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怪壊塵芥  作者: 黒漆
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半地下の窓


 取引先のオフィスビル、トイレの小窓からそれが見える。


 トイレは半分地下に有ることから、小窓は横長で、嵌め込みの鉄格子のようなものが付いていて、水が入り込まないように加工されていた。


 ビルを外側から見ると、裏手の丁度、踝の辺りに窓の下の部分が来ることになる。その場所からか、すりガラスで外に持ち上がる形の開閉式だ。外部の人間はそのトイレ、内部の人間は中のトイレと使い分けることになっていた。


 ある日取引先の佐田さんが私にこんな事を言ってきた。佐田さんは数度に渡って接待を繰り返し、私の会社で懇意にしている重役だ。


 私がそのトイレから出てくると、あのトイレ、あまり使わない方が良いよ、とさり気なく私に耳打ちする。


 その時はまだ仕事を終えていなかったので、有耶無耶のままにしてしまったが、後になってみるとどういった意味なのだろうとどうも気になる。


 そこで再び訪れた機会に、久し振りにどうですかと自腹を切って飲みに誘い、居酒屋で無関心を装って聞いてみた。


 するとどうも、大きな声じゃあ言えない、広めないでくれるならと一応の断りの後に、そのトイレを使い続けていると気がおかしくなるらしいと言う噂があるのだと教えてくれた。


 どうも、かつてはそのトイレも身内の人間が使っていたけれど、余りにおかしなことが起きるので使用をやめたと言うのだ。


 しかし社長が変わると、デッドスペースにしておくのは勿体ないとの事で客用に変えて再び使い始めたらしいとの事だった。


 まあ、社員ほど頻繁に使うわけじゃあないから大丈夫だと思うけれど、君には世話になっているからね、あまり使って欲しくないんだと、そんな事を話の締めに告げられた。


 聞き出したものの、その手の眉唾な怪談話はどこの会社にでもあるだろうと思っていたし、実際私自身にも異常が起こった事は無いのであまり気には掛けなかった。


 それが見え始めたのは使用し始めて十度目程の頃からだったか、あまり覚えていない。普段閉じられている磨ガラスが開いていて、掌サイズの溶けかけのバニラアイスのような物体が鉄格子の向うに見えた。


 不意の事だったのでちらりと見えただけに過ぎず、犬か何かだろうと納得する。


 それから決まって、訪れる度にガラスが開いていて黄がかった白い物体を目にした。動いているのに音がなく、あっという間に視界から消える。


 流石に気味が悪くなり、暫く使用するのを控えていたのだが、予想しない腹痛でどうしても使わずには居られなくなり、とうとう使ってしまった。


 個室に駆け込む途中、相変わらず開いている窓に目が行くが、その日は珍しく何もない。ほっとして便座に座って用を足すと、個室の足元の隙間から白いものが滑るように入り込んだ。


 それは顔だった、半分溶けかけの顔。肉が引き攣れをおこし流れるように剥がれ落ちた、赤く爛れ歪んだ歯が現れ何かを私に告げた。


 思い起こせるのはそこまでだった。数年間の記憶が飛び、自分を取り戻したのは病院でだ。その間何をしていたのか、何があったのかまるで覚えていない。


 会社は首になり、入院する一月前、公園で保護されたのだという。その際に皮膚のようなものを手にしていたというが、自分で口に入れ飲み下したのだと言われた。


 私は詳細は知りたくないし、これ以上関わりたくない。今もかつての取引先は現存しているらしい。

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