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怪壊塵芥  作者: 黒漆
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個刻時計


 いわく、若さを保つ秘訣はひとえに自由に生きることです。


 ストレス環境から離れ、自然に生きることです。流行りの言葉ではスローライフ、ですか。中々できることではありませんけれどね。


 作家を続けているのは本当に物語を創るのが好きだから、ライフサイクルも今の生活が私の性分にぴったり合致しているからです。


 私が腕時計を二つ身につけている理由ですか? ひとつは見てのとおり、正確な時間を刻んでいますでしょう。


 けれどこちらの左腕の時計は、確認していただければお分かりになると思いますが、指し示される時間が右腕とはかなり違ってしまっています。


 実を言いますとね、こちらの時計は機械式でして、脱サラして作家の道を選ぶと決めた時に購入したものなのです。


 腕の振りで中のゼンマイが巻かれて自動で動き続けるタイプなのですが、今時機械式の時計はあまり好まれませんでしょう。


 日本では特に時間が重要視されます、一分一秒無駄にすまいと大勢の人達が時間に追われている。


 この機械式の時計は腕の振りに個人差があるように時間の進み方に開きができてしまう、時間を気にしなければならない職業には向きません。


 とはいえ、私も時間から完全に開放されてはおりませんから、何か予定が組まれているときに限って、こうして使い分けているのですけれどね。


 言ってみれば左腕は私のライフサイクルを刻まれる時計、右は世界のライフサイクルが刻まれる時計といった所でしょうか。


 そう言ってインタビューに答えてくれた生前の作家先生は若々しさを漲らせていて、三十代と言って通じる程だった。それなのに時間に追われ、編集者に手を引かれ、停めた車に誘導されてゆく途中で不意に車に跳ねられ、あっさりと逝ってしまった。


 葬儀を終えた後、先生の小説担当だった編集者がやけに落ち込んでいるので酒を奢り、慰めてやっていると、それが原因かはわからないが、先生の中の核たる、左手の時計に触れさせないというジンクスを、時間に追われて忘れていたとはいえ、不意のやりとりの内に破ってしまったのだと喉から搾り出したような枯れ声で答えた。


 その際外れた左腕の時計は一切時間を刻まなくなり、先生は気が抜けたように動かなくなったのだと彼は言った。


 私は目にした先生の亡骸を思い返し、そういう事もあるのかと納得した。


 思えばおかしな状況だった。跳ねられた、とはいえ、当時の状況は車に触れられた程度だったらしい。それなのに亡くなってしまった先生。


 葬儀の時視界に飛び込んできた先生の亡骸は、枯れ際の植物のように萎れ、歳を軽く上回る木乃伊みいらのような寂しい姿に成り果てていた。



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