阿見切
物置を掃除して、現れた籠を手に取り中を覗くと、見たこともない女性の切り刻まれた写真がぎっしり詰まっていた。
まだ幸せだった頃の記憶が蘇る。私の母は籠編みが趣味だった。
タライに湯をはり、藤の木皮を長細く切ったものを浸け、柔らかくして編んでゆく。
串のような皮を束ねて十字に重ね、底を作ると椀型の張子を押しつけ、丁寧に編み込んでゆく。
手馴れた母はあっという間に何でも無かった藤皮を丸い籠へと変えていってしまう。私はそれが不思議でじっと見つめていると、母はやりにくいと言って笑った。
やがて籠が編み上がり、余分に余った藤を切る。剪定ハサミでぱちんぱちんと小気味良く。出来た、そう言って私に仕上がり具合を見せる母は本当に輝いて見えた。
あれから何年も経ち、私が家を出て少しすると、母と父は離婚した。
私が幼い頃輝いていた日々は時が経つにつれ光を失い、家の中は埃や泥にまみれていった。
両親はお互いよそよそしくなり、あまり積極的に関わらなくなってゆく。賑やかだった家はいつの頃からかテレビの音しか聞こえなくなっていた。
どちらが悪いというわけじゃない、ただ噛み合わなくなっただけ、二人とも申し訳なさそうな顔で私にそう打ち明けた。
私はどうにか二人を繋ごうと苦心したけれど、一度離れ始めた心を止めることはできなかった。
小さな頃、母の編んだ籠を飾る幻を見たことがある。
一人で寝られるようになってまだ僅かの頃、玄関先の靴棚の上で、窓の外からもれれる明かりに照らされて、薄紫に淡く光るブドウの房のような花。
私はあまりに綺麗だったので、母に教えてあげようと両親の寝室に走った。けれど母は既に起きていて私に気がつくと、二人だけの秘密だよと口ずさんだ。
夜にしか見ることのできない、子供の頃に見た美しい幻。そのままだったら良き思い出で済んだのに。
なぜそうならなかったのか、ある夜、剪定ハサミで写真を切り、籠の中へと捨てる母の姿を見たからだった。
つり上がった目、引き攣る唇、あの日私に向けた母の顔、まるで別人で、秘密を父に漏らせなかった。
目立つ場所に籠を置いた母、父に気づかせたかったのかもしれない。それに父は気がついていながら、その事実を隠していたのかもしれない。
夜にだけ姿を見せる花、日に日に房は大きくなり、ある日突然見えなくなった。
時を同じくして父が塞ぎ込んだのはきっと偶然じゃ無いのだろう。




