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着地の衝撃を和らげ、且つ逃げるために膝を曲げて大きく跳躍する。そのままアイテム屋の庇に登り、屋根の上を駆け抜ける。
急に目の前が真っ赤に染まる。HPゲージも3分の1近く減ってしまう。炎系の魔法攻撃を食らったのだと理解するのに時間がかかった。トウマは走りながら回復アイテムを使い、装備を魔法無効化のアビリティが着いているものに変更する。その直後にまた魔法攻撃を立て続けに二発食らった。少しでも装備変更が遅れていたら死んでいただろう。間一髪だ。
装備を重いものに変えたため足取りはやや遅くなる。後ろを振り向くと屋根の上にも追っ手が来ているようだ。
「最初っから張ってたのか!」
恐らくはアイテム屋の前にいたやつは囮。トウマが攻撃することを見越して近くに仲間を配置。更に逃走ルートを断つために屋根の上にも仲間を配置していたのだ。
トウマは《獣人》の身体能力の高さに感謝した。あらかじめ予想されていた動きだったのにも関わらず、敵から逃げられているのはひとえに身体能力の高さのおかげである。それと攻撃をしかける前に装備を軽くしておいた自分の判断も幾ばくかは現在の状況に影響しているだろう。
走りながらトウマはちらりと地上に目をやった。武装した人間が3人追ってきている。彼らの攻撃は現段階ではトウマに届きはしないが、地上に降りた瞬間集中攻撃を浴びせられるのは目に見えていた。建物が無くなる街外れに着く前には巻いておきたいものだ。そのためには後ろからの追っ手をまずまいておく必要がある。見たところ普通の《黄人》のようだ、《獣人》の跳躍には着いてこられないだろう。
トウマは街全体の、主に商店の屋根の上の地図を頭に思い浮かべる。この先にある酒場の飛び出した屋根の上からはギリギリ向こう側に跳べるはずだった。そこまで持てばとりあえずの危機は去るだろう。
アイテムボックスを探り《マナホルブ》を選択する。これは魔法のつまった紫色の瓶で、投げつけると相手に魔法攻撃を食らわせることが出来る。要するに火炎瓶みたいなものだ。それを思いっきり後ろの敵めがけて投げつけた。紫色の火柱が立ち、相手の姿が見えなくなる。これで少しは時間が稼げただろう。トウマは前を向き全力疾走する。
例の酒屋の屋根に着いた時、敵の姿ははるか後方にあった。トウマはにやりと笑うと、向こう岸の屋根めがけて大きく跳ぶ。《黄人》は悔し紛れにいくつかの魔法攻撃を仕掛けてくるが無効化しているので派手なエフェクトに包まれるだけで実害はない。トウマはほくそ笑むが、それは数秒後に凍り付いた。右方から敵が走り寄るのが見えたからだ。
「しまった」
叫んだときにはもう遅かった。《獣人狩り》の連中はこちらの屋根の上にも、もしかしたら街中の屋根の上にも味方を潜めていたのだ。トウマはあわてて左に走り出す。この先は一本道、やがて街の外側に近づくと建物が無くなってしまう。
トウマは再び街の地図を頭の中に思い起こす。《世界樹》を中心にして放射状に広がる商店街。この先にはもう向こう岸に飛び移れる程の大きな屋根はない。可能性を捨てきれず向こうの商店の屋根の上を見てみるが、少し遅れてはいるが《黄人》が走っているのが見えた。
万事休す。それでもトウマは考えることをやめなかった。
敵は全員トウマの足に追いついては来れない。止まったら負けだが、止まらない限り攻撃されることもない。地上から追っている奴らは、降りたらすぐに攻撃されるような位置にいる。しかし、少しでも遅れさせれば逃げ切れることもあるかも知れない。
少しだけ足を止めればいいのだ。商店街の端から街とフィールドの境界線まで十数メートル、そこさえ走り抜けられれば逃げ切れる。フィールドに出さえすれば、障害物のない場所で自分の体を最大限に生かして逃げ切れる自信があった。
