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エヌマ・エリシュ・オンラインとは、今から二年程前に無名のゲーム会社から発売された大規模多人数同時参加型オンライン(MMO)RPGである。ソフト自体も安価で月額料金が原則不要な点と、ヘッドマウントディスプレイやナーヴ・ギアに比べてかなり安く手に入るアイウェア・ディスプレイに対応している点で、トウマのような学生に比較的人気があった。
比較的というのは、他の大手が経営しているMMORPGに比べて圧倒的に参加人数が少なかったからである。しかし、最近になってその自由度の高さと料金設定の低さが評価され、顧客数を順調に伸ばしていた。
「畜生。新参が、調子乗んじゃねえぞ」
トウマはディスプレイを再び掛けると、エヌマ・エリシュ・オンラインのトップ画面からアカウントを変更し直した。キャラクター名はshirataki、種族は《白人》だ。
「今度は邪魔すんじゃねーぞ」
トウマは呟くと、再びゲームの世界へと入っていった。
エヌマ・エリシュ・オンラインでは、新規プレーヤーが増えるにつれ、古くからのプレイヤーとの間に軋轢が生じていった。その一つがトウマが今遭遇している《獣人狩り》である。
ゲーム内で自分が操作するキャラクターを選ぶ際、種族と職業を選べる。職業は後から変更が可能だが、種族は変えることは出来ない。
その種族の中の一つに《獣人》というものがある。魔法攻撃が一切出来ない代わりに、身体能力の上限が桁違いに高いのだ。初期からのプレイヤーと最近始めたものの間には何時間かけても追いつけない程の差が開いてしまった。それがひどく不公平に見えた一部のユーザーがゲーム内外で署名を募り、運営に直訴。結果ゲームバランスを崩すとして《獣人》は新規キャラクターエディットの画面から削除されてしまった。新規プレーヤーの数の方が古参プレイヤーの数より圧倒的に多かったのだ。それからは《獣人》プレイヤーのみ別の種族への変更が可能になり、多くのプレイヤーが「ギルドから追い出す」などの脅しを受けて渋々変更した。残ったわずかな《獣人》プレイヤーも、執拗なPKにあってやむなく変更、もしくはゲーム自体に失望してやめていった。
しかしトウマは違った。せっかく育てたキャラクターに愛着があったし、揃えてきた装備も《獣人》用だ。そしてゲームに失望も出来なかった。今までの運営の判断を考えると、これから先《獣人》がまた復活する可能性もなきにしもあらずだったのだ。
エヌマ・エリシュ・オンラインの自由度の高さは、運営の柔軟さにあった。もともとのキャッチコピーが「全てを作り、壊せ、そして奪える」で、全てのオブジェクトは破壊が可能、ゲーム内の全てのものは自分で作れるという設定だったが、ただそれだけだった。一応イベントなどもあったのだが、既存のゲームの劣化版といった感じでいまいち面白くなかった。そこでプレイヤーが運営に意見を提出、それが実際に受け入れられることで進化し続けてきたゲームなのだ。最近ではあまりの反映の早さに運営人じゃない説が出ているが、実際のところは分からない。
初期からのプレイヤーにとっては、まさに自分たちが育てたゲームと言っても過言ではなかった。
トウマはそんなゲームを諦めきれなかったのである。
トウマがshiratakiでログインした先はさっきログアウトしたところと同じ街《世界樹の都・イグディール》であった。ここのワープポイントは街の中心にある大樹の下だ。ログインも、ログアウトもここからしか出来ない。
「アイテムだけ買って、コストかかるけど配送してもらおうかな‥‥‥」
トウマの目的は転移アイテムを買うことだった。《獣人》でプレイしているとPKにあいやすいので、人の多い街中にはいる時間は短くしていたい。そのためにログインするとすぐにアイテムで移動を繰り返していたのだが、ついにアイテムが尽きてしまったのだ。今トウマは別アカウントでアイテムを買って、配送屋に頼んで《獣人》の方に送ろうとしていた。この方法は1アイテムごとに送料がかかるのであまり経済的ではないのだが、背に腹は代えられない。shiratakiはアイテム屋に歩みを進めた。
「あー、まだいるじゃん」
《獣人狩り》の連中が、世界樹の周りをうろうろしているのが見えた。ばれることはないと思うが、早めに予定を済ませてこの場から去りたい。
アイテムを持てるだけ買うと、速やかに配送屋に向かう。配送は主に人にプレゼントをしたり、物々交換をする際につかうので、あまり利用する人はいない。そのせいかかなり街の外れに店が構えてある。
早足で人をかき分け進んでいると、突然HPゲージが真っ赤に染まった。
「は?」
腹部を見ると見覚えのあるロングランスが貫通している。
「なんでだよ?」
男は何も答えない。見る見るうちにHPゲージが空っぽになっていく。何も出来ないまま画面がモノクロームになる。死んだのだ。
この世界ではPKをしたものは、されたものに3つの選択肢が与えられる。1つめが経験値の10パーセントを奪うこと。2つ目がアイテムを10個まで奪うこと。
そのどちらもサブアカウントであるshiratakiにはあまり痛くなかった。しかし、男は3つ目を選ぼうとしていた。
「おいおい、待てよ」
3つ目は1週間のアカウント停止。
トウマのアカウントは2つしかないので、1週間の間は《獣人》を使わざるを得ない。
「そこを殺すってわけですか‥‥‥」
激しい苛立ちを感じながら、トウマはブラックアウトした画面を見ていた。




