燻る山
山が燻っている。風が吹き、杉林から煙が立ち昇る。
決して燃えているわけではない、その白いもやは全て花粉だった。
季節の変わり目を告げる灰色の帯は、山から街に向け吹き降ろす風に乗って流れてゆく。
否応にも頭の中に思い起こされるのは、遠い過去の日、山火事の起きた日の出来事だった。
生木の燃えるびしばしという痛々しい叫びにも似た響きが、方向を見失った私の周りで追い立てた。
風に流された煙が熱風を伴って私の背中を押す。早くしないと追いつくぞ、全て燃やし尽くしてしまうぞ。
私は煙に追い立てられ、無我夢中で薮の中を駆け巡る。手足に傷がつき、赤い血がにじみ出ても、痛みを感じる余裕もなかった。
ざわめきと木々の叫びに翻弄され、既に自分の居場所はどこなのか全くわからない。
そんな中、悲痛な叫びと共に沢山の鳥が空を駆けて行った。
顔を上げた私は鳥が飛び立った方向に無我夢中で走った。行く手を阻む葉枝を掻き分け、ようやく開けた場所に出る。
そこには猟師だろうか、驚いた表情を浮かべた体格の良い男性の姿があった。私はこれで助かると思い、すがりつくように男性の元へと走り出す。
これは夢だ、私自身が現実に経験したことではなくて、私が見た夢。
双子の姉が、同世代の友人と遊んでいて、山火事に巻き込まれたその日、私が見た夢。
不審火から燃え広がった炎は、一日半燃え続け、やがて鎮火した。友人たちは皆無事だったのに、姉は燃えているところが見たいといって煙に向かって駆け出したきり、姿を忽然を消してしまった。
あれから何年も経つけれど、両親は姉の死を信じようとはしない。
私はあの日見た夢が、姉の身に起きたことなのか確かめたくて、夢で見た男性の姿をずっと探している。暇を見つけては山に向かい、彼の姿を探して。
私の心は本当にあの男が見つかり、姉が殺されてしまっていたらどうしよう、万が一にでも生きているならば早く助けなければという気持ちと、探さない方が私にとって幸せかもしれない、姉は火事で死んでしまったと納得するべきだという気持ちの間でずっと揺れていた。
男性の太い腕につかまれ、口を塞がれて、最後に姉の上げる悲鳴を聞いて以来、夢は見ていない。
時折不意を付くように耳の奥で、夢の中で聞いたままの姉の悲鳴が反響することがある。




