追って追われて
「しかし、一人で言葉も通じない国を歩いて怖くないの?」
居酒屋で浅野は聞く。街中で偶然会った元同級生の中谷は旅行が好きで、小金が貯まるとなんの予定も組まずに海外へと出かける。
バックパックひとつで自由に動き回り、旅行者のいない現地独特の街並みを見て歩くのが好きなのだと語った。
何でも今旅行から帰ったばかりで所持金が余りないらしく、浅野が飯でも奢ってやるから旅行の話を聞かせてくれというと、渡りに船だと飛びついた。
「別に怖かないよ、言葉通じなくてもジェスチャーや片言の英語が使えりゃ大概なんとかなってしまう」
アルコールを数杯胃に流し込んだ中谷は顔を上気させながらグラスをテーブルに置こうとし、不意に凍りついた。
「何だ、海外かぶれのお前が日本の女に目でも釘付けになったのか」
浅野はそれを見て冗談を言った。
「そんなもんじゃない」と応じた中谷は明らかに動揺していて、グラスを置いても手の震えが止まらないままだ。
「お前さ、あそこにいる男、解る?」
中谷が指さした方向を浅野が見やると、店の空いたテーブルに水が出されているのに気がついた。
「あれ、誰もいないのにお冷出してあるな」
「やっぱり見えないのか、でも店員には見えたってことだよな、まだ俺には気がついてないみたいだ」
中谷はテーブルに目を落とし、未だブツブツと呟いている。そして面を上げると、不安を隠さない表情のまま、浅野に向き合った。
「いや、海外で知り合いにあることってあるだろ」
「まあ、無いこともないかもな」
「劇的な出会いってやつだな。何年もあってない友人に何万分の一の確率で出会う、運命ってやつを信じたくなる瞬間だ」
「ふうん、そんなことあるのか、それで、誰かにあったのか?」
「そんなんじゃない、俺さ、今まで何ヶ国も旅してるわけ。アジアから英語圏まで」
「知ってるよ。同窓会じゃお前の噂で持ちきりだからな。よくそんなんで生活が続いてるって」
「所がね、どの国でも必ず見かける奴等がいるんだ。赤髪でフリルの付いた白いスカートに白く染められたつば広の麦わら帽子をかぶってる」
「別人じゃないのか?」
「俺さ、そいつ見かけるといつも追いかけてその肩に手をかけようとするんだけど、惜しいとこで見失っちまうんだ」
「はあ、それおかしいだろ」
「本当のこと言うと、彼女を追いかけてるだけなんだ。いつかどこかの国で会える気がするんだよな、その彼女に。それとは逆に近づいてくる男がいるんだ。牧師風の出で立ちの黒い男、こいつもいつも俯いてて顔がわからない。そいつ怖いんだ、何というかさ、明らかに動作に余裕がないんだよね。全力で俺を捕まえようとしてるっていうか。そいつに追いつかれる前になんとか彼女に追いつきたいんだがなあ」
浅野はふいにそわそわとし始めた中谷と別れた後、店を出ると、その店の中から出てきた、彼を追いかける人物をすれ違いざまに見た。
話に聞いたように牧師風の出で立ちをした男には、中谷と全く同じ顔がついていた。その背中を呆然として見送っていると、すぐに麦わら帽子に白いスカートの女が、その男を追っていった。
浅野は彼に、もしかして追っているのも追われているのもお前なんじゃないかと伝えたいと思いながら、その日以来会えず、未だに顔を合わせずにいる。




