睡琴窟
「いざ眠る時間になると、耳に何か高音が聞こえるんです。鉄琴みたいな音なんですけどね、それが心地よくて」
社宅に入ったばかりの新人がそんなことを言う。その社宅は、社員が故郷を離れ、引越しするとの事で使わなくなったという家を社が買い上げて使用を始めたものだった。
「へえ、面白いじゃない。それって何かいわくでもあるんじゃないの」
私は逆に眠りやすいなら別にどうってこと無いなと思い、そんな軽口を叩いて新人を笑っていた。しかし、数日を経ると目に見えて新人の様子がおかしくなってくる。
良く寝ていると言う割に目の下にクマを作り、無断欠勤や遅刻、仕事のミスが重なり、これはもうクビかなという空気が漂い始めると何故か私に声がかかった。どうやら親族が社内に存在するらしく、簡単にクビを切れないらしい。そこで比較的仲のいい私に白羽の矢がたったというわけだ。
どうも新人に理由を質しても要領を得ない返事しか返らないらしい、実家から通っていた間は真面目に来ていたらしいので、社宅に何かあるのではと言う噂がたったのも良くなかったらしい。とはいえ、広い社宅を部屋割りにして他に住んでいる社員には何事も起きた、という話は聞いていない。
仕方なく本人に「詳しく話して欲しい何があった、どうしてそんなに眠そうなんだ」と私が聞くと、「以前お話したじゃないですか、鉄琴みたいな音がするって、それを聞くと良く眠れるって。けど、どうしても眠りすぎてしまうんです、一度寝付くと起きるのが辛くて、起き上がっても眠気がすごくて」そんな事を言う。
当然全てを鵜呑みにする訳に行かず、私は新人と共に社宅に向かうと新人の使用している部屋を訪ねた。
共同空間のダイニングを抜けると、ドア鍵の付いた六疊の部屋が見えてくる。ドアを開けると、よどんだ空気が外に流れ出す。
部屋角にダンボールが積み上げてあり、敷かれたままの人型に窪んだ布団が残っていた。
「ここで寝ると聞こえるんです、今も眠たくて眠たくて」
そんな新人の声を無視して、私は布団を捲り上げると下の畳に耳を当てた。すると確かに、グラスの縁を濡れた指でなぞると聞こえるような音が耳に届いた。
「これ、おかしいだろう。お前疑問に思わなかったの」
そう言っても新人は上の空だ。仕方なく私は畳をめくり、強引に床板を剥すと、明らかに不自然な色の地面が現れた。
なんだこれ、そう思いながらもシャベルを持ってきてくれと頼み、掘り起こすと敷き詰められた石、塩ビパイプに上下逆の龜が出てきた。龜の底には穴が空いていてそこから水が流し込まれている。
龜を割り、中を覗くと、水が貯まり、底に小さな動物と思われる骨が幾つも沈んでいた。どうも、塩ビパイプから排水が流れ込むように敷かれ、口を塞がれた龜の、下に溜まる水を打つことで音が反響していたらしい。
龜の壁面には必要以上に水が溜まり過ぎないように逃げ道まで作られている。全てを取り払って埋めると、あの高音は二度と聞こえなくなった。新人も体調を取り戻し、今では元気に働いている。
どうも新人が寝ていた部屋にはその社員の親である老人が暮らしていたらしい。相当の遺産を持っていた父親がここ数年で体調を急に崩して寝たきりになってしまった、その親が亡くなったので引っ越したいと聞いた、そう社の上役が言っていた。
元の持ち主である社員は退社し、その後失踪してしまっていた。結局の所それが何だったのか私にはわからない。言えるのは原因がその得体のしれない装置にあった、ということだけだ。




