歯噛み
空気中で熱と冷気がざわめきたてると、空を雷が引き裂いた。数秒の瞬光の後、地鳴りのような劈きが訪れる。続いて雹が降り出した。
由良は扇風機の前で痛む歯を抑えながら頬杖を付き、庭を跳ねるつぶてを見て一言、珍しいなと呟いた。由良は歯医者が嫌いで、限界が訪れるまで我慢しようといらぬ努力を続けていた。騒がしさが引いてゆき、雹が止む。
すると庭先に甚平を身に付けた禿頭の老人が現れ、軒下縁側に座り込み、その手にひょいと雹を取っては口の中に放り込み始めた。
唖然としてその姿を見ていると、がりごりと咀嚼を始める。それに思わず見蕩れてしまい、虫歯に痛みが走る。止めろと声に出そうとしたのになぜか怒りが腹の底に下った。唐突に現れて見ず知らずの老人に好き勝手されているのに、不思議と腹が立たない。
由良は立ち上がると老人の隣に腰を下ろし、珍しいですねと顔をのぞき込み、話しかけた。すると老人は蓄えた髭をさすり、口から何かを吐きだした。
転がるそれに視線をつられていると雷鳴が再びとどろき、眩しさに目をつむると、隣の老人は消えていた。庭先には老人が吐き出した白く小さな歯が何粒も残っている。
数えてみると全て乳歯で十本、不意に歯に疼痛が走る。幼い頃丁度、縁の下に投げた乳歯の数と一致すると気がついた。
由良の地方では乳歯は抜けたら丈夫な歯になるようにと縁の下に投げ捨てる。これは俺の歯か、そう考えてふと老人を思い返そうとすると、美しく並んだ白い歯と大きな口周りしか印象に残っていない。
翌日、由良は足を取られ、階段から落ちて顔面を打ちつけ、虫歯もろとも上の歯を十本、根元から綺麗にへし折った。




