ていうか廊下には敵がいるわけですから、いまこんなことしてる場合じゃ━━いたたたい!痛いです!銃口ぐりぐりしないで下さいゴメンナサイゴメンナサイ!」

 ていうか、三人も見てないで助けてくれれば、と視線だけで姿を求めると、三人は扉がなくなってすっきりした入り口のところで、半身をさらしては敵に射撃、嵐のような応射に慌てて引っ込む、ということをしていた。簡単にいうと応戦ですね。ええ、三人のおかげでまだ生きていられました。ありがとうございました。

「お嬢様のためにも、いまのうちに品性下劣な生物にはこの世から退場願おうと思いますが、不服はおありでしょうかこの飢えたケダモノ」

「へっ?えー、いやホラ何?わりと俺ってそういうところ淡白だってよく言われるくらいなんだけど、いまこの場でそういう件について問い詰められるこの不思議に対して疑念をいだかなくもないわけでして!?」そして心持ち、瞳孔開いてませんか、東雲さん。相変わらず無表情で分かりにくいんですが。

「どの口で仰りやがるのか、理解に苦しみます」

 顔を心持ち紅潮させながら、殺意を込めて、さらに銃口を一押し。いや素直に骨が痛いです。

「さっきのは咄嗟に逃げるために已む無くでしてね?言うなれば不可抗力というやつでして、押し倒すとかいうのとはだいぶ行為の意味するところと行為に及んだ意図とがかけ離れていると思うんですが!」

 我ながらいざとなると、恐ろしく口の回転速度があがるもんだ。などと心の奥で感心していたら「言い訳は閻魔様にでもしやがれ、でございますこの破廉恥漢」

「銃口グリグリって痛い痛いです!いやもうホラあとで何でも言うこと聞くっていうか、執行猶予っていう日本語もあるわけだし、急場ではご法度にも目を瞑るのが肝要とでもいいますか、放っておいたら香奈美ちゃんにも危険が及ぶわけで、つまるところいまは後方の危難を取り除くのが先決かと愚考する次第でありまして!」

 何かひとつくらい命中してくれよとばかりに、我ながら素晴らしいまでの長広舌!

 俺の言葉に、ちらりと振り返る東雲さん。後方では、三人が廊下の向こうにいる敵と銃火を交えている。当然ながら、銃声やら跳弾音やらがけたたましくなり続けている。

 東雲さんは無言で俺に一瞥をくれて、軽い溜息をひとつつくと、俺に押しつけてグリグリしていた銃口を離した。

「あとで何でも言うことを聞く」

 冷徹を通り越して、殺人ビームでも放ちそうな目で。

「あとで何でもいうことを聞く」

 それはつまり、復唱要求ですね。

「あとで何でもいうことを聞きます…」

 まさかヒットしたのはそこだったか、てっきり香奈美ちゃんネタだと思ったのに!なんて俺が心の中だけで悔しがったつもりが顔に出たのか、東雲さんはニヤリと心底いやらしい笑みを浮かべた。

「香奈美お嬢様、お下がりください。ここは私が」

 キリッとかいう擬音が似合いそうなくらい、無表情に言い放った。

「真希さん!なかなか手ごわくて、数が減らないんですよっ!」

 香奈美ちゃん、ゲーム的感覚で言ってるけど、その減る減らないって、命の話だからね?命は大切にね?別に作戦名じゃないからね?

「お任せください。私にかかれば、このていど楽勝です」

 うーん、すっかり忘れてたけど、俺以外と喋るときはふつうなんだっけ、この人。この困った優位性をどうしたら解消できるか、暇と命があったら考察してみよう。まずはこの場、この一件をどうやって切り抜けるかが肝要なんだけどね!

 東雲さんはローテーブルに置いてある灰皿を手にして、それを廊下━━の先の窓に投げつけた。そして扉のわきで壁を背にしゃがみ、器用に銃だけを廊下に出す。視線は廊下の右手、敵のいない方。はて、まさか超能力でも発揮して、視覚に頼らず敵を撃つつもりなのか。

 パン、パン、パン、と単発で規則正しく東雲さんの手にするAK47が発砲する。そして何故か敵の銃撃が弱まり、十二発発砲したところで、東雲さんが無造作に立ち上がった。

「お嬢様、片付きました」

「さっすが真希さんですねっ!」

「いったいどうやって、後ろ向きにスナイプしたんですか…」

「ガラスの破片に敵を写しただけです無発想力男」

「な、なるほど…」俺、いちおう作家なんだけどね…うん、まあ、東雲さんに比べたらクソみたいな生物ですよ。

「そんなことはいいから、先を急ぎましょう!遅くなったら、美羽さんと玉代さんがピンチなんですよねっ!?」

「え、ああ、まあそうだね」あの二人がピンチになったら、俺らが加わっても状況は変わらないだろうけどね。

「黒田さん、大丈夫?」

 黒田さんが顔面蒼白にしているのを見て、思わず声をかけた。この中では一番、まっとうな神経してるから、むしろキツイよなあ。俺は自分の神経の太さに驚きかけたけど、実家での生活を振り返るとそうでもないのかな、と納得しかけて自殺したくなってきた。

「だ、大丈夫です。で、でも、あの、その、足手まといだっていうなら、お、置き去りにしてください。敵に見つかって捕まって、慰み者になっても構いませんから!」

 いや、それは俺が嫌すぎるから勘弁してください。

「置いてったりなんかしないよ。大変だろうけど、そこの二人といるのが一番安全だろうから、一緒にいこう」

「そ、そそそそんな私なんもごご「はいはい、四の五の言わずに行こう!」」

 このまま続けていると延々続きそうなので、今回は口を塞いで強制終了。ぼさぼさしてると、また敵が来ないとも限らないもんなぁ。

 気を取り直して、ようやく、とにかく。陽一郎さんを先頭にして、俺、香奈美ちゃん黒田さん、最後尾に東雲さんという並びで、ふたたび行動開始。散発的に現れる…というよりは、別働隊の二人が起こした騒ぎに慌てて出てきた連中は、陽一郎さんのジャンピングパンチやドロップキック、果てはフライング・クロスチョップやウエスタンラリアットで、もしくは東雲さんの神速スナイプによって、次々と倒されていく。いやもーほんと、便利もとい頼りになる二人だね。


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