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怪壊塵芥  作者: 黒漆
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過室旅館


 名のある温泉地に妻と共に小旅行に行き、とある旅館の別館に宿泊した。予約した旅館が何故か過剰予約をしたらしく、食事代以外は無料で良いですからと用意されたのがその別館だった。


 全面木造、まるで数世紀前の建物のような趣で、案内された部屋は畳に卓袱台の簡素な部屋だった。正面の窓はガラスが無く、木戸の窓。左側の壁にはめ込まれた小さな窓にはガラスがあり、灰にくすんでいた。


 窓から見える景色は旅館の裏手の竹林ばかりだ。半ば憤慨気味に指示に従った私達だったが、露天風呂が思う以上に心地よく、腹立たしさも湯の中に溶けていった。


 風呂から戻ると布団が敷かれており、窓の木戸は閉められていた。さて寝るかという段になり、敷かれた布団に横になると、窓の外からガラゴロとなにか奇妙な足音が鳴る。くすんだ窓から見下ろすと、黒い輪郭の人間が大勢で下駄を鳴らして歩いていた、温泉地では下駄も珍しくない。


 しかし、余りに沢山の人間が音を立てながら歩いているものだから、何か祭りでもあるのかと、私はくすんだ窓の留め金を外し上に持ち上げた。すると窓の向こうは本館の壁があるばかり、旅情あふれる風景も一瞬にして素っ気のない建物の隙間に変わってしまう。すると木戸がことこと叩かれた、僅かに開いた隙間の先に白い指がちらちら見える。


 風に吹かれた笹の葉がざわざわと騒ぎ立てていた。妻が平然と目を開いたまま、布団の上で横になっているのを目にして、私が無言で窓を降ろすと、これはさすがにと耐えられんと仲居を呼び出した。すると物凄い剣幕ですみませんと頭を下げ、窓の下に花瓶を置いた。


 途端あれ程賑やかだったざわめきが全てぴたりと収まった。ひた謝る仲居を前に、妻が神妙な面持ちでもう寝ましょうとぽつりといった。


 仕方なく横になり隣の妻を見ると、はっきりとした目つきで上を見つめている。その先に目を移せば、天板が僅かにはずれ暗闇が覗いていた。


 翌朝口止めをかねて宿泊料全て無料となったが私はもう二度と行きたくはないと言うと、妻は私はまた行きたいという。毎年その旅館に泊まりたがる妻を、私はなんとか宥めている。


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