願切
「せめてもの礼だ、聞いてくれ。昔さ、川向こうに拝み屋が居着いてたんだ。川の際に板張りの簡素な小屋立ててな、それが凄い奴だって噂が立った」
「拝み屋って占い師みたいな?」
「似てるけど少し違うかな、悩みを解決するって意味じゃ似たようなもんかもしれんけど。薄汚れた焦げ茶の装束着込んで、なんだか顔面が全部皺でできた様なばあさんでね。けど、目を開くと眼光が凄いんだ」
「川向こうって今はあの変わった人が住んでる家があるところだよな」
「そう、あの人な。昼間っから道路で寝転がったり、山駆けずり回ったり」
「あの人恐いわ、この間俺目合わせて追いかけられた」
「あんたは知らんかもしれんけど、実は昔からああじゃなかったんだ。そりゃあ美人でな」
「へえ、想像できないな」
「願切って、聞いたことあるかい、知らんだろうな」
「知らないね、何だいそれ」
「そのままなんだが、願いを切るって意味なんだろうな。彼女かつては精力的な女性でね、恋愛より身を立てる事を優先するような女だった」
「成程ねえ、それで」
「俺は彼女に心底惚れててね。夢を追いかけて地元を離れるって宣言されて焦った。そこで拝み屋に頼んだ。彼女を地元に引き止めてくれって、俺は当時は若かったからな。時間さえありゃ何とかなる、そう考えてた」
「で、その願切ってのが登場する」
「そうだ、彼女の願いを切れば地元から離れる必要がなくなるだろう。時間がありゃその内新しい夢も見つかる、俺が一緒に探してやってもいいって」
「で、その拝み屋に頼んだと」
「ああ、願切すれば自然と地元に居着くってんだな。それで彼女の髪を何本かくすねて、そいつが拝めば願いは叶うって言われてな」
「そんな簡単なものかね」
「簡単じゃないんだよそれが。締め切った小屋の中で一時間みっちり拝み屋の後ろで正座して待てと指示されてね。何があっても拝み屋の顔を覗き込むなと忠告された、拝みの最中は布で顔を隠してるんだがな」
「ははあ、騙されてんじゃないのか」
「俺だってそうも考えた。だが近所じゃ評判は上々だったからな。ただ拝み屋自身が汚らしくて獣臭いのを除けば、だ」
「それで、一時間耐えたのか」
「あれは異様だった。獣の唸りと強烈な臭いが小屋の中に充満するんだ。拝み屋の動きは全くないのに震えが凄い、何かに揺さぶられてるみたいでな。それで俺はインチキじゃねえだろうな、集中してるから大丈夫だろと考えて、機を見て立ち上がると拝み屋の手に置かれた髪を見て、数本切れてるのを確認してから、そっと布を持ち上げて顔を拝んじまった」
「はあ、そりゃああんた、まずいだろう」
「どっかで信用してなかったんだろうな、だからあんなことしちまった。ばあさんの顔、皺が綺麗に無くなってた。替わりに縦に切れ目が四つ、犬歯ばかりのだらしなく空いた口が一つ。それで、二つの切れ目が開くと眼球が覗いた。俺は腰抜かして這いずりながら逃げた。小屋から出ると屋根が崩れ、潰れちまってそれっきり」
「ばあさんはどうなった」
「さあ、死体も見つからず消えちまった。ただ、彼女がそれからおかしくなっちまった。ありゃあなんだ、まるで獣だよ。俺を見かけると凄い勢いで噛み付こうとするんだ。それきり俺もツキに見放されて、こうしてあんたに恵んでもらわにゃ食えない有様さ」




