風幽船
部活で走り込みを続け、公園の中を走る。風一つない夏の蒼空、公園の木々ですら余りの暑さに項垂れているように見える。
油蝉が賑やかに鳴いている、公園の蛇口を開いて私はタオルを濡らし、汗だくの額を拭った。続いて口を水に近づけて喉を鳴らしながら飲み込む。
乾いた体、熱のこもった胃に気持ちよく流れ込んでゆく涼しさ。頭から水を被りたい、そんな衝動を押さえて熱線の下から逃れ、木陰に潜り込むと、両手をついて葉の間から覗く太陽を薄く目にする。
と、青を遮り赤が隙間を埋めた。目を凝らすと、赤い風船が飛んでいるのがわかった。
あれ、誰か紐から手を離しちゃったのかな、そう思って日の下に出てみても目に入るのは木陰で涼んでいる部員ばかりで、子供の姿は一人も見えない。
おかしいなあともう一回空を見上げると空は色とりどりの風船に埋もれていた。海を泳ぐ魚の群れみたいに上下左右にふわふわと浮遊して重なり合う風船。
なぜか紐が付いていない丸い風船。目を奪われて暫くそれから目が離せなかった。
遠くで鐘打ち鳴らされていた。ちりちりと肌を焼くような熱風が頬を撫でて、はっとするとあれ程賑やかに鳴いていた油蝉の声、それに汗もピタリと止まっていた。
私は部の友達に話しかけようと別の木陰を見ると見たことのない服を身につけた首のない人達が何人も、膝を抱いて座っていた。
不意に皆空を指さす、何、そう思って指先の方向を見上げると空が真っ赤に燃えていた。轟音と共に火の玉が尾を引いて落ちてくる。
焼け爛れた赤肌、剥けた皮から覗く脂肪の黄、焦げあがった黒。生気の抜けた白や青く浮かび上がる人々の顔、それが空に浮いていた。
腰が砕けてしまう、私はあんなに火照っていた体が凍えるほど冷たくなっているのに気がつき、膝を抱えて震えた。
涙が止まらず怖くて悲鳴を上げそうになり、鐘の音が止まっていることに気がつくと膝の間から再び目を見開いた、すると辺の景色はオレンジ色の公園に変わっていた。私はすぐに立ち上がり地面を踏みしめると、部室へと駆けた。
勝手に帰るなと部活の顧問の先生に怒られ、友達にはいつの間にか居なくなっていたと言われた。
私は木陰の下にずっといたはずなのに誰も気づかなく、何故か時間も数時間過ぎていた。
もし戻れていなかったらと思うと背筋が凍った。それを経験して以来、風船を直視できない。