再びアイテムボックスから《マナホルブ》を選択する。走りながら狙いを定めるのは難しいが、それでも出来るだけ全員にダメージが行くような位置に放り投げることに成功した。
紫色の火柱が、トウマのいる屋根の上まで吹き出してきた。成功だろう。
火柱を後ろに数メートル程走ったところで下を見ると、攻撃前と同じように並走して走る一行が目に映る。思わず凝視してしまうが、間もなく一つの結論に思い至る。彼らもまた魔法無効化の装備を身につけているのだ。
今度こそ成す術が無くなってしまった。トウマはそれでも、街の外れまでは全力で走ろうと思う。向こうに何か事故や、バグが怒る可能性もまだあるのだ。こんなにこのゲームに尽くしてきたんだ。そのくらいの奇跡は起こってもいいだろう。
そろそろ屋根の端が見えてくる。ほとんど泣きそうになりながら、それでも走り続けるトウマにある考えが浮かんだ。装備を軽くするだけで身体能力に斎賀出てくるのだ、全て外したらどうなるのだろうか。もしかしたら、商店街の端から跳躍だけで街の外に出られるのではないだろうか。
まさか、とは思うが試したことがない以上何とも言えない。装備を外した瞬間に魔法攻撃を一斉に仕掛けられる可能性もある。
深く考える暇もないうちに屋根の端が迫る。どっちにしろなにもしなくても死ぬのだ。万が一にでも助かる可能性があるならばそこにかけてもいいだろう。
トウマは装備を選択し一つづつ外していった。最後に靴を外そうとした時、メッセージがポップアップ表示された。
「全裸で歩くことは法律で禁じられています」
初めて試みたがこんな表示が出るのか、とトウマは驚いた。法律で禁じられていても、逮捕されなければいい話だ。それに《獣人》は全身に獣の毛が生えているのでいわゆる全裸には見えなかった。トウマはウィンドウを閉じて靴も脱ぎ捨てる。また何かが表示されたが、無視して大きく跳んだ。
「うりゃあああああああっ」
装備をしているときよりも、遥かに高く跳べている。
下から魔法攻撃が向かってきていたが、爪で攻撃して相殺する。
まもなく境界線だ。このまま抜けられるとトウマは確信した。
またしても魔法攻撃、そしてアイテムでの攻撃が降り注ぐが、悉く命中しない。たまに当たりそうな攻撃を爪で相殺すればいいだけだった。
落下しながらトウマは街の外に出た。攻撃が一切やむ。しばらく読み込みに時間がかかったが、それが終わると目の前には緑の草原が広がるばかりだった。
トウマは後ろを振り返らずに走る。裸足に当たる草の感覚が面白い。走るときの一歩一歩が今までとは格段に違い軽やかだ。装備無しがこんなにいいものならもっと始めからやっていれば良かった。
この先に行けば小さな森がある。その中を通っていけば敵はトウマの姿を見失うだろう。万が一見つかってもこの足の早さならまず追いつけないだろう。トウマは楽しくなって小躍りした。そして森に向かって一直線に走っていった。
トウマはまだ気付いていないが、彼のメニューのログアウトのコマンドが灰色になって選択出来ないようになっている。そして、彼の体の感覚はゲーム内のtoomと一体化している。
最後に彼が見なかったメッセージは「人として扱われませんがよろしいですか?」
エヌマ・エリシュ・オンライン・システムの、最後の確認のメッセージだった。
彼は見なかったとはいえ肯定と同じ選択をしてしまったので、人として扱われず、ゲーム内のNPCとして扱われてしまったのだった。
締まりきらない感じになってしまいましたがこれで終了です。
設定とか考えるの楽しかったので、同じような世界観で長編ネタを思いついたら書きたいと思います。
つたない文章ですが、読んで下さってありがとうございました。




