夜窯痕
山袖にひっそりと佇む、崩れかけの庵に一所だけ土色の異なる場所がある。焼けて硬質化した土、黒い燃え跡には草木一本生えていない。今時珍しい煙管に葉たばこをつめ、燻らす翁が丸太に座り静かに話す。
「窯壊してからもう三十年になる。あんなに代を継いで大事にしていたのものだが、壊すのは早いもんだった。
元は炭窯だったらしいんだけれども、いつからか火葬場と同じ、亡骸を焼く窯に変わっていた。子を亡くした親がどうしても遺体を腐らせずにおきたいと願ったのが始まりらしい。通常の火葬場は窯の中の温度はそれ程に上がらない。
だからこそ、焼いたあとには肉は綺麗に溶け落ち、骨も僅かに残る。だが、炭焼きの窯は高温が保たれるように作られているから、炭のまま形が残るんだ。全体的な大きさは小さくなりはするけれど、人の形は完全に残る。
詰まるところ、どんな形であれ亡くなった人面影が少しなりとも残る、だから大々的じゃあないが、存外窯を利用する人も多かった。狂気だと思うか、それとも愛情だと思うか、それは人其々だろうよ」
ふうと一息、煙を吹く。
「今でもどこで聞いたのかここに尋ねくる人がいるんだ。そこまでして死んだ者に縋ろうとする生きた者も、そこまで思ってくれる人間を残したまま死んでしまった者もどっちも罪だよなあ、そう思わんかい」
翁は脇に煙管の灰を落とすと、踏みにじって火を消した。そして苦々しい顔をしながら続きを始める。
「盆になると夜にな、釜の火が燃えるのがみえるんだ。この焦げつきに沢山の人の火が染み付いているからか。それともここで焼かれた人はみいんな今生に染みついているのかもな。
中には死んでも恨みが晴らしきれないなんて連中もいたんだ。家族や親族、間柄が近くなる程愛憎が深くなるものかね。どっちにしても、やはり生きてる間の人間はろくでもないことばかりしよる。
俺はな、親族全員に踏みしだかれる、ある親父の亡骸を見てな、どうにも嫌になっちまった。死の安らぎまで与えられんでそりゃあ、あんまりじゃあないか」
ほう、とため息をついて翁は空を見上げた。




